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 (※スティーヴ視点)
 
 さて、始めるぞ……。

 ようやく、待ち望んだときが来た。
 殴られて膨れ上がったその醜い顔を、大勢の前にさらしてやる。
 多少護身術を心得ていたところで、無傷で済んでいるはずがない。

 マリアに対する復讐も、いよいよクライマックスだ。
 
 大勢の前に醜い顔をさらしたことで、お前の心には大きな傷がつくだろう。
 さらに、どれだけ時間が流れても、その顔が完全に治癒することもないだろう。
 なぜなら、骨格が変わるほど殴ったのだから……。
 お前は一生、殴られてみにくくなった顔を晒し続けなければならないんだ。

 椅子に拘束された彼女の顔を覆っている麻袋を、俺は勢いよくはずした。

「え……、いったい……、これは、どういうことだ?」

 思わず、間抜けな声が出てしまった。
 あまりにも予想外の光景が、そこにはあったからだ。
 講堂に集まった者たちも、ざわめき始めている。

 おれは、殴られて醜くなったマリアの顔を大勢の前にさらしたつもりだった。
 しかし、そうはならなかった。
 彼女は護身術を心得ているので、多少はダメージを受け流している可能性もあると思っていた。
 それでも無傷ですむはずがないと確信していた。

 そして、俺の予想通り、彼女は無傷ではなく、その顔は殴られてみにくくなっていた。
 俺の思い通りの顔になっている。

 ただ予想と違ったのは、その醜い顔を晒している彼女が、ということだった。

「ナンシー……」

 俺は目の前の光景が信じられず、醜くなった顔を晒している彼女の名を呟いた。

 いったい、どうなっているんだ……。
 俺が何発も顔を殴っていたのは、マリアではなくナンシーだったなんて……。

 麻袋で顔を隠し、布で口を塞いでいた。
 それは、彼女が言葉や表情で無実を訴えるのを防ぐためだった。
 顔が見えなくてもマリアだと思ったのは、服装と体型、髪の長さで判断したからだ。
 それが、思い込みの原因になってしまった……。
 
 彼女は体をくねらせながら、言葉にならない何かを叫んでいた。
 それは、マリアが無駄な抵抗をしているのだと思っていた。
 彼女が謝罪し、これ以上はやめてくれと懇願しているのだと想像し、いい気分になっていた。
 まさか、ナンシーが必死に、俺が勘違いしていることを伝えようとしていたなんて、思わなかった……。

「済まない……、ナンシー……」

 おれは震える手で、ナンシーの口を塞いでいた布と、手足を拘束していた紐をほどいた。

「ごめんなさい、スティーヴ……。私、失敗してしまったわ……」

 拘束を解かれて自由になったナンシーが、身を寄せてきた。
 俺はそんな彼女を抱き締めた。
 しかし、殴られて顔が醜くなった彼女は、今までの美しいナンシーとは別人のようだった。

 ナンシーをこんな姿にしてしまった罪悪感と、醜くなった彼女に対する嫌悪感が、俺の心に生まれてしまった。
 最悪の形で計画が失敗に終わり、おれは大きな絶望に包まれていた……。

     *

 私は講堂の最後尾にある柱の影から、抱き合っているスティーヴとナンシーを眺めていた。

 講堂内の空気は一変している。
 わけのわからない茶番を見せられて、集まった者たちは困惑し、やがてしらけた感じになっていた。
 
 その様子を見た私は、講堂から去った。

 他の生徒たちも講堂から出ていく姿を、私は少し離れたところからみていた。
 私を断罪するというスティーヴの計画は、完全に失敗に終わったのだ。

 私は、空き教室でナンシーに襲われたときのことを思い返していた。

 ナイフをもった彼女に近接戦では勝ち目はないと判断して、私は構えていた腕を下ろした。
 しかし、それは抵抗を諦めたわけではなかった。

 構えを崩した私を見て、ナンシーは完全に油断していた。
 私は近接戦では勝ち目はないと判断したので、遠距離攻撃を試みた。

 とはいえ、銃なんてもっていないし、持っていても撃つなんてことはできない。
 投げるものが近くに落ちているという、都合のいい偶然もなかった。
 そこで私は、履いていた靴の踵の部分をずらし、足を大きく振り上げた。

 すると、勢いよく飛んでいった靴は、油断していたナンシーの顔面にクリーンヒットした。
 まさか、ここまでうまくいくとは思わなかった。

 私はすぐにナンシーの手からナイフを叩き落とした。
 そして、そのナイフを取り上げた私は、ナンシーに笑顔を向けてこう言ったのだ。

「おとなしく私の言うことを聞いてください。抵抗すればどうなるか、わかりますよね?」

 ナンシーは震え上がりながら頷いた。

 スティーヴは、ありもしない罪を着せて私を断罪しようとしている。
 ナンシーは、私の命を奪いかねない攻撃をしてきた。
 それに比べれば、私の抵抗なんてささやかなものだ。

 私はナンシーを自分の身代わりにすることにした。

 まずは、私が着ている服とナンシーが着ている服を入れ替えた。
 顔を麻袋で覆われるのだから、スティーヴが判断基準とするのは、服装、体型、髪くらいだろう。

 服装はこれで問題ない。
 次に体型だけれど、幸い私とナンシーの体型はほとんど同じだ。
 そして、最後に髪だけれど、色や髪質は同じだ。
 しかし、長さは少し、私の方が短い。

 そこで私は、ナンシーの髪を切ることにした。
 道具は彼女が用意してくれていた。
 ナイフでも、充分に髪は切れる。
 私はナンシーの髪を切って、私と同じ長さにした。

 彼女は終始怯えきっていたけれど、命を奪おうとしてきた相手に、同情の余地なんてなかった。
 拘束した私を屈強な男子生徒が講堂まで運ぶ手筈になっているのは、ナンシーから聞き出していた。
 だから私は、拘束したナンシーを残して空き教室から講堂に向かった。
 そして、スティーヴの茶番を見ていたのだ。

 彼が麻袋をとって驚いている様は、なかなか愉快だった。
 私を断罪して気持ちよくなろうとしていたのでしょうけれど、最悪の形で失敗に終わって、どんな気持ちなのかしら……。

 私のささやかな抵抗は成功に終わった。
 その結果、スティーヴは大きく絶望したことだろう。

 しかし、これだけでは終わらず、スティーヴは新たな騒動を起こすのだった。
 それが、自身に訪れる悲劇の引き金だとも知らずに……。
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