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第4話:微生物という名の鉱夫たち
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翌朝。
私は小鳥のさえずりではなく、自分の歯がガチガチと鳴る音で目を覚ました。
「寒ッ……!」
ガバッと起き上がると、吐く息が白い。
屋根の穴はまだそのままだし、窓ガラスが割れた場所には板を打ち付けているだけ。
隙間風が容赦なく侵入してくる。
この辺境の朝は、王都の真冬並みに冷え込むのだ。
「おはようございます、お嬢様。……顔色が青いですな。チアノーゼですか?」
洗面器にお湯(貴重な!)を入れて持ってきたセバスが、心配そうに覗き込んでくる。
「おはよう、セバス。違うわ、これは寒冷刺激による血管収縮よ。……早急に住環境を改善しないと、凍死する前に風邪でダウンするわね」
私はブルブルと震えながら、ベッドサイドのテーブルに視線をやった。
そこには、昨日の夕方に精錬した、黒っぽい鉄の塊が鎮座している。
冷たく、重く、美しい希望の塊。
「セバス。今日は本格的に稼働するわよ。この屋敷を要塞に作り変えるためにね」
朝食(塩茹でジャガイモと、硬いパン)を終えた後、私は再び裏の沼へと向かった。
ハンスとマーサも、昨日の鉄づくりを見て目の色が変わったのか、鍬とバケツを持って待機している。
「さて、皆さん。今日はこの沼から効率よく鉄を収穫する方法を教えます」
私が沼を指差すと、セバスが手を挙げて質問した。
「お嬢様。昨日、これは鉄バクテリアの死骸だと仰いましたな。しかし、どうにも腑に落ちません。なぜ、生き物が鉄など生み出すのですか? 彼らは鉄を食べて生きているとでも?」
ナイス質問だ、セバス。
私はニヤリと笑い、足元の赤い泥を木の枝ですくい上げた。
「良い着眼点ね。正確に言えば、彼らは鉄を食べているわけではないの。この地下水には、水に溶けやすい二価鉄イオンが含まれているわ。バクテリアたちはね、その鉄分を酸化させて、水に溶けない三価鉄(赤錆)に変える時に発生するエネルギーを使って生きているのよ」
「はぁ……。難しくてよく分かりませんが」
「簡単に言えば、彼らは目に見えないほど小さな鉱夫よ。地下深くの岩盤に含まれる鉄分を、せっせと分解して、私たちが扱いやすい赤錆の状態にして、こうして地表に溜めてくれているの」
私は沼の底に沈殿しているフワフワとした赤茶色の層を示した。
「通常の鉱山なら、硬い岩盤を掘り進み、ダイナマイトで発破し、重機で運び出して、さらに岩を砕く粉砕機が必要だわ。莫大なコストと労力がかかる。でも、ここでは?」
ハンスが恐る恐る口を開いた。
「ただ……、ここにある泥を、すくうだけでごぜぇますか?」
「その通り! 採掘コストは実質ゼロ。粉砕の手間もゼロ。おまけに、地下水が湧き続ける限り、バクテリアたちが勝手に鉄を生産し続けてくれる。ここはね、枯れることのない自動増殖する鉱山なのよ!」
私の熱弁に、ハンスとマーサが顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
今まで呪われた汚い沼だと思っていた場所が、急に金貨のプールに見えてきたに違いない。
「さあ、収穫祭の始まりよ! ただし、闇雲にかき混ぜてはダメ。上澄みの水は捨てて、底に溜まった濃い沈殿物だけを丁寧にすくい取るの。これを高品位鉱と呼ぶことにしましょう」
私たちは一列に並び、バケツリレー方式で泥の回収を始めた。
泥遊びではない。
これは立派な鉱業だ。
セバスも燕尾服の袖をまくり上げ、「これも主命……、これも主命……」とブツブツ言いながらバケツを運んでいる。
午前中だけで、屋敷の裏庭には赤茶色の泥団子――乾燥中の鉄鉱石――が山のように積み上がった。
壮観だ。
これだけの量があれば、釘どころか、鋤や鍬の先端部分、それに鍋の補修材くらいは余裕で作れる。
「ふぅ……。いい運動ね」
額の汗を拭いながら、私は満足げに泥の山を見上げた。
ふと、王都のことを思い出す。
今頃、ジェラルド殿下はどうしているだろうか。
確か彼は、「王家の鉱山で新たな鉱脈が見つかった」と喜んでいたはずだ。
だが、私は知っている。
あの鉱山の地層は、もう掘り尽くされている。
彼らが今必死に掘っているのは、品位の低い捨て石の山だ。
数千人の工夫を使い、莫大な資金を投じて、ほんのわずかな鉄屑を得る彼ら。
たった四人で、泥をすくうだけで純度の高い鉄を得る私たち。
「コストパフォーマンスの概念を知らないって、罪なことね」
「お嬢様、何か仰いましたか?」
「いいえ。ただ、知識は力なり、と思っていただけよ」
私はパンパンと手の泥を払った。
「よし、午後からは精錬よ! 昨日作った急造の炉を拡張しましょう。ハンス、耐火煉瓦の代わりに、河原にある白っぽい石を集めてきて。あれは珪石だから熱に強いわ」
「へ、へい! すぐに!」
ハンスの返事が、昨日とは打って変わって弾んでいる。
希望は人を動かす燃料だ。
そして鉄は、文明を動かす骨格だ。
その日の夕方。
私たちは数百本の鉄釘と、数枚の鉄板を完成させた。
形はいびつだが、強度は十分だ。
ハンスがその釘を使って、ガタついていた勝手口の扉を修理した。
金槌の音が、廃墟のような静寂を打ち破る。
打ち付けられた真新しい釘。
扉はピタリと閉まり、隙間風が止まった。
「おお……! 閉まった、閉まったぞ!」
ハンスが子供のようにはしゃいでいる。
たった一本の釘。
されど、それはこの領地で初めて生産された工業製品だ。
「マーサ、今夜は隙間風なしで眠れそうね」
「はい……。はい、お嬢様……!」
マーサがエプロンで目元を拭った。
セバスも、修理された扉を見て、深く頷いている。
「なるほど。泥が鉄になり、鉄が生活を守る。……お嬢様の仰る錬金術の意味が、ようやく理解できました」
「分かってくれればいいのよ」
私は出来たての鉄の欠片を指先で弄びながら、次なるステップを見据えていた。
「でも、これじゃあ生産が追いつかないわ。私たち素人が手作業で作れるのは、釘や小物が限界。もっと大きなもの――農具や、馬車の車輪のリム、いずれは武器を作るには、本職の腕が必要ね」
「本職、といいますと?」
「鍛冶師よ。この領地に、腕のいい鍛冶師は残っていないの?」
ハンスが手を止めて答えた。
「ああ……、それなら、村外れの頑固爺さん、ガンツがおります。腕は確かですが、『鉄がねえなら仕事にならねえ』って、もう何年も槌を握っちゃいませんが」
「決まりね」
私はニヤリと笑った。
材料はある。
あとは技術(職人)だけだ。
「明日、そのガンツさんのところへ行くわよ。この最高の泥を手土産にね」
私の計画は、地層のように着実に積み上がっていく。
誰にも止められない速度で……。
私は小鳥のさえずりではなく、自分の歯がガチガチと鳴る音で目を覚ました。
「寒ッ……!」
ガバッと起き上がると、吐く息が白い。
屋根の穴はまだそのままだし、窓ガラスが割れた場所には板を打ち付けているだけ。
隙間風が容赦なく侵入してくる。
この辺境の朝は、王都の真冬並みに冷え込むのだ。
「おはようございます、お嬢様。……顔色が青いですな。チアノーゼですか?」
洗面器にお湯(貴重な!)を入れて持ってきたセバスが、心配そうに覗き込んでくる。
「おはよう、セバス。違うわ、これは寒冷刺激による血管収縮よ。……早急に住環境を改善しないと、凍死する前に風邪でダウンするわね」
私はブルブルと震えながら、ベッドサイドのテーブルに視線をやった。
そこには、昨日の夕方に精錬した、黒っぽい鉄の塊が鎮座している。
冷たく、重く、美しい希望の塊。
「セバス。今日は本格的に稼働するわよ。この屋敷を要塞に作り変えるためにね」
朝食(塩茹でジャガイモと、硬いパン)を終えた後、私は再び裏の沼へと向かった。
ハンスとマーサも、昨日の鉄づくりを見て目の色が変わったのか、鍬とバケツを持って待機している。
「さて、皆さん。今日はこの沼から効率よく鉄を収穫する方法を教えます」
私が沼を指差すと、セバスが手を挙げて質問した。
「お嬢様。昨日、これは鉄バクテリアの死骸だと仰いましたな。しかし、どうにも腑に落ちません。なぜ、生き物が鉄など生み出すのですか? 彼らは鉄を食べて生きているとでも?」
ナイス質問だ、セバス。
私はニヤリと笑い、足元の赤い泥を木の枝ですくい上げた。
「良い着眼点ね。正確に言えば、彼らは鉄を食べているわけではないの。この地下水には、水に溶けやすい二価鉄イオンが含まれているわ。バクテリアたちはね、その鉄分を酸化させて、水に溶けない三価鉄(赤錆)に変える時に発生するエネルギーを使って生きているのよ」
「はぁ……。難しくてよく分かりませんが」
「簡単に言えば、彼らは目に見えないほど小さな鉱夫よ。地下深くの岩盤に含まれる鉄分を、せっせと分解して、私たちが扱いやすい赤錆の状態にして、こうして地表に溜めてくれているの」
私は沼の底に沈殿しているフワフワとした赤茶色の層を示した。
「通常の鉱山なら、硬い岩盤を掘り進み、ダイナマイトで発破し、重機で運び出して、さらに岩を砕く粉砕機が必要だわ。莫大なコストと労力がかかる。でも、ここでは?」
ハンスが恐る恐る口を開いた。
「ただ……、ここにある泥を、すくうだけでごぜぇますか?」
「その通り! 採掘コストは実質ゼロ。粉砕の手間もゼロ。おまけに、地下水が湧き続ける限り、バクテリアたちが勝手に鉄を生産し続けてくれる。ここはね、枯れることのない自動増殖する鉱山なのよ!」
私の熱弁に、ハンスとマーサが顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
今まで呪われた汚い沼だと思っていた場所が、急に金貨のプールに見えてきたに違いない。
「さあ、収穫祭の始まりよ! ただし、闇雲にかき混ぜてはダメ。上澄みの水は捨てて、底に溜まった濃い沈殿物だけを丁寧にすくい取るの。これを高品位鉱と呼ぶことにしましょう」
私たちは一列に並び、バケツリレー方式で泥の回収を始めた。
泥遊びではない。
これは立派な鉱業だ。
セバスも燕尾服の袖をまくり上げ、「これも主命……、これも主命……」とブツブツ言いながらバケツを運んでいる。
午前中だけで、屋敷の裏庭には赤茶色の泥団子――乾燥中の鉄鉱石――が山のように積み上がった。
壮観だ。
これだけの量があれば、釘どころか、鋤や鍬の先端部分、それに鍋の補修材くらいは余裕で作れる。
「ふぅ……。いい運動ね」
額の汗を拭いながら、私は満足げに泥の山を見上げた。
ふと、王都のことを思い出す。
今頃、ジェラルド殿下はどうしているだろうか。
確か彼は、「王家の鉱山で新たな鉱脈が見つかった」と喜んでいたはずだ。
だが、私は知っている。
あの鉱山の地層は、もう掘り尽くされている。
彼らが今必死に掘っているのは、品位の低い捨て石の山だ。
数千人の工夫を使い、莫大な資金を投じて、ほんのわずかな鉄屑を得る彼ら。
たった四人で、泥をすくうだけで純度の高い鉄を得る私たち。
「コストパフォーマンスの概念を知らないって、罪なことね」
「お嬢様、何か仰いましたか?」
「いいえ。ただ、知識は力なり、と思っていただけよ」
私はパンパンと手の泥を払った。
「よし、午後からは精錬よ! 昨日作った急造の炉を拡張しましょう。ハンス、耐火煉瓦の代わりに、河原にある白っぽい石を集めてきて。あれは珪石だから熱に強いわ」
「へ、へい! すぐに!」
ハンスの返事が、昨日とは打って変わって弾んでいる。
希望は人を動かす燃料だ。
そして鉄は、文明を動かす骨格だ。
その日の夕方。
私たちは数百本の鉄釘と、数枚の鉄板を完成させた。
形はいびつだが、強度は十分だ。
ハンスがその釘を使って、ガタついていた勝手口の扉を修理した。
金槌の音が、廃墟のような静寂を打ち破る。
打ち付けられた真新しい釘。
扉はピタリと閉まり、隙間風が止まった。
「おお……! 閉まった、閉まったぞ!」
ハンスが子供のようにはしゃいでいる。
たった一本の釘。
されど、それはこの領地で初めて生産された工業製品だ。
「マーサ、今夜は隙間風なしで眠れそうね」
「はい……。はい、お嬢様……!」
マーサがエプロンで目元を拭った。
セバスも、修理された扉を見て、深く頷いている。
「なるほど。泥が鉄になり、鉄が生活を守る。……お嬢様の仰る錬金術の意味が、ようやく理解できました」
「分かってくれればいいのよ」
私は出来たての鉄の欠片を指先で弄びながら、次なるステップを見据えていた。
「でも、これじゃあ生産が追いつかないわ。私たち素人が手作業で作れるのは、釘や小物が限界。もっと大きなもの――農具や、馬車の車輪のリム、いずれは武器を作るには、本職の腕が必要ね」
「本職、といいますと?」
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ハンスが手を止めて答えた。
「ああ……、それなら、村外れの頑固爺さん、ガンツがおります。腕は確かですが、『鉄がねえなら仕事にならねえ』って、もう何年も槌を握っちゃいませんが」
「決まりね」
私はニヤリと笑った。
材料はある。
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