婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第10話:地下からせり上がる海、岩塩ドーム

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「ここよ」

 私が立ち止まったのは、屋敷から北へ数キロ離れた丘陵地帯だった。
 周囲の風景とは明らかに異質だ。
 他の場所には針葉樹や灌木が生い茂っているのに、この一帯だけは背の高い木が一本もなく、地面が不自然に盛り上がっている。

「……お嬢様。ここには何もありませんぞ」

 セバスチャンが息を切らしながら追いついてきた。
 後ろには、スコップやつるはしを担いだハンスたち領民が十数人。
 彼らの表情は暗い。

「塩がないなら死ぬしかない」

「こんなハゲ山に来て何になる」

 という呟きと共に、絶望が重い空気となって漂っている。

「いいえ、あるわ。植物が教えてくれている」

 私は足元に生えている、赤みがかった背の低い草を指差した。

「これはアッケシソウ。塩分濃度の高い土地を好む塩生植物よ。本来は海岸に生えるはずの草が、なぜこんな内陸の丘に群生していると思う?」

「さあ……。鳥が種を運んだとか?」

「それなら他の場所にも生えるはずよ。ここだけにある理由は一つ。この地下に、巨大な塩の塊が眠っているからよ」

 私は地形図を広げ、皆に見えるように掲げた。

「この丘の形を見て。まるで地下から何かが突き上げてきたような、ドーム状の隆起でしょう? これは岩塩ドームの特徴的な地形よ」

「がん……、えん?」

 ハンスが怪訝そうに繰り返す。

「ええ。遥か太古、恐竜が歩いていた時代、ここは海だったの。やがて海水が干上がり、塩の層ができ、その上に土砂が積もった。……塩はね、岩石より軽くて柔らかいのよ。だから地下深くで圧力を受けると、歯磨き粉のようにニュルッと上へ向かって押し上げられるの。それが、この丘の正体」

 私の講義を聞いても、村人たちは半信半疑だ。
 無理もない。
 地面の下に海があるなんて、おとぎ話にしか聞こえないだろう。

「論より証拠ね。ハンス、ここを掘ってちょうだい」

 私はアッケシソウが特に密集している場所を靴底でグリグリと示した。

「へ、へい……。どうせやることもねぇし、やりますか」

 ハンスが諦めたように鍬を振り上げた。
 乾いた土が掘り返されていく。
 他の男たちも無言で手伝い始めた。

 一メートル、二メートル。
 出てくるのは土と石ばかり。
 村人たちの間に、「やっぱり駄目じゃないか」という空気が流れ始める。

「お嬢様……、そろそろ……」

 セバスが止めに入ろうとした、その時だった。

 ハンスのつるはしが、何か硬いものに弾かれた。

 石を叩いた鈍い音ではない。
 もっと鋭く、澄んだ音。

「痛ってぇ! なんだ、硬い岩盤か?」

 ハンスが痺れた手を振りながら、穴の中を覗き込む。
 私も穴の縁に膝をつき、身を乗り出した。

「ハンス、土を退けて! その下の岩を見せて!」

 言われるがままにハンスが手で土を払いのける。
 その瞬間、夕日が穴の底に差し込んだ。

 土汚れの下から、ピンク色の輝きが溢れ出した。

「な……っ!?」

「割って! その塊を地上へ!」

 私の叫びに、男たちが一斉につるはしを振るう。
 岩盤が砕け、拳大の塊がゴロリと転がり出た。

 それは、宝石のようだった。
 薄紅色に透き通り、角ばった結晶構造を持っている。
 泥だらけの男たちの手の中で、それは異様な美しさを放っていた。

「き、綺麗な石だ……。水晶か?」
「いや、なんか美味そうな色してるぞ」

「舐めてごらんなさい」

 私が命じると、ハンスは恐る恐るそのピンク色の石を舌に乗せた。

 その瞬間。
 ハンスの目がカッと見開き、しわくちゃの顔がくしゃりと歪んだ。

「――っ!! しょっぺぇぇぇ!!!」

「えっ!?」

「塩だ! これ、塩だぞ! それも、すげぇ濃い塩だ!」

 ハンスの叫びに、他の村人たちも我先にと石に飛びつき、舐め始めた。

「本当だ! 塩辛い!」

「うめぇ! 王都から来るジャリジャリした塩より、ずっとまろやかだぞ!」

「塩だ! 俺たちの足元に、塩があったんだ!」

 歓喜の渦が巻き起こった。
 抱き合って喜ぶ者、石を拝む者、泣きながら舐め続ける者。
 絶望の淵にいた彼らにとって、それは文字通り命の結晶だった。

「これが岩塩よ」

 私はセバスに、砕いた欠片を手渡した。

「海水を煮詰めた塩と違って、長い年月をかけて結晶化した純粋な塩化ナトリウム。ミネラルも豊富で、雑味が少ないわ。……皮肉なものね。ジェラルド殿下は私たちを干上がらせようと塩を止めたけれど、そのおかげで私たちは、より上質な塩を見つけてしまった」

 セバスは岩塩をハンカチで拭い、口に含んだ。
 そして、深々と頭を下げた。

「……参りました。お嬢様には、透視能力でもあるのですか?」

「ただの知識よ。でも、これだけは言えるわ」

 私は掘り出された巨大な岩塩の山を見上げ、ニヤリと笑った。

「この埋蔵量は、我が領の消費量の数百年分に及ぶわ。使い切れない分はどうすると思う?」

「……売る、のですな?」

「ええ。王都の塩よりも安く、高品質なピンクソルトとして売り出すわ。殿下の領地の製塩業者が泣いて詫びるくらい、市場を席巻してあげる」

 経済封鎖? 
 上等だ。
 こちらには、太古の海という最強の在庫があるのだから。

「さあ、みんな! 今日は塩祭りよ! ジャガイモを茹でて、この塩をたっぷりつけて食べましょう!」

「おーーーっ!!」

 荒野に響く歓声。
 その夜、アースガルド領の食卓は、かつてないほど豊かな塩味に彩られた。

 王都からの嫌がらせは、皮肉にもこの領地を資源大国へと押し上げる決定打となったのだ……。
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