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第29話:孤独な野菜と、オレンジ色の親衛隊
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「マリアンヌ! 貴女、ついに尻尾を出しましたね!」
王都の郊外に私が借り受けた別邸の庭園に、ヒステリックな金切り声が響き渡った。
現れたのは、リリーナ様だ。
その後ろには、厳めしい顔をした神官服の男たち――異端審問官を数名引き連れている。
「あら、リリーナ様。ごきげんよう。……今日は泥パックではなく、害虫駆除の講義をご希望で?」
私は麦わら帽子を直し、ジョウロを置いて微笑んだ。
私の周りには、青々と茂ったジャガイモやトマト、キュウリなどの夏野菜が、冷夏にも負けず元気に育っている。
「ふざけないで! 見てください、あれを!」
リリーナ様が指差したのは、柵の向こう、ジェラルド殿下が管理する王家の菜園だった。
そこは地獄絵図と化していた。
ひょろひょろと育った貧弱な野菜に、びっしりと黒い点――アブラムシや、葉を食い荒らすヨトウムシが群がっているのだ。
作物は見る影もなく食い尽くされ、茶色く枯れ果てている。
「殿下の畑は、虫の猛攻で全滅寸前です。……なのに! なぜ隣にある貴女の畑には、虫が一匹もいないのですか!?」
リリーナ様が私の畑を睨みつける。
確かに、私の畑の野菜たちは無傷だ。
葉は艶やかで、虫食い穴ひとつない。
「これは明らかにおかしいですわ! 貴女が虫寄せの黒魔術を使って、殿下の畑に虫を送り込み、自分の畑には結界を張ったに違いありません! 審問官様、この女を拘束してください!」
リリーナ様の訴えに、審問官が前に進み出た。
「……マリアンヌ公爵令嬢。確かに不自然だ。同じ気候、同じ土地で、これほどの差が出るとは。魔導具の使用、あるいは異端の契約の疑いがある」
セバスチャンが呆れたように溜息をついた。
「やれやれ。作れないものは魔法のせいにし、理解できない現象は呪いのせいにする。……原始的な思考回路ですな」
「黙りなさい執事! 証拠はあるのよ!」
リリーナ様が、私の畑の畝に植えられているある花を引っこ抜こうとした。
「このオレンジ色の花! 野菜畑にこんな派手な花を植えるなんて、これが魔術の触媒なんでしょう!?」
「あ、触らない方が……」
私の警告も虚しく、リリーナ様はその花を力任せに引き抜いた。
ブチッという音と共に、鮮やかなオレンジ色の花が根こそぎ抜ける。
その瞬間。
「うっ……、くさっ!!」
リリーナ様が顔をしかめて花を放り投げた。
その花からは、独特の鼻を突くような刺激臭が漂っていた。
「な、なによこれ! やっぱり毒草じゃない! こんな臭い花を野菜のそばに植えるなんて、正気!?」
「毒草ではありません。それはマリーゴールドです」
私は落ちた花を拾い上げ、土を払った。
「リリーナ様。貴女が魔術の触媒と呼んだこの花こそが、私の畑を虫から守ってくれる最強のガードマン……、コンパニオンプランツなのよ」
「こんぱにおん……?」
「ええ。植物にはね、相性があるの。互いに助け合い、成長を促進し、病害虫を防ぐ組み合わせが」
私は畑を指差した。
トマトの株元にはバジルが、キュウリのそばにはネギが、そしてジャガイモの畝にはこのマリーゴールドが、一定の間隔で植えられている。
「殿下の畑の野菜たちは孤独だったわ。同じ種類の野菜だけを整然と並べた単一栽培。……これだと、その野菜を好む害虫が集まってきた時、あっという間に広まって全滅する」
私はマリーゴールドの匂いを嗅いだ。
「でも、私の畑は混植よ。このマリーゴールドの独特な香りは、アブラムシやコナジラミといった害虫が嫌う成分(リモネンなど)を含んでいるの。だから、これを植えておくだけで、空からの侵入者を防ぐ防虫壁になる」
「そ、そんな匂いだけで……」
「それだけじゃないわ。一番の効果は地下よ」
私は引き抜かれたマリーゴールドの根を、審問官の目の前に突き出した。
「マリーゴールドの根は、土の中にアルファ・ターチエニルという成分を分泌します。これはね、植物の根を食い荒らして腐らせるセンチュウにとっての猛毒なの」
「毒……、ですか?」
「ええ、殺虫成分です。つまり、この花が植わっている土は、センチュウが寄り付かない綺麗な土になる。……殿下の畑が全滅したのは、連作障害でセンチュウが増えすぎたせいでしょうね」
私は審問官に向き直った。
「審問官殿。これは魔法でも呪いでもありません。植物が持つ化学物質を利用した、伝統的な農法です。……無知な者が管理する孤独な畑と、仲間と助け合う私の畑。どちらが生き残るかは、自然の摂理ではありませんか?」
審問官はマリーゴールドの根と、青々とした私の野菜を交互に見比べ、やがて剣を収めた。
「……理路整然としている。魔力反応もない。これは農学の範疇であると認める」
「なっ、お待ちください! そんな屁理屈で!」
リリーナ様が食い下がるが、審問官は冷ややかに彼女を見た。
「リリーナ嬢。貴女の無知に付き合わされるのは御免だ。……マリアンヌ殿、失礼した。このマリーゴールドとやら、修道院の畑にも導入を検討したいのだが、種を分けてもらえるか?」
「ええ、喜んで。乾燥させた花からいくらでも採れますわ」
私が微笑むと、審問官たちは敬礼して去っていった。
残されたのは、顔を真っ赤にしたリリーナ様と、全滅した殿下の畑だけ。
「……くっ、覚えてらっしゃい! いつかその化けの皮を剥いでやるわ!」
リリーナ様は捨て台詞を吐いて、逃げるように去っていった。
その背中には、マリーゴールドの花粉がオレンジ色の点となって付着していた。
「やれやれ。騒がしい害虫でしたな」
セバスチャンがマリーゴールドを植え直しながら言う。
「でもお嬢様。コンパニオンプランツですか。……人間社会にも通じる話ですな」
「あら、どういうこと?」
「自分と似たようなイエスマンばかり集めた殿下の陣営は、一度の危機(害虫)で全滅した。……対して、お嬢様の周りには、私のような老骨や、商人のガストン、職人のガンツなど、多種多様な人間(植物)が混ざり合っている。だから強いのです」
「……うまいこと言うわね、セバス」
私はトマトの葉の裏に隠れていた小さなテントウムシを見つけた。
「そうね。多様性は生存戦略の基本よ。……さて、これで空からの敵と、地下の敵は防げたわ。次は、すでに発生してしまった害虫をどう駆除するかね」
私は殿下の畑に残された、わずかな生き残りの野菜を見つめた。
「あちらの畑も、このまま放置すると病気の温床になるわ。……セバス、次は天敵を投入しましょう。農薬(魔法薬)を使わない、最強の殺し屋たちをね」
オレンジ色の花が風に揺れる。
それは、科学という名の騎士たちが守る、鉄壁の要塞の旗印だった。
王都の郊外に私が借り受けた別邸の庭園に、ヒステリックな金切り声が響き渡った。
現れたのは、リリーナ様だ。
その後ろには、厳めしい顔をした神官服の男たち――異端審問官を数名引き連れている。
「あら、リリーナ様。ごきげんよう。……今日は泥パックではなく、害虫駆除の講義をご希望で?」
私は麦わら帽子を直し、ジョウロを置いて微笑んだ。
私の周りには、青々と茂ったジャガイモやトマト、キュウリなどの夏野菜が、冷夏にも負けず元気に育っている。
「ふざけないで! 見てください、あれを!」
リリーナ様が指差したのは、柵の向こう、ジェラルド殿下が管理する王家の菜園だった。
そこは地獄絵図と化していた。
ひょろひょろと育った貧弱な野菜に、びっしりと黒い点――アブラムシや、葉を食い荒らすヨトウムシが群がっているのだ。
作物は見る影もなく食い尽くされ、茶色く枯れ果てている。
「殿下の畑は、虫の猛攻で全滅寸前です。……なのに! なぜ隣にある貴女の畑には、虫が一匹もいないのですか!?」
リリーナ様が私の畑を睨みつける。
確かに、私の畑の野菜たちは無傷だ。
葉は艶やかで、虫食い穴ひとつない。
「これは明らかにおかしいですわ! 貴女が虫寄せの黒魔術を使って、殿下の畑に虫を送り込み、自分の畑には結界を張ったに違いありません! 審問官様、この女を拘束してください!」
リリーナ様の訴えに、審問官が前に進み出た。
「……マリアンヌ公爵令嬢。確かに不自然だ。同じ気候、同じ土地で、これほどの差が出るとは。魔導具の使用、あるいは異端の契約の疑いがある」
セバスチャンが呆れたように溜息をついた。
「やれやれ。作れないものは魔法のせいにし、理解できない現象は呪いのせいにする。……原始的な思考回路ですな」
「黙りなさい執事! 証拠はあるのよ!」
リリーナ様が、私の畑の畝に植えられているある花を引っこ抜こうとした。
「このオレンジ色の花! 野菜畑にこんな派手な花を植えるなんて、これが魔術の触媒なんでしょう!?」
「あ、触らない方が……」
私の警告も虚しく、リリーナ様はその花を力任せに引き抜いた。
ブチッという音と共に、鮮やかなオレンジ色の花が根こそぎ抜ける。
その瞬間。
「うっ……、くさっ!!」
リリーナ様が顔をしかめて花を放り投げた。
その花からは、独特の鼻を突くような刺激臭が漂っていた。
「な、なによこれ! やっぱり毒草じゃない! こんな臭い花を野菜のそばに植えるなんて、正気!?」
「毒草ではありません。それはマリーゴールドです」
私は落ちた花を拾い上げ、土を払った。
「リリーナ様。貴女が魔術の触媒と呼んだこの花こそが、私の畑を虫から守ってくれる最強のガードマン……、コンパニオンプランツなのよ」
「こんぱにおん……?」
「ええ。植物にはね、相性があるの。互いに助け合い、成長を促進し、病害虫を防ぐ組み合わせが」
私は畑を指差した。
トマトの株元にはバジルが、キュウリのそばにはネギが、そしてジャガイモの畝にはこのマリーゴールドが、一定の間隔で植えられている。
「殿下の畑の野菜たちは孤独だったわ。同じ種類の野菜だけを整然と並べた単一栽培。……これだと、その野菜を好む害虫が集まってきた時、あっという間に広まって全滅する」
私はマリーゴールドの匂いを嗅いだ。
「でも、私の畑は混植よ。このマリーゴールドの独特な香りは、アブラムシやコナジラミといった害虫が嫌う成分(リモネンなど)を含んでいるの。だから、これを植えておくだけで、空からの侵入者を防ぐ防虫壁になる」
「そ、そんな匂いだけで……」
「それだけじゃないわ。一番の効果は地下よ」
私は引き抜かれたマリーゴールドの根を、審問官の目の前に突き出した。
「マリーゴールドの根は、土の中にアルファ・ターチエニルという成分を分泌します。これはね、植物の根を食い荒らして腐らせるセンチュウにとっての猛毒なの」
「毒……、ですか?」
「ええ、殺虫成分です。つまり、この花が植わっている土は、センチュウが寄り付かない綺麗な土になる。……殿下の畑が全滅したのは、連作障害でセンチュウが増えすぎたせいでしょうね」
私は審問官に向き直った。
「審問官殿。これは魔法でも呪いでもありません。植物が持つ化学物質を利用した、伝統的な農法です。……無知な者が管理する孤独な畑と、仲間と助け合う私の畑。どちらが生き残るかは、自然の摂理ではありませんか?」
審問官はマリーゴールドの根と、青々とした私の野菜を交互に見比べ、やがて剣を収めた。
「……理路整然としている。魔力反応もない。これは農学の範疇であると認める」
「なっ、お待ちください! そんな屁理屈で!」
リリーナ様が食い下がるが、審問官は冷ややかに彼女を見た。
「リリーナ嬢。貴女の無知に付き合わされるのは御免だ。……マリアンヌ殿、失礼した。このマリーゴールドとやら、修道院の畑にも導入を検討したいのだが、種を分けてもらえるか?」
「ええ、喜んで。乾燥させた花からいくらでも採れますわ」
私が微笑むと、審問官たちは敬礼して去っていった。
残されたのは、顔を真っ赤にしたリリーナ様と、全滅した殿下の畑だけ。
「……くっ、覚えてらっしゃい! いつかその化けの皮を剥いでやるわ!」
リリーナ様は捨て台詞を吐いて、逃げるように去っていった。
その背中には、マリーゴールドの花粉がオレンジ色の点となって付着していた。
「やれやれ。騒がしい害虫でしたな」
セバスチャンがマリーゴールドを植え直しながら言う。
「でもお嬢様。コンパニオンプランツですか。……人間社会にも通じる話ですな」
「あら、どういうこと?」
「自分と似たようなイエスマンばかり集めた殿下の陣営は、一度の危機(害虫)で全滅した。……対して、お嬢様の周りには、私のような老骨や、商人のガストン、職人のガンツなど、多種多様な人間(植物)が混ざり合っている。だから強いのです」
「……うまいこと言うわね、セバス」
私はトマトの葉の裏に隠れていた小さなテントウムシを見つけた。
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私は殿下の畑に残された、わずかな生き残りの野菜を見つめた。
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