婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第49話:液状化する忠誠心と、勝ち馬のパレード

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「……変わり身の早さというのは、ある種の才能ですわね」

 王城のバルコニーから眼下を見下ろしながら、私は呆れ混じりに呟いた。

 昨夜まではジェラルド殿下の私兵団が陣取っていた広場に、今は煌びやかな馬車の列ができている。
 中から降りてくるのは、王都の有力貴族たちだ。

 彼らは昨日まで、「マリアンヌは魔女だ」「ジェラルド殿下こそ正義」と叫んでいた連中である。
 それが今は、満面の笑みでコンラッド公爵(新王)への謁見を求めて列をなしている。

「液状化現象ですな」

 隣で紅茶を注ぎながら、セバスチャンが皮肉な笑みを浮かべた。

「地盤が揺らぐと、固かったはずの地面が泥水のように流動化する。……貴族たちの忠誠心も、アースガルドの進撃という地震の前では、ドロドロに溶けて形を保てなかったようです」

「ええ。彼らは信念で動いているんじゃないわ。重力(権力)に従って低い方へ流れているだけよ」

 私は手元にある、大量の誓約書の束をパラパラとめくった。
 これは今朝、私が王都中にばら撒いたある噂の結果だ。

 作戦は単純だった。
 私はガストンや、味方につけた商人たちを使って、こんな情報を流したのだ。

『地方の有力諸侯は、すでに全員コンラッド公爵への支持を表明したらしい』

『隣国のハイランド大公国も、新王の即位を全面的にバックアップするそうだ』

『今、新王に挨拶に行かないと、ジェラルド派の残党として処罰されるぞ』

 もちろん、地方諸侯の全員が支持したわけではない。
 まだ様子見をしている者も多い。
 だが、人間には、多数派に属したい、乗り遅れたくない、という強烈な心理的バイアスがある。

「これをバンドワゴン効果と言います」

 私はセバスチャンに解説した。

「パレードの先頭を行く楽隊車(バンドワゴン)に乗れば、楽しくて安心できる。……人は勝ち馬が可視化されると、雪崩を打ってそちらへ加担する生き物なの」

「なるほど。お嬢様は、コンラッド様こそが勝ち馬だという空気を演出し、彼らの恐怖心を煽ったわけですな」

「ええ。結果、彼らは我先にと寝返った。……見てごらんなさい、あのアリのような行列を」

 広場の貴族たちは、互いに牽制し合っていた。

「お前も来たのか?」

「当たり前だ、私は最初からコンラッド様派だったぞ」

 そんな白々しい嘘が飛び交っている。

 そこへ、低いファンファーレが響いた。
 大通りを、威風堂々たる軍列が進んでくる。
 先頭を行くのは、漆黒の馬に跨った氷の貴公子――クラウス大公だ。

「……役者が揃いましたわね」

 玉座の間。

 本来ならジェラルド殿下が座っていた場所に、今はコンラッド公爵が静かに座っている。
 その横には、私が立っていた。
 さらにその隣には、同盟国の代表としてクラウス大公が並ぶ。

「……皆、よく集まってくれた」

 コンラッド公爵の重厚な声が響く。
 集まった貴族たちは、一斉に平伏した。

「ジェラルドの失政により、国は傾いた。だが、アースガルド辺境伯マリアンヌの尽力と、ハイランド大公国の支援により、最悪の危機は脱した」

 公爵は私を一瞥し、頷いた。

「これより、膿を出し切り、国を再生する。……協力する気概のある者は残れ。私利私欲に走る者は、今すぐ去るがいい」

 シーンと静まり返る。

 去る者は一人もいない。
 いや、去ればその瞬間に破滅が待っていることを、彼らは本能で理解しているのだ。

 アースガルド領が握る食料と経済、そしてハイランド大公国が握る軍事力。
 この二つに逆らえる貴族など、この国には存在しない。

「異議なし、と見なす」

 私は一歩進み出て、貴族たちを見下ろした。

「皆様。これまでは見栄えや派閥が貴方たちの価値基準でした。……ですが、これからは違います」

 私は懐から、一枚のレポートを取り出した。
 それは、各領地の土壌データと、特産品の開発計画書だ。

「これからは実利と科学が基準です。……自分の領地の土を知り、民を食わせ、成果を出した者だけを評価します。ゴマすりや賄賂は一切通用しません。よろしいですね?」

 貴族たちの顔が引きつる。
 これまでは宴会で愛想を振りまいていれば良かったのが、明日からは泥にまみれて働けと言われているのだ。

「も、もちろん異議などございません!」

「マリアンヌ様のご指導の下、粉骨砕身働きます!」

 必死の叫び。
 バンドワゴンに乗ってしまった彼らは、もう降りられない。
 この国のオペレーティング・システムは、完全に書き換わったのだ。

 謁見が終わった後。

 誰もいなくなった回廊で、クラウス大公が私に声をかけてきた。

「見事な手綱さばきだ、マリアンヌ。……あの古狸のような貴族たちが、君の前では借りてきた猫のようだった」

「彼らは日和見菌のようなものですから。強い方に味方するだけですわ」

 私が肩をすくめると、クラウスは私の手を取り、指先に口づけた。

「君が作ったこの新しい流れ(バンドワゴン)に、私も乗せてもらおう。……もちろん、君の隣という特等席にね」

「あら、チケット代は高いですよ?」

「一生分の愛と、国一つの軍事力でどうだ?」

「……交渉成立ですね」

 私たちは笑い合った。

 窓の外には、雲が切れ、久しぶりの青空が広がっていた。
 赤い夕焼け(火山灰の影響)はまだ残っているが、その色はもう不吉な警告色ではなく、新しい時代の夜明けを告げる暁の色に見えた。

「さて、セバス。最後の仕事よ」

 私は振り返った。

「ジェラルド殿下とリリーナ様への判決を言い渡しに行きましょう。……彼らにも、新しい仕事を与えてあげないとね」

 勝者には栄光を。
 敗者には……、ふさわしい土いじりの場所を……。
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