婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

文字の大きさ
62 / 100

第62話:台本通りの証言と、逆再生の罠

しおりを挟む
 ハイランド大公国の大評議会。
 国の重要事項を決定するこの厳粛な場に、私は召喚されていた。

「……被告、マリアンヌ・フォン・アースガルド。貴殿には国家産業破壊の疑いがかかっている」

 議長席で宣言したのは、外務大臣のモルトン伯爵だ。
 彼の背後には、既得権益を守ろうとする古い貴族たちが、まるで岩壁のように並んでいる。

「破壊、ですか? 私はむしろ、ゴミ山から黄金(真鍮)を生み出し、国益に貢献したつもりですが」

 私が静かに反論すると、モルトン伯爵は鼻で笑った。

「口が減らないな。……だが、専門家は違う意見のようだ。証人、前へ!」

 入廷してきたのは、白髪の小柄な老人だった。
 この国の鉱山ギルドで長年鑑定士を務めてきた、ボーンという男だ。

「……あの真鍮とかいう合金は、欠陥品じゃ」

 ボーンは、震える手で証言台を掴み、淀みなく語り始めた。

「銅に亜鉛などという不浄な石を混ぜれば、金属の魂が穢れます。見た目は綺麗でも、強度は脆く、すぐに割れる。あんなものを市場に出せば、我が国のハイランド銅のブランドは地に落ち、信用失墜によって経済は崩壊するでしょう」

 流暢だ。
 老齢にしては、あまりにもスラスラと、難しい単語を噛まずに並べている。

「聞いたか、諸君! 長年の経験を持つ鑑定士が『脆くて危険だ』と言っているのだ! マリアンヌの技術は、我が国を乗っ取るための罠だ!」

 モルトン伯爵が勝ち誇る。
 議場がざわめく。

「やはり他所者は信用できん」

「追放すべきだ」

 という声が上がる。

 隣に座るクラウス大公が、悔しそうに拳を握りしめた。

「……くっ、ボーンめ。買収されたか。あんな実直な男が嘘をつくとは」

「大丈夫よ、クラウス様」

 私は扇子で口元を隠し、小声で囁いた。

「嘘をつくのにもがいるの。……そして彼は、どうやらその才能には恵まれていないようね」

「議長。反対尋問を許可願います」

 私が手を挙げると、モルトン伯爵は嫌な顔をしたが、法の手続き上、拒否はできなかった。

 私はボーン老人の前に立った。

「ボーンさん。貴方は先ほど、『真鍮は脆くてすぐに割れる』と仰いましたね?」

「そ、そうじゃ。わしの目が黒いうちは、あんな偽物は認めん」

「では、具体的にどのような実験をして、脆いと判断されたのですか?」

「えっ? じ、実験?」

「ええ。硬度試験をしたのか、引張強度を測ったのか。……その時の様子を詳しく教えてください」

 ボーンは一瞬視線を泳がせたが、すぐに思い出したように喋り出した。

「うむ。炉から出したばかりのインゴットをハンマーで叩いたのじゃ。すると、ガラスのように粉々に砕け散った。……そう、あんなものは金属ではない」

「なるほど。炉から出した直後、ハンマーで叩いたら砕けた。……間違いありませんね?」

「間違いない。鮮明に覚えておる」

 私はニッコリと笑った。
 ここからが、心理的な揺さぶりだ。

「ではボーンさん。今の話を逆から話していただけますか?」

「……は?」

 ボーンがポカンと口を開けた。モルトン伯爵も眉をひそめる。

「逆から、とは?」

「時系列を最後から最初へ遡ってください。……砕け散ったその直前、貴方は何をしていましたか? その前は? その前は?」

「そ、それは……、ええと、砕けた前は、ハンマーを振り下ろして……、その前は……、炉から出して……」

 ボーンの言葉が詰まり始めた。
 額に脂汗が滲む。

「人間は、実際に体験した記憶なら、どの時点からでも、どんな順番でも再生できます。映像として脳に残っているからです」

 私は一歩踏み込んだ。

「ですが、は違います。……物語を一から順に覚えているだけなので、逆再生しろと言われると脳が処理しきれず、認知負荷が増大し、パニックになるのです」

「う、うう……! そ、その前は……、モルトン様から金貨を……、あッ!」

 ボーンが慌てて口を押さえた。
 議場が静まり返る。

「……今、『モルトン様から金貨を』と仰いました?」

「ち、違う! わしは何も言っておらん!」

「さらに、もう一つ。……貴方は『ガラスのように粉々に砕けた』と言いましたね?」

 私は懐から、真鍮の板を取り出した。

「真鍮は展延性(伸びる性質)に優れた金属です。叩けば薄く伸びることはあっても、ガラスのように粉砕することなど、物理的にあり得ません」

 私はその板を、ボーンの目の前でグニャリと曲げてみせた。

「割れませんね? ……貴方が暗記した台本を書いた脚本家は、金属の性質を知らない素人だったようですね」

「ひっ……!」

 ボーンはその場に崩れ落ちた。
 嘘の証言、買収の示唆、そして科学的な矛盾。
 これ以上ないほどの自爆だった。

「モルトン伯爵」

 私は真っ青になった外務大臣を振り返った。

「貴方は、新しい技術が怖いのではありませんね? 真鍮が普及することで、貴方が牛耳っている銅の独占市場の価格が下がるのが怖いのでしょう?」

「き、貴様……!」

「国益と言いながら、守っていたのは自分の財布の中身。……その錆びついた根性、真鍮ブラシで磨き直す必要がありますわね」

 議場からは、もはや私を非難する声は聞こえなかった。
 代わりに、モルトン伯爵への軽蔑と、新しい技術への期待のざわめきが広がっていく。

「……勝負ありだ」

 クラウス大公が立ち上がり、厳かに宣言した。

「ボーンの証言は偽証と認める。そしてモルトン、貴様には後ほど金の出処について詳しく聞かせてもらおうか」

 モルトン伯爵は衛兵に囲まれ、力なく項垂れた。
 用意周到な台本も、科学と論理の前では紙切れ同然だ。

「セバス。真鍮の認可は下りたわ」

「はい。……これで、ハイランドの産業は大きく変わりますな」

「ええ。錆びない金属が、この国の新しい背骨になる」

 私は手に持った真鍮の板を、光にかざした。
 黄金色の輝きは、嘘偽りのない本物の光を放っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」 そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。 王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。 私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。 けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。 華やかな王宮。 厳しい王妃許育。 揺らぐ王家の威信。 そして――王子の重大な過ち。 王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。 離縁を望んでも叶わない義妹。 肩書きを失ってなお歩き直す王子。 そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。 ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。 婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

婚約破棄はあなたの意思でしたわね? ~王太子を廃嫡に追い込み、義妹を平民に落とした公爵令嬢は新時代の王妃になります~

鷹 綾
恋愛
王立学園の卒業舞踏会―― 公爵令嬢ヴェルミリアは、王太子アルヴァリオから突然の婚約破棄を言い渡された。 「俺は、君の義妹セシルを愛している」 涙を浮かべる“可哀想な妹”。 それを守ると宣言する王太子。 社交界はヴェルミリアを冷酷な姉と断じた。 けれど彼女は、ただ微笑んだ。 なぜなら―― 王家が回っていたのは、彼女の裏調整と資金管理のおかげだったから。 婚約破棄の翌日、王家の事業は次々と停止。 王太子の無責任な契約、義妹の盗用、不正資金の流れが暴かれていく。 守ると誓ったはずの義妹を、王太子は切り捨てる。 だがもう遅い。 王太子は廃嫡。 義妹は爵位剥奪のうえ平民落ち。 二人はすべてを失う。 そして―― 「責任を共有できるなら、共に歩みましょう」 冷静沈着な第二王子との正式婚約。 王国再建の中心に立つのは、かつて捨てられたはずの公爵令嬢だった。 婚約破棄はあなたの意思でしたわね? 選んだ未来の責任を―― きちんとお取りいただきます。

「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子フリードリヒの婚約者として、幼い頃から王妃教育を受けてきたアメリア・エレファウント公爵令嬢。 誰もが羨む未来を約束された彼女の世界は、ある日突然1人の少女の登場によって揺らぎ始める。 無邪気な笑顔で距離を(意図的に)間違える編入生ベルティーユは、男爵の庶子で平民出身。 ベルティーユに出会ってから、悪い方へ変わっていくフリードリヒ。 「ベルが可哀想だろ」「たかがダンスくらい」と話が通じない。 アメリアの積み上げてきた7年の努力と誇りが崩れていく。 そしてフリードリヒを見限り、婚約解消を口にするが話は進まず、学園の卒業パーティーで断罪されてしまう……?! ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています

追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される

黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」 無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!? 自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。 窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』

ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」 そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。 さらに王太子は宣言する。 「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。 履行履歴も整えず、契約も軽視し、 新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。 ――ですが。 契約は宣言では動きません。 信用は履歴の上にしか立ちません。 王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、 やがて止まったのは王太子の未来でした。 自ら押した承認印が、 自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。 公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。 救済なし。 やり直しなし。 契約通りに処理しただけですのに―― なぜか王太子が廃嫡されました。

処理中です...