婚約破棄と追放ですか? 辺境が王都すら越える経済圏になってしまいますが、よろしいのですね?

水上

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第90話:独占採掘権と、愛の結晶構造

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 アースガルド領の復興と、両国の同盟強化を記念する大舞踏会。
 領主館の大広間は、かつてない熱気に包まれていた。

「……眩しいですな」

 壁際に控えるセバスチャンが目を細める。

 会場を照らすのは、アースガルド製の真鍮のシャンデリアと、ハイランド製の透明度の高い板ガラスだ。
 テーブルには純白の磁器ホワイト・アースが並び、招待客たちは鮮やかな明礬染めのドレスや、アース・シルクの艶やかな衣装を身にまとっている。

「ええ。これぞ国力の輝きよ」

 私は満足げに頷いた。

 ここに並ぶすべてのものが、私たちが泥の中から掘り出し、育て上げた技術の結晶だ。
 かつて死の荒野と呼ばれた場所が、今や大陸の文化と経済の中心地になっている。

「マリアンヌ」

 低い声と共に、背後から手が差し伸べられた。

 振り返ると、夜空のような濃紺の礼服を着たクラウス大公が立っていた。
 その銀髪はシャンデリアの光を浴びて、氷河のように美しく輝いている。

「……踊ってくれるか? 今日の主役様」

「喜んで。……ですが、私のステップは地盤固めのように重いかもしれませんわよ?」

「構わない。君が踏みしめるなら、その場所は決して揺るがないということだ」

 クラウスは軽やかに私をエスコートし、ホールの中央へと導いた。

 音楽が流れる。

 私たちはワルツを踊った。
 周囲の視線が集中する。

 国の救世主である私と、隣国の英雄であるクラウス。
 誰もが羨む黄金のカップルだ。

 だが、二人の会話は少しズレていた。

「……床材がいいな。これは花崗岩か?」

「ええ。黒雲母花崗岩です。硬度が高いので、ハイヒールで踏まれても摩耗しません。……それに、このワックスの摩擦係数も絶妙でしょう?」

「ああ。君の計算通りだ。……だが、私が今気にしているのは、床の硬度ではなく、君との距離だ」

 クラウスが腕を引き寄せ、私たちの距離がゼロになる。
 彼の体温と、微かなムスクの香りが私を包む。

「……近いですね」

「遠すぎるくらいだ。……国境という物理的な距離が、私にはもどかしい」

 曲が終わり、私たちはバルコニーへと出た。

 外気は冷たいが、アースガルドの夜景は温かい光に満ちている。
 工場の煙突、家々の窓明かり、そして遠くに見える鉱山の灯り。

「マリアンヌ」

 クラウスが手すりに寄りかかり、夜景ではなく、私を見つめた。

「君はこの国を掘り起こし、成分を分析し、最高の形に磨き上げた。……見事な手腕だ」

「石が呼んでいたからですわ。私はただ、彼らの声に従っただけ」

「では……」

 クラウスが私の方へ向き直り、真剣な眼差しを向けた。

「私の声は、聞こえているか?」

「え?」

 彼は私の手を取り、その甲に口づけた。
 その瞳は、どんな宝石よりも深く、熱いマグマを秘めているように見えた。

「私は君という未知の地層に魅せられている」

「地層、ですか?」

「ああ。君は難解だ。……花崗岩のように頑固で、水晶のように純粋で、そして地層のように複雑な歴史と知識を積み重ねている」

 彼はポケットから、小さな箱を取り出した。

 パカッ、と蓋が開く。
 そこには、宝石のついていない、シンプルなプラチナの台座(リング)だけが入っていた。

「宝石は、まだない。……君にふさわしい石は、君自身の手で選んでほしいからだ」

 クラウスは跪いた。

「マリアンヌ・フォン・アースガルド。……君という鉱脈の独占採掘権を、私に売ってくれないか?」

「採掘権……」

 私は思わず吹き出しそうになった。

 愛の告白に、こんな産業用語を使う男が他にいるだろうか。
 でも、それが何よりも嬉しかった。

 彼は知っているのだ。
 私が「愛しています」と言われるよりも、「研究させてくれ」と言われる方がときめく変人であることを。

「……条件がありますわ」

 私はニヤリと笑って、彼を見下ろした。

「採掘期間は?」

「無期限だ。命ある限り」

「採掘範囲は?」

「君の心の最深部(マントル)まで」

「……ふふ。随分と欲張りな採掘者ですね」

 私は彼の手から、空っぽの指輪を受け取った。
 それを自分の薬指にはめる。

「許可します。……ただし、私の地層は硬いですよ? 生半可なドリルでは歯が立ちませんわ」

「望むところだ。……私は世界一、諦めの悪い男だからな」

 クラウスが立ち上がり、私を抱きしめた。

 唇が重なる。

 それは、甘い砂糖菓子のようなキスではなく、大地と大地がぶつかり合い、融合して新しい山脈を作るような、力強く、確かな感触だった。

「……おめでとうございます、お嬢様」

 バルコニーの陰で、セバスチャンがハンカチで目元を拭っていた。

「独身貴族という岩盤が、ついに崩落しましたな」

「うるさいわね。……これは崩落じゃないわ。結合よ」

 私はクラウスの腕の中で、空っぽの指輪を見つめた。

 ここにはめるべき石は、もう決まっている。
 私が最初に見つけた、あの最強の石だ。

「クラウス様。……婚約指輪の石、私が調達してきますわ」

「どこから?」

「私のポケット……、いいえ、アースガルドの渓谷から」

 私は夜空に向かって微笑んだ。

 最後に、私たち二人の愛の硬度を証明するダイヤモンドを掘り出しに行こう。
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