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第27話:過剰な美とランナウェイ仮説
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王宮の大広間で開かれた舞踏会。
この日の話題は、ある一人の令嬢に独占されていた。
「おお……見ろ、あれがイザベラ嬢か?」
「なんて美しいんだ。まるで女神のようだ……」
「それに比べて、あっちの元婚約者は地味だな」
男たちの熱っぽい視線の先には、イザベラ・ローズが立っていた。
だが、リリアの目には、彼女の姿は美しいというより、異様に映った。
目はメイクで普段の二倍ほど大きく描かれ、唇は血のように赤く、肌は病的なほど白い。
ドレスの胸元は限界まで切り下げられ、腰は呼吸ができているのか心配になるほどコルセットで締め上げられている。
全てのパーツが過剰に強調されたその姿は、人工的で人形のようだった。
「ごきげんよう、地味なリリアさん」
イザベラが扇子を揺らしながら近づいてきた。
その隣には、彼女の腰に手を回し、鼻の下を伸ばしたジェラルド王子がいる。
「ジェラルド様、……そんなに見つめないで」
「ああ、イザベラ。君はなんて美しいんだ。その細い腰、大きな瞳……、これこそが究極の美だ。リリアのような貧相な女とは比べ物にならない」
ジェラルドは陶酔しきっている。
周囲の男性貴族たちも、吸い寄せられるようにイザベラを取り囲んでいた。
イザベラは勝ち誇った笑みをリリアに向けた。
「わかりますか? これが女性としての格の違いですわ。貴女のように努力もしない女に、男の方を惹きつけることなんてできなくてよ」
リリアは圧倒された。
確かに、今のイザベラには強烈な引力がある。
自分にはあんな派手な真似はできない。
やはり、男性はああいう女性が好きなのだろうか……。
自信を失いかけた時、隣で氷のような声が響いた。
「……グロテスクだな」
アルヴィスだった。
彼はシャンパングラス片手に、心底不気味なものを見る目でイザベラを観察していた。
「なっ、なんだと辺境伯! この美しさがわからないのか!?」
ジェラルドが激昂する。
「美しさ? いいや、これは進化の暴走、ランナウェイ仮説の末路だ」
「らんな……、うぇい?」
アルヴィスは冷徹に解説を始めた。
「オオツノジカという絶滅動物を知っているか? 彼らのオスは、メスに選ばれるために角を巨大化させる進化を続けた。角が大きいほどモテたからだ。だが、その進化は止まらなかった」
彼はイザベラの極細の腰と、巨大な髪飾りを指差した。
「最終的に角は生活に支障が出るほど巨大化し、彼らは生存競争に負けて滅びたと言われている。イザベラ、君のその姿はまさにそれだ。異性の気を引くための装飾がエスカレートしすぎて、生物としての生存能力を著しく低下させている」
アルヴィスはイザベラの顔を覗き込んだ。
「そのコルセットによる呼吸不全、厚塗りによる皮膚呼吸の阻害、歩行困難なヒール。君の美意識は暴走(ランナウェイ)しており、それは美ではなく奇形への道をひた走っている」
「し、失礼な! ジェラルド様は美しいと言ってくださっているわ!」
「ああ! その通りだ! 俺には彼女が最高に魅力的に見える!」
王子がイザベラを庇う。
アルヴィスは王子を見て、憐れむように首を振った。
「殿下。貴方のその反応は、動物行動学における超正常刺激(スーパーノーマル・スティミュラス)にバグらされているだけだ」
「ちょう……、せいじょう?」
「有名な実験がある。タマムシのオスは、本物のメスよりも、道端に落ちている大きくて茶色いビール瓶に興奮して交尾しようとした」
会場がざわめく。
「ビール瓶?」
と困惑の声が上がる。
「ビール瓶の色と光沢が、メスの特徴を極端に誇張したものだったからだ。オスは、より大きく、より派手な偽物の方に、本能のスイッチをハッキングされてしまったのだよ」
アルヴィスは王子と取り巻きの男たちを指差して断言した。
「つまり、君たちがイザベラに群がっているのは、彼女の人間性に惹かれているからではない。強調された目、赤い唇、細い腰という誇張された記号に対し、ビール瓶に発情したタマムシと同じレベルで、脳が条件反射を起こしているに過ぎない」
「っ……!」
リリアは思わず吹き出してしまった。
(ビール瓶に発情する虫……、王子様が……)
「き、貴様ぁ! 俺たちを虫扱いするのか!」
「事実だ。君たちは本質(中身)を見失い、偽の信号に踊らされている。……まあ、イザベラの方も限界のようだが」
アルヴィスが指差した先で、イザベラがふらりとよろめいた。
「はぁ、はぁ……、なんだか、息が……」
「ほら見たことか。低酸素脳症の初期症状だ」
アルヴィスは冷静に診断した。
「極端な締め付けによる血流障害と酸欠だ。君のその性格の悪さやヒステリーも、脳への酸素供給不足による前頭葉の機能低下が原因かもしれないな。今すぐその拘束具(コルセット)を外して深呼吸しろ。さもなくば、美しく着飾ったまま窒息死するという、笑えない喜劇の結末を迎えるぞ」
「う、ううっ……!」
イザベラは顔面蒼白になり(厚化粧でわかりにくいが)、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
今度は演技ではない、本物の気絶だった。
「イザベラ! しっかりしろ!」
王子たちが慌てて介抱する。
その様子は、滑稽な大騒ぎだった。
アルヴィスは興味を失ったように背を向けた。
「行くぞ、リリア。ここは酸素濃度だけでなく、知性濃度も低すぎる」
「はい、アルヴィス様」
リリアは自分のドレスの裾を握った。
地味だけれど、呼吸がしやすくて、自分の足でしっかり歩けるドレス。
「あの……、私、地味でしょうか?」
「君か?」
アルヴィスは歩きながら、リリアを横目で見た。
「君の装いは機能的で、骨格筋の動きを阻害しない。血色も良く、生命力に溢れている。……生物学的に見て、君の方がよほど生殖パートナーとして優秀な美しさを持っている」
相変わらずの理屈っぽい褒め言葉。
でも、リリアにはそれが何よりの愛の言葉に聞こえた。
「ふふ、ありがとうございます。……タマムシじゃなくてよかったです」
「当たり前だ。私は人間だからな」
過剰な美の暴走は、自らの首を絞める結果に終わった。
健康的な笑顔のリリアと、それを守るアルヴィス。
二人の絆は、どんな厚化粧でも隠せない本物の輝きを放っていた。
この日の話題は、ある一人の令嬢に独占されていた。
「おお……見ろ、あれがイザベラ嬢か?」
「なんて美しいんだ。まるで女神のようだ……」
「それに比べて、あっちの元婚約者は地味だな」
男たちの熱っぽい視線の先には、イザベラ・ローズが立っていた。
だが、リリアの目には、彼女の姿は美しいというより、異様に映った。
目はメイクで普段の二倍ほど大きく描かれ、唇は血のように赤く、肌は病的なほど白い。
ドレスの胸元は限界まで切り下げられ、腰は呼吸ができているのか心配になるほどコルセットで締め上げられている。
全てのパーツが過剰に強調されたその姿は、人工的で人形のようだった。
「ごきげんよう、地味なリリアさん」
イザベラが扇子を揺らしながら近づいてきた。
その隣には、彼女の腰に手を回し、鼻の下を伸ばしたジェラルド王子がいる。
「ジェラルド様、……そんなに見つめないで」
「ああ、イザベラ。君はなんて美しいんだ。その細い腰、大きな瞳……、これこそが究極の美だ。リリアのような貧相な女とは比べ物にならない」
ジェラルドは陶酔しきっている。
周囲の男性貴族たちも、吸い寄せられるようにイザベラを取り囲んでいた。
イザベラは勝ち誇った笑みをリリアに向けた。
「わかりますか? これが女性としての格の違いですわ。貴女のように努力もしない女に、男の方を惹きつけることなんてできなくてよ」
リリアは圧倒された。
確かに、今のイザベラには強烈な引力がある。
自分にはあんな派手な真似はできない。
やはり、男性はああいう女性が好きなのだろうか……。
自信を失いかけた時、隣で氷のような声が響いた。
「……グロテスクだな」
アルヴィスだった。
彼はシャンパングラス片手に、心底不気味なものを見る目でイザベラを観察していた。
「なっ、なんだと辺境伯! この美しさがわからないのか!?」
ジェラルドが激昂する。
「美しさ? いいや、これは進化の暴走、ランナウェイ仮説の末路だ」
「らんな……、うぇい?」
アルヴィスは冷徹に解説を始めた。
「オオツノジカという絶滅動物を知っているか? 彼らのオスは、メスに選ばれるために角を巨大化させる進化を続けた。角が大きいほどモテたからだ。だが、その進化は止まらなかった」
彼はイザベラの極細の腰と、巨大な髪飾りを指差した。
「最終的に角は生活に支障が出るほど巨大化し、彼らは生存競争に負けて滅びたと言われている。イザベラ、君のその姿はまさにそれだ。異性の気を引くための装飾がエスカレートしすぎて、生物としての生存能力を著しく低下させている」
アルヴィスはイザベラの顔を覗き込んだ。
「そのコルセットによる呼吸不全、厚塗りによる皮膚呼吸の阻害、歩行困難なヒール。君の美意識は暴走(ランナウェイ)しており、それは美ではなく奇形への道をひた走っている」
「し、失礼な! ジェラルド様は美しいと言ってくださっているわ!」
「ああ! その通りだ! 俺には彼女が最高に魅力的に見える!」
王子がイザベラを庇う。
アルヴィスは王子を見て、憐れむように首を振った。
「殿下。貴方のその反応は、動物行動学における超正常刺激(スーパーノーマル・スティミュラス)にバグらされているだけだ」
「ちょう……、せいじょう?」
「有名な実験がある。タマムシのオスは、本物のメスよりも、道端に落ちている大きくて茶色いビール瓶に興奮して交尾しようとした」
会場がざわめく。
「ビール瓶?」
と困惑の声が上がる。
「ビール瓶の色と光沢が、メスの特徴を極端に誇張したものだったからだ。オスは、より大きく、より派手な偽物の方に、本能のスイッチをハッキングされてしまったのだよ」
アルヴィスは王子と取り巻きの男たちを指差して断言した。
「つまり、君たちがイザベラに群がっているのは、彼女の人間性に惹かれているからではない。強調された目、赤い唇、細い腰という誇張された記号に対し、ビール瓶に発情したタマムシと同じレベルで、脳が条件反射を起こしているに過ぎない」
「っ……!」
リリアは思わず吹き出してしまった。
(ビール瓶に発情する虫……、王子様が……)
「き、貴様ぁ! 俺たちを虫扱いするのか!」
「事実だ。君たちは本質(中身)を見失い、偽の信号に踊らされている。……まあ、イザベラの方も限界のようだが」
アルヴィスが指差した先で、イザベラがふらりとよろめいた。
「はぁ、はぁ……、なんだか、息が……」
「ほら見たことか。低酸素脳症の初期症状だ」
アルヴィスは冷静に診断した。
「極端な締め付けによる血流障害と酸欠だ。君のその性格の悪さやヒステリーも、脳への酸素供給不足による前頭葉の機能低下が原因かもしれないな。今すぐその拘束具(コルセット)を外して深呼吸しろ。さもなくば、美しく着飾ったまま窒息死するという、笑えない喜劇の結末を迎えるぞ」
「う、ううっ……!」
イザベラは顔面蒼白になり(厚化粧でわかりにくいが)、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
今度は演技ではない、本物の気絶だった。
「イザベラ! しっかりしろ!」
王子たちが慌てて介抱する。
その様子は、滑稽な大騒ぎだった。
アルヴィスは興味を失ったように背を向けた。
「行くぞ、リリア。ここは酸素濃度だけでなく、知性濃度も低すぎる」
「はい、アルヴィス様」
リリアは自分のドレスの裾を握った。
地味だけれど、呼吸がしやすくて、自分の足でしっかり歩けるドレス。
「あの……、私、地味でしょうか?」
「君か?」
アルヴィスは歩きながら、リリアを横目で見た。
「君の装いは機能的で、骨格筋の動きを阻害しない。血色も良く、生命力に溢れている。……生物学的に見て、君の方がよほど生殖パートナーとして優秀な美しさを持っている」
相変わらずの理屈っぽい褒め言葉。
でも、リリアにはそれが何よりの愛の言葉に聞こえた。
「ふふ、ありがとうございます。……タマムシじゃなくてよかったです」
「当たり前だ。私は人間だからな」
過剰な美の暴走は、自らの首を絞める結果に終わった。
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