断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第43話:感情への訴えと法の天秤

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 イザベラの本性が露呈し、法廷の空気は完全に冷え切っていた。
 もはや彼女を擁護する者はいないかに思われた。
 だが、国選弁護人がおずおずと進み出た。

「へ、陛下。恐れながら申し上げます」

 弁護人は脂汗を拭いながら、必死に言葉を紡いだ。

「確かに、被告人イザベラの言動は褒められたものではありません。しかし、彼女はまだ18歳。分別もつかぬ若者です。出生の秘密を知り、精神的に不安定な状態で犯行に及んだという背景も考慮すべきです」

 彼は裁判官席の貴族たちに向かって、声を震わせて訴えた。

「どうか、慈悲の心でご判断を! 将来ある若者の芽を摘むような厳罰は、あまりに酷ではありませんか? 彼女もまた、運命に翻弄された被害者なのです。ここで寛大な処置を下すことこそ、王国の懐の深さを示すことになるはずです!」

 弁護人の主張は、いわゆる泣き落としだった。
 隣で跪くジェラルドも、それに便乗して叫んだ。

「そ、そうだ! 俺だってまだ若い! 王族としてプレッシャーを感じていたんだ! 父上、俺を可愛がってくれた母上なら、きっと許してくれたはずだ! 家族の情けをかけてくれ!」

 彼らの言葉は、論理ではなく、人の情に直接訴えかけてくる。

 可哀想だから許してやれ、家族だから甘く見てやれ。
 その甘美な誘惑に、一部の貴族たちが「うむ……」と心を動かされそうになる。

 しかし、その空気を切り裂くように、アルヴィスの声が響いた。

「――異議あり」

 アルヴィスは一歩前に進み出た。

「弁護人の主張は、論理学における感情への訴えに過ぎない」

「なに……?」

「『可哀想だから』『可憐だから』『家族だから』……、これらは全て、事実や証拠とは無関係な感情論だ。弁護人は、被告人の罪の有無や被害の大きさについて論じるべきところを、聴衆の同情心を刺激することで、論点をすり替えようとしている」

 アルヴィスは、傍聴席にいるリリア、そして被害を受けたローズ領の代表者たちを示した。

「涙の量と、罪の重さは比例しない。もし可哀想だからという理由で罪が軽くなるなら、この国で最も罪が軽くなるのは、最も演技の上手い詐欺師ということになる。……それが貴殿の言う『王国の懐の深さ』か?」

 弁護人が言葉に詰まる。
 アルヴィスは国王を見上げ、静かに、しかし力強く告げた。

「法とは、感情に流されやすい人間が、それでも公正であろうとして作り上げただ。ここで情に流されれば、法治国家の根底が崩れる。被害者たちの流した血の涙は、加害者の嘘泣きによって拭われるものではない」

 彼の言葉は、法廷にいる全員の背筋を正させた。

 そうだ。
 ここで必要なのは慈悲ではない。
 公正な裁きだ。

 国王がゆっくりと頷いた。
 その瞳に、もはや迷いはなかった。

「……アルヴィスの申す通りだ。情で法を曲げてはならぬ」

 国王は立ち上がり、厳かに判決を言い渡した。

「被告人ジェラルド。王族としての地位を剥奪し、平民への降格を命じる。さらに、北方の修道院にて生涯、懺悔の日々を送るがよい。二度と王都の地を踏むことは許さぬ」

「そ、そんな……! 俺は王子だぞ! 嘘だと言ってくれ、父上ぇぇ!」

 ジェラルドが泣き叫ぶが、衛兵に取り押さえられる。

「被告人イザベラ」

 国王の声が低くなる。

「其方の罪は重い。爵位剥奪および国外追放とする。ただし、ローズ領から横領した全財産は没収し、被害者への賠償に充てること。……身一つで国を出て行け」

 それは、死刑こそ免れたものの、彼女にとって死よりも辛い判決だった。

 金も、地位も、名誉も、住む場所さえも失い、異国の地で誰の助けもなく生きていかなければならない。
 これまで誰かに依存して生きてきた彼女にとって、それは最大の罰だった。

「い、いや……。嫌よ……!」

 イザベラは首を振った。

「私は高貴な令嬢なのよ……! 泥水なんて啜れないわ! 誰か、誰か助けてよぉ!」

 彼女は周囲を見回すが、誰とも目が合わなかった。
 かつての取り巻きも、求婚者たちも、全員が彼女を汚いものを見る目で見ている。

「連れて行け」

 無慈悲な命令が下る。
 ジェラルドとイザベラは、ズルズルと床を引きずられながら退場させられていった。

「父上ぇぇ!」

「誰かぁぁ!」

 二人の断末魔のような叫び声が、重い扉の向こうへと消えていく。

 バタン、と扉が閉まる音が、一つの時代の終わりを告げた。
 静寂が戻った法廷で、アルヴィスはリリアの方を向き、小さく息を吐いた。

「……終わったな。これで全ての雑音は除去された」

「はい……」

 リリアは閉ざされた扉を見つめていた。
 胸にあるのは、勝利の喜びというよりは、嵐が過ぎ去った後の静かな安堵だった。

「帰りましょう、アルヴィス様。私たちの家に」

「ああ。帰って、温かいスープでも作ろう。脳が糖分を求めている」

 二人は手を取り合い、光の差す出口へと歩き出した。
 その背中は、どんな感情論や理不尽にも揺らがない、確かな絆で結ばれていた。
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