妹に婚約者を奪われた上に断罪されていたのですが、それが公爵様からの溺愛と逆転劇の始まりでした

水上

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第34話:静電気の魔女

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 ベルベット商会の崩壊により、王都の勢力図は塗り替えられた。
 しかし、追い詰められた悪意は、最後の手段として流言という形の毒を撒き散らしていた。

 王都の路地裏やサロンで、まことしやかに囁かれる噂があった。

 『クロード公爵の愛人、ソフィアは魔女だ』

 『彼女に触れた者は雷に打たれる』

 『ベルベット家が没落したのは、彼女が呪いをかけたからだ』

 非科学的な噂など放っておけばいい。
 アレックスはそう言ったが、ソフィアの心は曇っていた。
 そんな折、ソフィアは重要参考人としての聴取のため、再び王城へ招かれることになった。

 乾燥した冬晴れの日だった。
 王城の回廊を歩くソフィアは、すれ違う貴族たちが恐怖の眼差しで自分を避けていくのを感じていた。
 
「……見て、あの女よ」

「近づかない方がいい。黒魔術を使っているらしいぞ」

 ひそひそ話が耳に刺さる。

 ソフィアは身を縮こまらせた。
 今日の彼女は、先日差し入れられた匿名の方からの贈り物だという、厚手の重ね着をしていた。

 内側に光沢のある化学繊維のブラウス、その上にフワフワとした毛皮のベスト、さらにウールのコート。
 防寒対策としては完璧に見えたが、歩くたびにスカートが足にまとわりつくような不快感があった。

「ソフィア様、こちらです」

 案内されたのは、重厚な金属製のドアノブがついた会議室だった。
 先行していたアレックスは既に中に入っている。
 ソフィアは深呼吸をし、ドアノブに手を伸ばした。

 その瞬間だった。

 青白い閃光が走り、乾いた破裂音が回廊に響き渡った。

「きゃあっ!?」

 ソフィアは指先に走った激痛に悲鳴を上げ、その場にうずくまった。
 近くにいた衛兵が慌てて駆け寄ろうとして、ソフィアの腕を掴んだ瞬間――。

「うわあっ!?」

 衛兵までもが感電し、手を振るって飛び退いた。
 見ていた貴族たちが悲鳴を上げる。

「見たか!? 今、指先から雷が出たぞ!」

「触れただけで人を弾き飛ばした!」

「やっぱり魔女だ! 呪いだ!」

 パニックが広がる。
 ソフィアは涙目で震える手を見つめた。

 (どうして? 何もしていないのに、勝手に……)

 恐怖で動けないソフィアに対し、人々は「悪魔憑きだ」と石を投げるような視線を送る。

 その時、会議室のドアが勢いよく開いた。

「――騒がしいな。落雷でもあったのか?」

 アレックスだった。
 彼はうずくまるソフィアと、怯える周囲の人々を見て、一瞬で状況を理解したようだった。
 彼は眉一つ動かさず、ソフィアに近づく。

「公爵! 近づくな! その女は帯電している! 触れば黒焦げになるぞ!」

 貴族の一人が警告するが、アレックスは鼻で笑った。

「黒焦げ? 馬鹿馬鹿しい。……ソフィア、手を」

 彼は躊躇なく、素手でソフィアの手を握った。

 小さな音がして火花が飛んだが、アレックスは顔色一つ変えなかった。

 むしろ、そのままソフィアを抱き寄せ、もう片方の手で近くの壁に触れた。

「……放電完了だ。もう大丈夫だ、ソフィア」

「ア、アレックス様……、痛くありませんか?」

「少しピリッとしたが、君への愛の刺激に比べれば微々たるものだ」

 彼はソフィアを立たせると、怯える群衆に向かって冷徹に告げた。

「貴殿らはこれを呪いと呼ぶのか? ……嘆かわしい。これはただの物理現象、静電気だ」

「せ、せいでんき……? それなら、いったいなぜ、彼女ばかり……」

「物質にはプラスとマイナスの電気が存在する。通常は釣り合っているが、摩擦によってバランスが崩れると、物体に電気が溜まる。そして、金属などの導体に触れた瞬間、一気に電気が流れる。それが今の火花だ」

 アレックスはソフィアの服装を指差した。

「そして問題は、なぜ彼女だけがこれほど異常に帯電したか、だ」

 彼はソフィアの襟元に手をかけ、重ね着の中身を確認した。

「やはりな。……これは作為的な罠だ」

「罠、ですか?」

「ソフィア、この服は誰に選んでもらった?」

「えっと、今朝、屋敷に『ソフィア様のファンからです』と届けられたものを……、とても暖かそうだったので」

「ファン? いいや、これは悪意ある科学的テロリストからの贈り物だ」

 アレックスは、懐から一枚の紙を取り出し、即席の図を描き始めた。

「物質には帯電列という序列がある。プラスに帯電しやすい素材と、マイナスに帯電しやすい素材の順位表だ」

 彼はソフィアの服を順に指差した。

「君が一番下に着ているブラウスはポリエステルやアセテートに近い合成繊維。これは帯電列のマイナス極最強クラスだ。対して、その上に着ているベストはウサギの毛皮。これはプラス極最強クラスだ」

 アレックスは両手を叩き合わせた。

「プラスの端とマイナスの端。帯電列の両極端にある素材を重ね着して歩けばどうなるか? 摩擦によって猛烈な静電気が発生する。君は歩くたびに、自分自身を強力な発電機に変えていたのだ」

 彼は周囲を見渡した。

「今日の湿度は20%以下。静電気が逃げにくい乾燥した空気。そして絶縁体の厚底靴。……すべての条件が、彼女をにするために計算されている」

 アレックスは、ソフィアに贈られたコートのポケットから、小さなメッセージカードを抜き取った。そこには、見覚えのある筆跡でこう書かれていた。
 
 『暖かくしてね、お姉様』

「マリアンヌか……。牢の中にいても、手先を使ってまだこんな子供騙しを仕掛けてくるとは」

 彼はカードを握りつぶした。

「皆、聞いた通りだ。これは魔術でも呪いでもない。ただの相性の悪い服の重ね着による科学現象だ。……それを魔女などと騒ぎ立てるのは、自らの無知を露呈する恥ずかしい行為だと思わないか?」

 アレックスの理路整然とした解説に、人々はバツが悪そうに顔を見合わせた。

「なんだ、静電気か……」

「冬場にはよくあることだな」

 と、恐怖の空気は霧散していく。

「ソフィア。コートとベストを脱げ。綿のドレス一枚になれば、帯電列は中立になり、もう電気は起きない」

「はい……!」

 ソフィアが上着を脱ぐと、もう火花は散らなかった。
 アレックスは彼女の手を取り、優しくキスを落とした。

「君は魔女ではない。強いて言えば、私を痺れさせる魅力を持った電気ウナギくらいか」

「……もう! 例えが悪いです!」

 ソフィアは抗議したが、その表情には安堵の笑みが戻っていた。
 
 悪意ある噂は、科学の光によって打ち消された。
 だが、牢獄のマリアンヌがまだ諦めていないことは明らかだった。

 最終決戦――断罪の法廷は、もう目の前に迫っている。
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