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第36話:光るドレスの幻影
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断罪の法廷まで、あと数日。
証拠は揃いつつあったが、敵の残党による嫌がらせは陰湿さを極めていた。
特にソフィアを精神的に追い詰めようとする工作は、夜の闇に紛れて行われた。
「……出た、出たぞぉ!」
「青い服の幽霊だ!」
「いや、緑色の亡霊だった!」
深夜、クロード公爵邸の庭園で、警備兵たちの悲鳴が上がった。
ソフィアが怯えながらバルコニーに出ると、闇の中にぼんやりと光る人影が浮かんでいるのが見えた。
その姿はゆらゆらと揺れ、見る角度によって色を変えながら、不気味に笑うように明滅していた。
「……ソフィア……、呪われろ……」
風に乗って聞こえる怨嗟の声。
ソフィアはガタガタと震え出した。
「ま、マリアンヌ……? そんな、彼女は牢屋にいるはず……」
「落ち着け、ソフィア」
寝間着の上にガウンを羽織ったアレックスが、冷静な足取りでバルコニーに出てきた。
彼は手にしたランプを掲げ、庭を逃げ回る光る影を目で追った。
「幽霊など存在しない。質量のないものが光を反射するはずがないからな」
「でも、兵士たちの証言が食い違っています! 『青い服だった』と言う人と、『緑色の服だった』と言う人が……。変身する悪魔かもしれません!」
庭では、別々の方向から影を目撃した兵士たちが言い争っていた。
「俺は確かに青いのを見たんだ!」
「馬鹿言え、あんな鮮やかな緑を見間違えるかよ!」
アレックスは、その矛盾する証言を聞いて、不敵に口角を上げた。
「なるほど。……青と緑か。答えは出たな」
彼はソフィアの手を引いた。
「行くぞ。あの幽霊の正体を暴いてやる。捕虫網の準備だ」
アレックスの指示で、兵士たちは庭園の四方を包囲した。
そして、わざと包囲の一角を空け、そこへ幽霊を誘導した。
逃げ込んだ先は、行き止まりの温室だ。
「観念しろ、幽霊殿」
アレックスとソフィア、そして松明を持った兵士たちが温室の入り口を塞ぐ。
ガラス張りの温室の中で、光る人影が立ち尽くしていた。
フードを目深に被ったその姿は、正面から見ると、闇夜に浮かぶ深い青色に輝いていた。
「ひぃっ……!」
ソフィアがアレックスの背中に隠れる。
アレックスは一歩前に進み出た。
「芝居は終わりだ。……その布、ベルベット商会の試作品だな?」
「……!?」
人影がビクリと震える。
「兵士たちの証言が食い違ったのは、彼らの目が節穴だからでも、貴様が変身したからでもない。貴様を見る角度が違ったからだ」
アレックスはソフィアに解説するように語りかけた。
「ソフィア。南国のモルフォ蝶を知っているか?」
「いえ、知りません」
「鮮やかな青色に輝く蝶だ。だが、その羽根には青い色素は含まれていない。あれは構造色といって、表面の微細な棚状構造が光を干渉させ、特定の波長(青色)だけを強く反射させているのだ」
彼は目の前の幽霊を指差した。
「そのマントも同じだ。特殊な積層構造を持つ繊維で織られている。この構造色は、見る角度によって光の経路差(波長のズレ)が生じ、色が変化する性質を持つ」
アレックスは、兵士たちに左右に散らばるよう合図した。
「正面から見れば青。だが、斜めから見れば波長が長くなり緑に見える。……それが、目撃証言の矛盾の正体だ。幽霊の仕業ではなく、単なる光の回折と干渉だ」
科学的に種明かしをされた幽霊は、逃げ場を失い、その場に崩れ落ちた。
フードが脱げ、露わになったのは、ベルベット家に雇われていた小柄な男だった。
「ち、ちくしょう……! この布なら、誰にも正体がバレないと思ったのに!」
男は悔しそうにマントを脱ぎ捨てた。
地面に落ちたマントは、松明の光を受けて玉虫色に怪しく輝いていた。
「ベルベット家が過去に失敗作として倉庫に眠らせていた玉虫織の類だろう。色が定まらない布は貴族に不評だったようだが、まさか幽霊騒ぎに悪用するとはな」
アレックスは呆れたように吐き捨て、兵士たちに男を引き渡した。
「連れて行け。不法侵入と、公爵家の安眠を妨害した罪だ」
騒動が収まり、静けさが戻った庭園で、アレックスは落ちていた光るマントを拾い上げた。
「……技術自体は悪くない。見る角度で色が変わるドレスなんて、斬新で面白いじゃないか」
「えっ? こ、こんな不気味な布をですか?」
「使いようだ。ステージ衣装や、偽造防止のためのタグに使えば有用だ」
アレックスは布を畳み、ソフィアの肩を抱いた。
「ソフィア。この世に不思議はあっても不可解はない。幽霊も呪いも、光を当てればすべて理屈で説明がつく」
「はい……。アレックス様がいれば、お化けなんて怖くありませんね」
ソフィアは安堵の息を吐いた。
見えないものに怯える必要はない。
隣には、どんな闇も知識という光で照らしてくれる人がいるのだから。
「さあ、寝直そう。明日は忙しくなるぞ。……いよいよ、あのマントの男が吐いた情報をもとに、黒幕たちの最後の悪あがきを潰しに行く」
二人は屋敷へと戻っていった。
幻影は消え、残ったのは確かな現実と、近づく決戦の足音だけだった。
証拠は揃いつつあったが、敵の残党による嫌がらせは陰湿さを極めていた。
特にソフィアを精神的に追い詰めようとする工作は、夜の闇に紛れて行われた。
「……出た、出たぞぉ!」
「青い服の幽霊だ!」
「いや、緑色の亡霊だった!」
深夜、クロード公爵邸の庭園で、警備兵たちの悲鳴が上がった。
ソフィアが怯えながらバルコニーに出ると、闇の中にぼんやりと光る人影が浮かんでいるのが見えた。
その姿はゆらゆらと揺れ、見る角度によって色を変えながら、不気味に笑うように明滅していた。
「……ソフィア……、呪われろ……」
風に乗って聞こえる怨嗟の声。
ソフィアはガタガタと震え出した。
「ま、マリアンヌ……? そんな、彼女は牢屋にいるはず……」
「落ち着け、ソフィア」
寝間着の上にガウンを羽織ったアレックスが、冷静な足取りでバルコニーに出てきた。
彼は手にしたランプを掲げ、庭を逃げ回る光る影を目で追った。
「幽霊など存在しない。質量のないものが光を反射するはずがないからな」
「でも、兵士たちの証言が食い違っています! 『青い服だった』と言う人と、『緑色の服だった』と言う人が……。変身する悪魔かもしれません!」
庭では、別々の方向から影を目撃した兵士たちが言い争っていた。
「俺は確かに青いのを見たんだ!」
「馬鹿言え、あんな鮮やかな緑を見間違えるかよ!」
アレックスは、その矛盾する証言を聞いて、不敵に口角を上げた。
「なるほど。……青と緑か。答えは出たな」
彼はソフィアの手を引いた。
「行くぞ。あの幽霊の正体を暴いてやる。捕虫網の準備だ」
アレックスの指示で、兵士たちは庭園の四方を包囲した。
そして、わざと包囲の一角を空け、そこへ幽霊を誘導した。
逃げ込んだ先は、行き止まりの温室だ。
「観念しろ、幽霊殿」
アレックスとソフィア、そして松明を持った兵士たちが温室の入り口を塞ぐ。
ガラス張りの温室の中で、光る人影が立ち尽くしていた。
フードを目深に被ったその姿は、正面から見ると、闇夜に浮かぶ深い青色に輝いていた。
「ひぃっ……!」
ソフィアがアレックスの背中に隠れる。
アレックスは一歩前に進み出た。
「芝居は終わりだ。……その布、ベルベット商会の試作品だな?」
「……!?」
人影がビクリと震える。
「兵士たちの証言が食い違ったのは、彼らの目が節穴だからでも、貴様が変身したからでもない。貴様を見る角度が違ったからだ」
アレックスはソフィアに解説するように語りかけた。
「ソフィア。南国のモルフォ蝶を知っているか?」
「いえ、知りません」
「鮮やかな青色に輝く蝶だ。だが、その羽根には青い色素は含まれていない。あれは構造色といって、表面の微細な棚状構造が光を干渉させ、特定の波長(青色)だけを強く反射させているのだ」
彼は目の前の幽霊を指差した。
「そのマントも同じだ。特殊な積層構造を持つ繊維で織られている。この構造色は、見る角度によって光の経路差(波長のズレ)が生じ、色が変化する性質を持つ」
アレックスは、兵士たちに左右に散らばるよう合図した。
「正面から見れば青。だが、斜めから見れば波長が長くなり緑に見える。……それが、目撃証言の矛盾の正体だ。幽霊の仕業ではなく、単なる光の回折と干渉だ」
科学的に種明かしをされた幽霊は、逃げ場を失い、その場に崩れ落ちた。
フードが脱げ、露わになったのは、ベルベット家に雇われていた小柄な男だった。
「ち、ちくしょう……! この布なら、誰にも正体がバレないと思ったのに!」
男は悔しそうにマントを脱ぎ捨てた。
地面に落ちたマントは、松明の光を受けて玉虫色に怪しく輝いていた。
「ベルベット家が過去に失敗作として倉庫に眠らせていた玉虫織の類だろう。色が定まらない布は貴族に不評だったようだが、まさか幽霊騒ぎに悪用するとはな」
アレックスは呆れたように吐き捨て、兵士たちに男を引き渡した。
「連れて行け。不法侵入と、公爵家の安眠を妨害した罪だ」
騒動が収まり、静けさが戻った庭園で、アレックスは落ちていた光るマントを拾い上げた。
「……技術自体は悪くない。見る角度で色が変わるドレスなんて、斬新で面白いじゃないか」
「えっ? こ、こんな不気味な布をですか?」
「使いようだ。ステージ衣装や、偽造防止のためのタグに使えば有用だ」
アレックスは布を畳み、ソフィアの肩を抱いた。
「ソフィア。この世に不思議はあっても不可解はない。幽霊も呪いも、光を当てればすべて理屈で説明がつく」
「はい……。アレックス様がいれば、お化けなんて怖くありませんね」
ソフィアは安堵の息を吐いた。
見えないものに怯える必要はない。
隣には、どんな闇も知識という光で照らしてくれる人がいるのだから。
「さあ、寝直そう。明日は忙しくなるぞ。……いよいよ、あのマントの男が吐いた情報をもとに、黒幕たちの最後の悪あがきを潰しに行く」
二人は屋敷へと戻っていった。
幻影は消え、残ったのは確かな現実と、近づく決戦の足音だけだった。
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