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第38話:断罪の法廷(前編)
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シャンデリア落下未遂という騒然とした幕開けの直後、会場は異様な緊張感に包まれていた。
瓦礫やロープは片付けられ、改めて公開聴聞会の準備が整えられた。
玉座には国王陛下が鎮座し、その左右には宰相や騎士団長が控えている。
そして、ホールの中央には二つの陣営が並んでいた。
一方は、クロード公爵アレックスと、その婚約者ソフィア。
もう一方は、後ろ手に拘束されたガストン・ベルベット伯爵、その娘マリアンヌ、そして謹慎処分中のギルバート第二王子だ。
「――静粛に」
国王の厳格な声が響き、ざわめきが収まる。
「これより、クロード公爵家に対する数々の妨害工作、ならびにソフィア・リネン嬢への殺人未遂容疑に関する聴聞会を行う。……アレックスよ、申し開きはあるか?」
指名されたアレックスは、優雅に一礼した。
彼の表情に焦りはない。
まるで、これから学会で論文を発表するかのような落ち着き払った態度だった。
「陛下。申し開きなど必要ありません。ここに在るのは、ただの事実と、それを証明する繊維のみです」
アレックスは、被告席のマリアンヌたちを一瞥した。
マリアンヌは髪を振り乱し、怨嗟の眼差しでソフィアを睨みつけている。
ギルバート王子は顔面蒼白で震え、ガストン伯爵はブツブツと何か言い訳を呟いている。
「この事件、一見すると複雑な愛憎劇や権力争いに見えますが……、構造は至って単純です」
アレックスは、懐からハンカチを取り出し、空中で広げてみせた。
「これは平織です。経糸と緯糸が一本ずつ交互に浮き沈みする、最も基本的で単純な組織です」
彼は会場の全員に聞こえるように、朗々と語り始めた。
「今回の事件も、この平織りと同じだ。縦と横を交互に見れば、必ず真実が見える」
彼は被告席を指差した。
「まず、経糸。これは動機だ。ベルベット家の伝統という名の既得権益への執着、マリアンヌ嬢の劣等感と虚栄心。これらは最初から最後まで一貫して張り詰められ、変わることはなかった」
次に、彼はソフィアの方を示した。
「そして、緯糸。これは行動だ。ソフィアを追放し、毒を盛り、爆発させ、圧殺しようとした数々の犯行。……これらを交互に織り込んでいくと、そこに浮かび上がるのは、あまりにも粗末で穴だらけの、悪意のタペストリーだ」
「いい加減になさい!」
沈黙を破り、マリアンヌが金切り声を上げた。
「何を訳の分からない布の話をしているの! 証拠よ、証拠を出しなさい! 私がソフィアお姉様を殺そうとしたなんて、全部公爵のでっち上げでしょう!?」
彼女は涙ながらに国王へ訴えかけた。
「陛下、信じてください! 私はただ、ファッションが好きで、流行に敏感なだけの普通の令嬢です。毒だの爆弾だの、そんな恐ろしい化学の知識なんてありませんわ! 全部、そこの繊維オタクの公爵が、専門用語で煙に巻いているだけです!」
マリアンヌの迫真の演技に、一部の貴族たちがざわめく。
確かに、アレックスの話は難解だ。
無知な少女にそこまでの凶行が可能だったのか、という疑問も生じる。
しかし、アレックスは涼しい顔で首を振った。
「無知……、か。確かに君は無知だ。だが、無知は罪の免罪符にはならない。むしろ、無知ゆえに制御不能な凶器を振り回したことが、君の罪を重くしている」
彼はソフィアの手を取り、一歩前へ進ませた。
「ソフィア。あの日、君が受けた苦しみを、君自身の言葉で語るんだ。……大丈夫。君の言葉は、最高級の麻のように強く、真っ直ぐだ」
ソフィアは深く息を吸い込み、顔を上げた。
かつては下を向いてばかりだった彼女の瞳には、揺るぎない光が宿っていた。
「……陛下。私は、この身をもって証明します」
ソフィアは静かに、しかし凛とした声で語り始めた。
「最初の夜会で水をかけられた時の冷たさ。毒入りのドレスを着せられた時の、肌が焼けるような痛み。そして、首元のレースが爆発した時の、炎の熱さ。……それらは全て、マリアンヌ、あなたが私に向けたものです」
彼女はマリアンヌを真っ直ぐに見据えた。
「あなたは『知らなかった』と言うけれど、それは嘘です。あなたは常に、私が苦しむ姿を見て笑っていた。……その歪んだ笑顔こそが、何よりの証拠です」
「なっ……!」
マリアンヌが言葉に詰まる。
アレックスが引き継ぐ。
「精神論だけではない。物質的な証拠もここにある」
彼は執事のセバスチャンに合図し、ワゴンを運ばせた。
そこには、これまでアレックスたちが集めてきた証拠品が並べられていた。
土の中から掘り起こされた溶解した小箱。
爆発したショールの燃えかす。
そして、毒入りドレスの断片。
「これらは全て、科学分析済みだ。成分は特定されている。あとは、誰がこれを入手し、誰が使ったかを紐付けるだけだ」
アレックスは、マリアンヌに向かって残酷な笑みを浮かべた。
「君は『化学の知識がない』と言ったな? それが命取りだ。知識がないからこそ、君は犯行の痕跡というシミを消す方法を知らず、あちこちにベタベタと残してしまったのだよ」
「痕跡……?」
「ああ。例えば、君が着ているそのドレスにもね」
アレックスの指が、マリアンヌを指し示す。
単純な平織りのように見えた事件。
だが、その糸を一本ずつ解きほぐしていけば、そこには逃れようのない物理的証拠が絡みついている。
「さあ、洗濯の時間だ。君のついた嘘の汚れを、特殊な溶剤で洗い流してあげよう」
アレックスは、次なる決定的な証拠を提示する準備を整えた。
法廷の空気は、同情から断罪へと、完全に切り替わろうとしていた。
瓦礫やロープは片付けられ、改めて公開聴聞会の準備が整えられた。
玉座には国王陛下が鎮座し、その左右には宰相や騎士団長が控えている。
そして、ホールの中央には二つの陣営が並んでいた。
一方は、クロード公爵アレックスと、その婚約者ソフィア。
もう一方は、後ろ手に拘束されたガストン・ベルベット伯爵、その娘マリアンヌ、そして謹慎処分中のギルバート第二王子だ。
「――静粛に」
国王の厳格な声が響き、ざわめきが収まる。
「これより、クロード公爵家に対する数々の妨害工作、ならびにソフィア・リネン嬢への殺人未遂容疑に関する聴聞会を行う。……アレックスよ、申し開きはあるか?」
指名されたアレックスは、優雅に一礼した。
彼の表情に焦りはない。
まるで、これから学会で論文を発表するかのような落ち着き払った態度だった。
「陛下。申し開きなど必要ありません。ここに在るのは、ただの事実と、それを証明する繊維のみです」
アレックスは、被告席のマリアンヌたちを一瞥した。
マリアンヌは髪を振り乱し、怨嗟の眼差しでソフィアを睨みつけている。
ギルバート王子は顔面蒼白で震え、ガストン伯爵はブツブツと何か言い訳を呟いている。
「この事件、一見すると複雑な愛憎劇や権力争いに見えますが……、構造は至って単純です」
アレックスは、懐からハンカチを取り出し、空中で広げてみせた。
「これは平織です。経糸と緯糸が一本ずつ交互に浮き沈みする、最も基本的で単純な組織です」
彼は会場の全員に聞こえるように、朗々と語り始めた。
「今回の事件も、この平織りと同じだ。縦と横を交互に見れば、必ず真実が見える」
彼は被告席を指差した。
「まず、経糸。これは動機だ。ベルベット家の伝統という名の既得権益への執着、マリアンヌ嬢の劣等感と虚栄心。これらは最初から最後まで一貫して張り詰められ、変わることはなかった」
次に、彼はソフィアの方を示した。
「そして、緯糸。これは行動だ。ソフィアを追放し、毒を盛り、爆発させ、圧殺しようとした数々の犯行。……これらを交互に織り込んでいくと、そこに浮かび上がるのは、あまりにも粗末で穴だらけの、悪意のタペストリーだ」
「いい加減になさい!」
沈黙を破り、マリアンヌが金切り声を上げた。
「何を訳の分からない布の話をしているの! 証拠よ、証拠を出しなさい! 私がソフィアお姉様を殺そうとしたなんて、全部公爵のでっち上げでしょう!?」
彼女は涙ながらに国王へ訴えかけた。
「陛下、信じてください! 私はただ、ファッションが好きで、流行に敏感なだけの普通の令嬢です。毒だの爆弾だの、そんな恐ろしい化学の知識なんてありませんわ! 全部、そこの繊維オタクの公爵が、専門用語で煙に巻いているだけです!」
マリアンヌの迫真の演技に、一部の貴族たちがざわめく。
確かに、アレックスの話は難解だ。
無知な少女にそこまでの凶行が可能だったのか、という疑問も生じる。
しかし、アレックスは涼しい顔で首を振った。
「無知……、か。確かに君は無知だ。だが、無知は罪の免罪符にはならない。むしろ、無知ゆえに制御不能な凶器を振り回したことが、君の罪を重くしている」
彼はソフィアの手を取り、一歩前へ進ませた。
「ソフィア。あの日、君が受けた苦しみを、君自身の言葉で語るんだ。……大丈夫。君の言葉は、最高級の麻のように強く、真っ直ぐだ」
ソフィアは深く息を吸い込み、顔を上げた。
かつては下を向いてばかりだった彼女の瞳には、揺るぎない光が宿っていた。
「……陛下。私は、この身をもって証明します」
ソフィアは静かに、しかし凛とした声で語り始めた。
「最初の夜会で水をかけられた時の冷たさ。毒入りのドレスを着せられた時の、肌が焼けるような痛み。そして、首元のレースが爆発した時の、炎の熱さ。……それらは全て、マリアンヌ、あなたが私に向けたものです」
彼女はマリアンヌを真っ直ぐに見据えた。
「あなたは『知らなかった』と言うけれど、それは嘘です。あなたは常に、私が苦しむ姿を見て笑っていた。……その歪んだ笑顔こそが、何よりの証拠です」
「なっ……!」
マリアンヌが言葉に詰まる。
アレックスが引き継ぐ。
「精神論だけではない。物質的な証拠もここにある」
彼は執事のセバスチャンに合図し、ワゴンを運ばせた。
そこには、これまでアレックスたちが集めてきた証拠品が並べられていた。
土の中から掘り起こされた溶解した小箱。
爆発したショールの燃えかす。
そして、毒入りドレスの断片。
「これらは全て、科学分析済みだ。成分は特定されている。あとは、誰がこれを入手し、誰が使ったかを紐付けるだけだ」
アレックスは、マリアンヌに向かって残酷な笑みを浮かべた。
「君は『化学の知識がない』と言ったな? それが命取りだ。知識がないからこそ、君は犯行の痕跡というシミを消す方法を知らず、あちこちにベタベタと残してしまったのだよ」
「痕跡……?」
「ああ。例えば、君が着ているそのドレスにもね」
アレックスの指が、マリアンヌを指し示す。
単純な平織りのように見えた事件。
だが、その糸を一本ずつ解きほぐしていけば、そこには逃れようのない物理的証拠が絡みついている。
「さあ、洗濯の時間だ。君のついた嘘の汚れを、特殊な溶剤で洗い流してあげよう」
アレックスは、次なる決定的な証拠を提示する準備を整えた。
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