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【第2章】彼女がいた世界、そして笑う

第8話

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 自宅の最寄り駅から学校の最寄り駅までは1駅しかないが、10分ちょっとはかかる。都会にいくほど駅と駅の間隔も短いと思うが、ここはだいたいこんなものである。
 教科書と向き合っていると、時間を忘れてあっという間に目的地に到着してしまう。
 しかし、10分間という1日24時間の中では短い時間だとしても、短時間集中学習は頭の中のオンとオフを切り替える良いトレーニングになる。
 というわけで、あっという間に学校の最寄り駅に到着し、同じ学校の生徒やサラリーマンが混じった状態で駅の改札を通り抜ける。

「今さらだけど、あなたも自転車を使わないのね。私は割りと近場だったから電車は使わずに徒歩のみだったけど」
「今は部活もやっていないし、運動がてらな」

 あまり人がいないところを狙って歩き、やや小声で前橋さんの言葉に応える。

「さっきは電車の中で歩き回っていたみたいだが、学校の中ではあまりはしゃぎ過ぎないようにしてくれよ。パニックになったらどうするんだ」
「侵害ね。誰がはしゃぐものですか。これは実態調査よ。今の私をどのくらいの人が認知できるのか、あるいは働きかけを行えるのか調査しただけよ」

 あまり子供っぽく見られたくないのか、冷静に反論してくる。

「まぁ、俺と離れられないわけだし、教室に入ってきちゃうのはしかたないか」
「10mは離れられるのだから、教室の外に出てることは可能よ。その場合、ベランダか廊下にいることになるけど」
「だったらなるべく目の届くところにいてほしいな。万が一、目を離した隙に変なことになったら対処に困る」
「これまた侵害ね。大丈夫よ。あなたに迷惑を掛けるようなことはしないから」

 生きているときは、学校の中では全く誰とも話さず静かに存在していた前橋さん。
 この状況になるとどうなるのだろうか。
 ちょっと先行きが不安になっていたとき、後ろから声をかけられた。

「おっす、直行。後ろから見てたんだけど、なんか一人でぼそぼそ言ってなかったか?」

 なんちゃってインテリチャラ男の友助だ。
 俺が前橋さんと話していたところを見られていたみたいだ。
 それに「一人で」という言葉と、友助の美少女レーダーに反応していないとうことは、友助にも前橋さんが見えていないみたいだ。

「ちょっとさっき読んでた歴史の教科書の文章を口に出してしまっていたみたいだ」
「朝から勉強とは恐れ入るね」

 いつもの他愛の無い会話が始まると思われたそのとき――

「あれ? ちょっと待てよ」
「どうした?」

 押していた自転車を止め、何やらあたりを見渡す友助。

「なんか……美少女がいるような空気を感じる。もしかして、今どこかの美少女に見られてる?」
「えっ」

 俺はすぐさま前橋さんを見る。
 前橋さんは友助の目の前にいき、顔の前でブンブンと手を振る。
 しかし友助は、それに気付かずあちこちを見渡す。
 さすがに挙動不審過ぎて他の生徒に気持ち悪がられるからやめてほしい。

「あれ~、やっぱり気のせいなのかな。確かに俺の美少女レーダーが反応したと思ったんだけどなぁ」

 こいつは正真正銘のバカだな。
 死んだはずの前橋さんの存在を微かに感じとれるほどのチャラバカとは。

「気のせいだろ。あんまり変な行動ばっかりしていると、可愛い子に逃げられちゃうぞ」
「それは困る!」

 見えてはいないっぽいし、そのまま何事もないかのように諭すことにした。
 すると前橋さんが、まるでゴミ見るような目をしながら口を開く。

「この人はバカなのかしら。顔はいいかもしれないけど、言動は軽々しくて見てられないわ。一瞬ヒヤッとした気持ちを返してほしい」

 おっしゃる通りですね。
 そんなこんなで学校へ到着したわけだが、それまでも前橋さんの姿に気付いた素振りを見せる者は誰もいなかった。
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