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【第2章】彼女がいた世界、そして笑う

第9話

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 いつものように教室に入り、自分の席に座る。
 そして幽霊娘は堂々と俺の机の上にいる。
 机の右端に腰を下ろし、太ももを通路側に向けている。
 要は正面にある黒板側を向いているのではなく、横向きに座っているということだ。
 贅肉がいっさいない薄いお尻と絶対領域が目の前に展開する。目のやり場に困るぜ。
 てか、贅肉がいっさいないとはいえ、座ったとき特有の、お肉がぷにっと押しつぶされる現象はちゃんと起こっている。
 人間に対しては通り抜けていたと思うが、物に対しては一応干渉ができるということなのか。
 それならば平然と地面を歩いていることにも納得できる。
 しかし、今はそんなことどうでもいい。
 早くそこをどいてほしい。
 でも、このまま堪能するのもありか?

 いやいや、だめだ!

 そんなドギマギしている俺をよそに、前橋さんは教室中をキョロキョロ見渡していた。

「誰も気づいてはくれないみたいね」

 結果なんて最初から分かっていたといわんばかりに、当然のようにポツリとつぶやく。
 俺も少し周りを見てみるが、この教室に3カ月前に死んだはずの前橋さんがいるなんて誰も思いもせず、いつも通り各々の仲良しグループで雑談を繰り広げている。

「当然だけど、まだ私の机があるのね。でも、お花は生けてくれていないわ。ちょっと寂しいわね」
「昨日までは生けてあったよ。49日が過ぎたから片付けたんだ」

 実際に寂しがっているのかは分からないが、さすがに小声でフォローしておく。

「そうなのね。昨日でちょうど49日だったんだ。あなたが生けてくれてたのかしら?」
「いや、安中先生だよ」

 俺は嘘をついた。
 今となっては、どうせバレやしないし、俺がやっていたことを知られるのはなんとなく恥ずかしい。
 そう、ただなんとなくだ。
 なんとなく恥ずかしいし、前橋さんの花を生けていたのは、ともに過ごした時間は短かったけど、このクラスの中で一番前橋さんと仲が良かった気がして、だったら自分がやらないといけないと、なんとなくそう思ったからだ。

「そうなの。じゃあその人に感謝したいわね。気持ちだけになっちゃうかもしれないけれど」

 感謝なんていらない。
 ただなんとなくやっていただけなのだから。
 てか、担任の先生を「その人」呼ばわりですか。
 事情を知らない前橋さんからすると、感謝の対象は安中先生になってしまった。
 けど、別に感謝されたくてやっていたわけでもないし、そのままにしておくことにしよう。
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