7 / 9
彼女の森
7
しおりを挟む
「……いつの間にか、寝てたんだ」
目を覚ました時、部屋の明かりは消えていた。
大方、ドミィが蝋を消しに来たのだろう。
蝋を焚いたまま寝ないようにといつも言われているが、寝てしまうのだから仕方ない。
明日の小言は覚悟しておかないと。
着たままのドレスから部屋着に着替え、寝支度をするために部屋を出た。
そういえば、ユーリアは部屋に来なかった。
来たけど寝ていたから遠慮した――そんな気の利いた性格ではないし、あの様子だと戻った後も飲み続けたのだろう。多分今頃は客室で寝息を立てているはず。
そんな事を思いながら廊下を歩いていると、目の前の扉が開き、部屋の中から誰かが出てきた。
その部屋は、父オルガニックの寝室。
出てきたのは、父ではない。
「ユーリア?」
「っ!」
身体を隠すように、手を胸の前で交差させたユーリアは、アミルを拒絶するように視線を外した。 アミルは小走りで駆け寄って、その身体に手を伸ばす。
「ユーリア、貴女どうし――っ!」
差し出した手は、思わぬ衝撃にはねつけられた。
「……さわら……ないで……」
かすれたか細い声。蒸気した赤い肌。癖のついたドレス。
何より違うのは、その匂い。
ユーリアの全身から漂う、新鮮な花弁を煮詰めて抽出した様な、甘くて、淫靡な香り。
「ごめんなさい。私……帰るから……」
そう言い残して去っていく彼女に、手を再び伸ばす事は出来なかった。
振り向き様に見えた、頬から流れた一筋の雫に、声をかける事もかなわなかった。
何があったかを訊ねる事なんて――出来なかった。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
「アミル様」
それは、庭園で花の水やりをしていた時だった。
声をかけたドミィの様子は、明らかに普段の彼女とは違う。
その手には手紙が握られており、封蝋の紋章には、見覚えがあった。
「ユーリア様が、お亡くなりになりました」
手に持った水瓶の重さが増した。
「身投げされたと――」
地面に落ちた水瓶と同様、世界は簡単に壊れていく。
暗い部屋の扉には、しっかりと閂がかけられて。
部屋に閉じこもって、もう何日になるのだろうか。それすらも分からない。
全ては、自分が悪いのだ。
あの時、手を差し伸べていれば。
あの時、声をかけていれば。
すぐに手紙を出していれば。
こんな事にはならなかったはず。
アミルはそう思い込んでいた。
自分の弱さが憎い。
自分の臆病さが怖い。
私は知っていた。私は気づいていた。あの夜、父の部屋で何が起こったのかを。
気づいていながら、見て見ぬ振りをした。
些細な事だと思っていたのかもしれない。
いや、些細な事だと思っていた。
彼女がソレをどれほど大切にしていたのか知っていたのに。
ソレを無くした自分は無意味だと。自分は無価値だと。
命を捨て去る程のモノだとは思っていなかったのだ。
自分の浅はかさが虚しい。
自分の愚かさが恥ずかしい。
全ては私の所為。
幸せになる資格などない。
愛される理由などない。
光など、何処にも見当たらなかった。
目を覚ました時、部屋の明かりは消えていた。
大方、ドミィが蝋を消しに来たのだろう。
蝋を焚いたまま寝ないようにといつも言われているが、寝てしまうのだから仕方ない。
明日の小言は覚悟しておかないと。
着たままのドレスから部屋着に着替え、寝支度をするために部屋を出た。
そういえば、ユーリアは部屋に来なかった。
来たけど寝ていたから遠慮した――そんな気の利いた性格ではないし、あの様子だと戻った後も飲み続けたのだろう。多分今頃は客室で寝息を立てているはず。
そんな事を思いながら廊下を歩いていると、目の前の扉が開き、部屋の中から誰かが出てきた。
その部屋は、父オルガニックの寝室。
出てきたのは、父ではない。
「ユーリア?」
「っ!」
身体を隠すように、手を胸の前で交差させたユーリアは、アミルを拒絶するように視線を外した。 アミルは小走りで駆け寄って、その身体に手を伸ばす。
「ユーリア、貴女どうし――っ!」
差し出した手は、思わぬ衝撃にはねつけられた。
「……さわら……ないで……」
かすれたか細い声。蒸気した赤い肌。癖のついたドレス。
何より違うのは、その匂い。
ユーリアの全身から漂う、新鮮な花弁を煮詰めて抽出した様な、甘くて、淫靡な香り。
「ごめんなさい。私……帰るから……」
そう言い残して去っていく彼女に、手を再び伸ばす事は出来なかった。
振り向き様に見えた、頬から流れた一筋の雫に、声をかける事もかなわなかった。
何があったかを訊ねる事なんて――出来なかった。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
「アミル様」
それは、庭園で花の水やりをしていた時だった。
声をかけたドミィの様子は、明らかに普段の彼女とは違う。
その手には手紙が握られており、封蝋の紋章には、見覚えがあった。
「ユーリア様が、お亡くなりになりました」
手に持った水瓶の重さが増した。
「身投げされたと――」
地面に落ちた水瓶と同様、世界は簡単に壊れていく。
暗い部屋の扉には、しっかりと閂がかけられて。
部屋に閉じこもって、もう何日になるのだろうか。それすらも分からない。
全ては、自分が悪いのだ。
あの時、手を差し伸べていれば。
あの時、声をかけていれば。
すぐに手紙を出していれば。
こんな事にはならなかったはず。
アミルはそう思い込んでいた。
自分の弱さが憎い。
自分の臆病さが怖い。
私は知っていた。私は気づいていた。あの夜、父の部屋で何が起こったのかを。
気づいていながら、見て見ぬ振りをした。
些細な事だと思っていたのかもしれない。
いや、些細な事だと思っていた。
彼女がソレをどれほど大切にしていたのか知っていたのに。
ソレを無くした自分は無意味だと。自分は無価値だと。
命を捨て去る程のモノだとは思っていなかったのだ。
自分の浅はかさが虚しい。
自分の愚かさが恥ずかしい。
全ては私の所為。
幸せになる資格などない。
愛される理由などない。
光など、何処にも見当たらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる