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彼女の森
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「……いつの間にか、寝てたんだ」
目を覚ました時、部屋の明かりは消えていた。
大方、ドミィが蝋を消しに来たのだろう。
蝋を焚いたまま寝ないようにといつも言われているが、寝てしまうのだから仕方ない。
明日の小言は覚悟しておかないと。
着たままのドレスから部屋着に着替え、寝支度をするために部屋を出た。
そういえば、ユーリアは部屋に来なかった。
来たけど寝ていたから遠慮した――そんな気の利いた性格ではないし、あの様子だと戻った後も飲み続けたのだろう。多分今頃は客室で寝息を立てているはず。
そんな事を思いながら廊下を歩いていると、目の前の扉が開き、部屋の中から誰かが出てきた。
その部屋は、父オルガニックの寝室。
出てきたのは、父ではない。
「ユーリア?」
「っ!」
身体を隠すように、手を胸の前で交差させたユーリアは、アミルを拒絶するように視線を外した。 アミルは小走りで駆け寄って、その身体に手を伸ばす。
「ユーリア、貴女どうし――っ!」
差し出した手は、思わぬ衝撃にはねつけられた。
「……さわら……ないで……」
かすれたか細い声。蒸気した赤い肌。癖のついたドレス。
何より違うのは、その匂い。
ユーリアの全身から漂う、新鮮な花弁を煮詰めて抽出した様な、甘くて、淫靡な香り。
「ごめんなさい。私……帰るから……」
そう言い残して去っていく彼女に、手を再び伸ばす事は出来なかった。
振り向き様に見えた、頬から流れた一筋の雫に、声をかける事もかなわなかった。
何があったかを訊ねる事なんて――出来なかった。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
「アミル様」
それは、庭園で花の水やりをしていた時だった。
声をかけたドミィの様子は、明らかに普段の彼女とは違う。
その手には手紙が握られており、封蝋の紋章には、見覚えがあった。
「ユーリア様が、お亡くなりになりました」
手に持った水瓶の重さが増した。
「身投げされたと――」
地面に落ちた水瓶と同様、世界は簡単に壊れていく。
暗い部屋の扉には、しっかりと閂がかけられて。
部屋に閉じこもって、もう何日になるのだろうか。それすらも分からない。
全ては、自分が悪いのだ。
あの時、手を差し伸べていれば。
あの時、声をかけていれば。
すぐに手紙を出していれば。
こんな事にはならなかったはず。
アミルはそう思い込んでいた。
自分の弱さが憎い。
自分の臆病さが怖い。
私は知っていた。私は気づいていた。あの夜、父の部屋で何が起こったのかを。
気づいていながら、見て見ぬ振りをした。
些細な事だと思っていたのかもしれない。
いや、些細な事だと思っていた。
彼女がソレをどれほど大切にしていたのか知っていたのに。
ソレを無くした自分は無意味だと。自分は無価値だと。
命を捨て去る程のモノだとは思っていなかったのだ。
自分の浅はかさが虚しい。
自分の愚かさが恥ずかしい。
全ては私の所為。
幸せになる資格などない。
愛される理由などない。
光など、何処にも見当たらなかった。
目を覚ました時、部屋の明かりは消えていた。
大方、ドミィが蝋を消しに来たのだろう。
蝋を焚いたまま寝ないようにといつも言われているが、寝てしまうのだから仕方ない。
明日の小言は覚悟しておかないと。
着たままのドレスから部屋着に着替え、寝支度をするために部屋を出た。
そういえば、ユーリアは部屋に来なかった。
来たけど寝ていたから遠慮した――そんな気の利いた性格ではないし、あの様子だと戻った後も飲み続けたのだろう。多分今頃は客室で寝息を立てているはず。
そんな事を思いながら廊下を歩いていると、目の前の扉が開き、部屋の中から誰かが出てきた。
その部屋は、父オルガニックの寝室。
出てきたのは、父ではない。
「ユーリア?」
「っ!」
身体を隠すように、手を胸の前で交差させたユーリアは、アミルを拒絶するように視線を外した。 アミルは小走りで駆け寄って、その身体に手を伸ばす。
「ユーリア、貴女どうし――っ!」
差し出した手は、思わぬ衝撃にはねつけられた。
「……さわら……ないで……」
かすれたか細い声。蒸気した赤い肌。癖のついたドレス。
何より違うのは、その匂い。
ユーリアの全身から漂う、新鮮な花弁を煮詰めて抽出した様な、甘くて、淫靡な香り。
「ごめんなさい。私……帰るから……」
そう言い残して去っていく彼女に、手を再び伸ばす事は出来なかった。
振り向き様に見えた、頬から流れた一筋の雫に、声をかける事もかなわなかった。
何があったかを訊ねる事なんて――出来なかった。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
あの夜から、半月が過ぎた。
婚姻に向けて周囲は忙しさを増していたが、アミルの時間はあの夜で止まっていた。
何度も手紙を書こうと筆を取ったが、何を書いていいのか分からなかった。
真実を知りたい。
でも、知るのが怖い。
知ってしまったら、全てが崩れてしまいそうな気がした。
求めている『幸せ』が、遠ざかっていってしまいそうで。
そんなモノは、とうの昔に無くなっていたとしても。
「アミル様」
それは、庭園で花の水やりをしていた時だった。
声をかけたドミィの様子は、明らかに普段の彼女とは違う。
その手には手紙が握られており、封蝋の紋章には、見覚えがあった。
「ユーリア様が、お亡くなりになりました」
手に持った水瓶の重さが増した。
「身投げされたと――」
地面に落ちた水瓶と同様、世界は簡単に壊れていく。
暗い部屋の扉には、しっかりと閂がかけられて。
部屋に閉じこもって、もう何日になるのだろうか。それすらも分からない。
全ては、自分が悪いのだ。
あの時、手を差し伸べていれば。
あの時、声をかけていれば。
すぐに手紙を出していれば。
こんな事にはならなかったはず。
アミルはそう思い込んでいた。
自分の弱さが憎い。
自分の臆病さが怖い。
私は知っていた。私は気づいていた。あの夜、父の部屋で何が起こったのかを。
気づいていながら、見て見ぬ振りをした。
些細な事だと思っていたのかもしれない。
いや、些細な事だと思っていた。
彼女がソレをどれほど大切にしていたのか知っていたのに。
ソレを無くした自分は無意味だと。自分は無価値だと。
命を捨て去る程のモノだとは思っていなかったのだ。
自分の浅はかさが虚しい。
自分の愚かさが恥ずかしい。
全ては私の所為。
幸せになる資格などない。
愛される理由などない。
光など、何処にも見当たらなかった。
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