性剣セクシーソード side story

cure456

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彼女の森

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 扉が軋む音が聞こえた。
 小さな軋みはかんぬきを歪ませ、叫びのような轟音を立てて、扉を破壊した。
 立っていたのは、オルガニックだった。
「何をしておる」
 アミルは答えなかった。答えられなかった。
 口を開いたら、どんな言葉が出てくるのかわからなかった。

「娘が死んだのは、弱かったからだ」
「弱かった……? ユーリアが弱かった……?」
「そうだ。自ら命を絶つなど、弱者のする事だ。生きている価値などない」
「生きている価値を奪ったのはっ! お父様じゃないですか!」 
 父に大声を出したのは、これが初めてだった。
「ユーリアは弱くなんてなかった! ずっと、ずっと大事に守っていたモノを! 愛する相手に捧げようとしていた大切なモノを! お父様が奪った所為で死んだのよ!」
 溢れる涙で霞む瞳の奥に浮かぶのは、あの日の笑顔。
――大切なモノだし。


「フン。何かと思えば――くだらんな」
「なっ!?」
「生娘では無くなったから死んだ? ハッハッハ! そんなくだらぬ理由で死んだのだとしたら、それこそ生きている価値など微塵も無かったであろう」
「な、何がおかしいのですか!」
「余が奪ったから――。アミル、本当にそう思っているのか? 娘が死んだのは、余が純潔を奪ったからだと?」

「ち、違うと言うのですか!?」
 オルガニックの試すような視線に、アミルは若干気圧された。
「強要してはおらぬ。あの娘は、自分の意思で余に抱かれたのだ」
「う、嘘です! ユーリアがどうしてそんな事をするのですか! ずっと大切に守ってきたものを! どうしてお父様に!」
「それは、余が魔王だからだ。余に取り入っておけば、便宜を図れるとでも思ったのであろう。分かるかアミル? 女と言うものはしたたかな生き物なのだ。大切に守り抜いた純潔すら、道具に変えてしまう程に強い」
 それを、嘘だとはねつける事は出来なかった。
 嘘は真実を隠すためにある。嘘は弱さの中にある。
 目の前にいるのは、この世界で最も強い魔王。
 嘘をつく必要など、どこにもないのだから。

「そんな……。だったら……どうして……?」   
「無垢な娘よ、教えてやろう。あの娘は、自分の『愛』に負けたのだ」
「愛に――負けた?」
「そうだ。余に抱かれる事など、手段の一部だと思っていたのだろう。だが、それも最初だけだ。自分から腰を振り、嬌声をあげ、淫らに快感を貪った。自分には婚姻を控えた相手がいるのに――だ」
「我に返ったとき、娘に残されたものは罪悪感だろう。それは、相手を想えば想うほど、愛すれば愛する程に大きな痛みを伴う。結果、娘は自分の想いに耐え切れず――潰れた」
――自分の愛に負けたのだ。

 愛が――人を殺す?
 違う。そんなはずはない。
 愛は何も奪わない。愛は何も傷つけない。
 愛は最も尊く。最も純粋なモノ。
 愛とは――幸せであるべきなんだ。

「落胆するのも無理はない。お前はまだ何も知らなすぎるのだ。案ずるな、今に分かる。だから早く夫を持ち、子を産むがよい」
「……せん」
 闇にかき消されそうな程小さな声は、心の叫び。
「何か言ったか?」
 溢れ出す、心の叫びだ。
「私は婚姻などしない! この身体は! この愛は! 愛する人にのみ捧げる!」
 牙を剥いた獣の様な表情で、アミルは叫んだ。
 瞳から流れ出ている涙に、悲しみの色はもう無い。
 溢れ出ているのは、彼女の決意だった。
 そしてその決意が、オルガニックの逆鱗に触れた。
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