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二章
死のマーチンゲール
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「思い残す事は……ない……」
楽しかった思い出が頭の中をぐるぐると駆け巡り、全身の力が抜け、吸い込まれるように地面へと倒れる。
「アタシも……もう……」
背中に圧し掛かった衝撃は、ニーヤが僕の上に倒れたことを告げている。
現代風に言ってしまえばタンクトップとショートパンツだろうか。
肌を露出している彼女は汚れるのを防ぐため、僕を敷物代わりにしているのだ。
それに対してリアクションをとる元気は既に無い。
「け、ケンセイさん! ニーヤまで! しっかりして下さい。もう少しで……町に着きますから……」
大きな声を出して体力を消耗したのか、ふらふらとモミさんが膝をつく。
「お腹……空いた」
ペロ様が呟いた。
最後に口にモノを入れたのは何時だったか。
かびた部分をごっそりとこそげ落とした一欠けらのパンらしきものだったのは覚えている。
旅人に金欠は付き物だろうか。
いや、そうではない。
少なくとも、僕達は十分すぎる程のお金を持っていたはずだ。
「アンタのせいだからね……」
僕の背中に突っ伏したまま、ニーヤは恨みがましい言葉を吐いた。
「どう解釈すれば僕のせいになるのか教えて欲しいよ。完全にニーヤが悪いだろ……」
「そうですね。今回は完全にニーヤが悪いです。金貨五十枚を博打で溶かすなんて……」
そう。僕たちが無一文になり、食うにも困って行き倒れているのは全てニーヤが原因だった。
ギャンブルが元凶だった。
「そ、そりゃアタシも悪かったけど、コイツが余計な事言わなきゃ全部なくなったりしなかったのよ! マーなんとかの法則がどうこう言うから!」
確かに、その責任は僅かながら僕にもあるのかもしれない。
ニーヤが手を出したギャンブルは、簡単に言ってしまえば丁半博打のようなもので、二択に正解すれば掛け金が倍になるという、非常にメジャーでシンプルなモノだった。
最初は銅貨十枚だけと言う約束でニーヤが始めたのだが一瞬でなくなり、あまりにも不機嫌そうな彼女に声をかけたのが間違いだった。
僕が教えたのは倍々法――マーチンゲールの法則と言うもので、最初に一枚かけたなら次は二枚、四枚、八枚、と当たるまで掛け金を倍にしていく定番の必勝法である。
この方法は資金力が必要になるが、僕達が持っていた金貨五十枚というのは相当な大金で、質素に暮らすなら金貨一枚で一ヶ月過ごせるぐらいの価値はある。資金力は十分にあったわけだ。
「そ、そうかもしれないけど……でもまさか――」
結果――全敗である。
賭ける銅貨が銀貨に代わり、金貨に代わっても。
周囲の歓声がため息に変わり、ギャンブラー達の熱い視線が可愛そうな子を見るソレに変わっても。
ニーヤは二分の一を当てる事は出来なかった。
もしコレが、胴元がイカサマでもしていたのなら話は別だが、そんな事は無く。
ニーヤは五十パーセントを外し続けたのである。
そして完全に引き際を見失った僕達も、止める事は出来なかった。
だが、最後まで黙って見ていたわけじゃない。
もうこれが最後の掛け金。これで全てが決まる瞬間。
ようやく正気を取り戻した僕達三人はある結論に辿り着いた。
『これ、ニーヤの逆を選べば良いんじゃない?』と。
実際、賢い他のギャンブラーはニーヤの逆を張って大儲けしていた。
しかし、そんな提案がすんなり通るほど甘くはなく。
元々我が強いニーヤの事だ。そして連敗がそれに輪をかけ、完全に意固地になったニーヤの耳には届かない。
「へ……へへ……。次よ……次こそは当たるはず……」
薄ら笑いを浮かべ、光を失った死んだ魚のような目で呟くその姿には狂気さえ感じた。
三対一という多数決ですら、いや、世界中対ニーヤでも首を縦には振らなかっただろう。
そこで、僕はある提案をした。
公平で、後腐れはなし。
ニーヤを納得させるだけの自信はあった――が。
「しかも、アタシ勝ったしね。じゃんけんで」
そう。僕が提案したのは『じゃんけん』だった。
余計な策もなく、個の力で全てを決める、公明正大な解決法。
生憎この世界にじゃんけんという概念は存在しないが、仕組みは極単純。一度の説明で皆が理解し、そして納得した。
それも四人でではない。
一人ずつ。
一度でもニーヤが負けたら逆を選ぶと言う約束だ。
ニーヤ本人からすれば明らかに不利。
公明正大さの欠片も無い勝負だったが、思考回路がショートした彼女はそこに気づく事はなかった。
ニーヤが乗った瞬間、「ああ、この悪夢がやっと終わるんだ」と思った。
僕が負けても、モミさんがいる。
モミさんが負けても、ラスボスにはペロ様が。
神の力を有するペロ様がいる。
勝ちは決まった様なものだ――と思っていた。
結果――ニーヤの全勝である。
『今の練習だから!』とありきたりな手を使って再戦しても――全勝された。
三人が三人『必殺、泣きの一回』を使用しても全勝された。
あいこすらない――ストレート勝ちである。
そう、ニーヤは異常な程じゃんけんが強かった。
神懸《かみが》かっていた、と言う言葉があるが、この場合適切ではないだろう。
悪魔懸かっていた。
そして、僕達は地獄に落ちたのだ。
だが、それだけではなかった。
こう始めると、ドン底からの脱出、華麗な逆転劇が始まるようにも思えるがそうではない。
『弱り目に祟り目』
『泣きっ面に蜂』
そんな言葉があるように、さらに悪い事は続くものだ。
若干の罪悪感に苛まれたのか、普段はモミさんが担当するナビゲーション役をニーヤが買って出たのだ。
この時に僕達は止めるべきだった。
見慣れない地図を指でなぞりながら、一人光明を見出したような表情を浮かべるニーヤに気づくべきだった。
残念ながら、そんな気力など僕達には既に無く。
二日で着くはずだった目的の町に向かうこと一週間――この有様だ。
楽しかった思い出が頭の中をぐるぐると駆け巡り、全身の力が抜け、吸い込まれるように地面へと倒れる。
「アタシも……もう……」
背中に圧し掛かった衝撃は、ニーヤが僕の上に倒れたことを告げている。
現代風に言ってしまえばタンクトップとショートパンツだろうか。
肌を露出している彼女は汚れるのを防ぐため、僕を敷物代わりにしているのだ。
それに対してリアクションをとる元気は既に無い。
「け、ケンセイさん! ニーヤまで! しっかりして下さい。もう少しで……町に着きますから……」
大きな声を出して体力を消耗したのか、ふらふらとモミさんが膝をつく。
「お腹……空いた」
ペロ様が呟いた。
最後に口にモノを入れたのは何時だったか。
かびた部分をごっそりとこそげ落とした一欠けらのパンらしきものだったのは覚えている。
旅人に金欠は付き物だろうか。
いや、そうではない。
少なくとも、僕達は十分すぎる程のお金を持っていたはずだ。
「アンタのせいだからね……」
僕の背中に突っ伏したまま、ニーヤは恨みがましい言葉を吐いた。
「どう解釈すれば僕のせいになるのか教えて欲しいよ。完全にニーヤが悪いだろ……」
「そうですね。今回は完全にニーヤが悪いです。金貨五十枚を博打で溶かすなんて……」
そう。僕たちが無一文になり、食うにも困って行き倒れているのは全てニーヤが原因だった。
ギャンブルが元凶だった。
「そ、そりゃアタシも悪かったけど、コイツが余計な事言わなきゃ全部なくなったりしなかったのよ! マーなんとかの法則がどうこう言うから!」
確かに、その責任は僅かながら僕にもあるのかもしれない。
ニーヤが手を出したギャンブルは、簡単に言ってしまえば丁半博打のようなもので、二択に正解すれば掛け金が倍になるという、非常にメジャーでシンプルなモノだった。
最初は銅貨十枚だけと言う約束でニーヤが始めたのだが一瞬でなくなり、あまりにも不機嫌そうな彼女に声をかけたのが間違いだった。
僕が教えたのは倍々法――マーチンゲールの法則と言うもので、最初に一枚かけたなら次は二枚、四枚、八枚、と当たるまで掛け金を倍にしていく定番の必勝法である。
この方法は資金力が必要になるが、僕達が持っていた金貨五十枚というのは相当な大金で、質素に暮らすなら金貨一枚で一ヶ月過ごせるぐらいの価値はある。資金力は十分にあったわけだ。
「そ、そうかもしれないけど……でもまさか――」
結果――全敗である。
賭ける銅貨が銀貨に代わり、金貨に代わっても。
周囲の歓声がため息に変わり、ギャンブラー達の熱い視線が可愛そうな子を見るソレに変わっても。
ニーヤは二分の一を当てる事は出来なかった。
もしコレが、胴元がイカサマでもしていたのなら話は別だが、そんな事は無く。
ニーヤは五十パーセントを外し続けたのである。
そして完全に引き際を見失った僕達も、止める事は出来なかった。
だが、最後まで黙って見ていたわけじゃない。
もうこれが最後の掛け金。これで全てが決まる瞬間。
ようやく正気を取り戻した僕達三人はある結論に辿り着いた。
『これ、ニーヤの逆を選べば良いんじゃない?』と。
実際、賢い他のギャンブラーはニーヤの逆を張って大儲けしていた。
しかし、そんな提案がすんなり通るほど甘くはなく。
元々我が強いニーヤの事だ。そして連敗がそれに輪をかけ、完全に意固地になったニーヤの耳には届かない。
「へ……へへ……。次よ……次こそは当たるはず……」
薄ら笑いを浮かべ、光を失った死んだ魚のような目で呟くその姿には狂気さえ感じた。
三対一という多数決ですら、いや、世界中対ニーヤでも首を縦には振らなかっただろう。
そこで、僕はある提案をした。
公平で、後腐れはなし。
ニーヤを納得させるだけの自信はあった――が。
「しかも、アタシ勝ったしね。じゃんけんで」
そう。僕が提案したのは『じゃんけん』だった。
余計な策もなく、個の力で全てを決める、公明正大な解決法。
生憎この世界にじゃんけんという概念は存在しないが、仕組みは極単純。一度の説明で皆が理解し、そして納得した。
それも四人でではない。
一人ずつ。
一度でもニーヤが負けたら逆を選ぶと言う約束だ。
ニーヤ本人からすれば明らかに不利。
公明正大さの欠片も無い勝負だったが、思考回路がショートした彼女はそこに気づく事はなかった。
ニーヤが乗った瞬間、「ああ、この悪夢がやっと終わるんだ」と思った。
僕が負けても、モミさんがいる。
モミさんが負けても、ラスボスにはペロ様が。
神の力を有するペロ様がいる。
勝ちは決まった様なものだ――と思っていた。
結果――ニーヤの全勝である。
『今の練習だから!』とありきたりな手を使って再戦しても――全勝された。
三人が三人『必殺、泣きの一回』を使用しても全勝された。
あいこすらない――ストレート勝ちである。
そう、ニーヤは異常な程じゃんけんが強かった。
神懸《かみが》かっていた、と言う言葉があるが、この場合適切ではないだろう。
悪魔懸かっていた。
そして、僕達は地獄に落ちたのだ。
だが、それだけではなかった。
こう始めると、ドン底からの脱出、華麗な逆転劇が始まるようにも思えるがそうではない。
『弱り目に祟り目』
『泣きっ面に蜂』
そんな言葉があるように、さらに悪い事は続くものだ。
若干の罪悪感に苛まれたのか、普段はモミさんが担当するナビゲーション役をニーヤが買って出たのだ。
この時に僕達は止めるべきだった。
見慣れない地図を指でなぞりながら、一人光明を見出したような表情を浮かべるニーヤに気づくべきだった。
残念ながら、そんな気力など僕達には既に無く。
二日で着くはずだった目的の町に向かうこと一週間――この有様だ。
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