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二章
鳴り響く福音
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「近道どころか……完全に迷っていますよね」
ため息混じりにモミさんが言った。
アスファルトで舗装された道も、信号機も、目的地が表示された案内標識もこの世界にありはしないけれど、それでも人が多く通る道はそれなりに開けているし、整備もされている。道中には立て看板もあったりする。
だけど僕達が歩いている場所は、まるで獣道だ。
藪を掻き分けて――何て事はしないが、少なくとも人の往来が頻繁にあるとは思えない。
これは迷子じゃない。遭難だ。
「このまま進んで町に出る保証もありませんし、いっそ森の中に入ってしまった方がいいかもしれませんね。食料を確保して、体力を回復させないと持ちませんよ」
「アタシは反対。ただでさえ辛いのに、草木を掻き分けてなんて体力が持たないって。それこそ本当に遭難しちゃうかもしれないでしょ?
だったらこのまま進んで、通りかかった人に食料を分けてもらう方がいいんじゃない?」
「ええ。それが一番望ましい結果ですね。ただし、もう少し人気のある道なら現実味もあったんでしょうけど――」
モミさんの含みある視線が、僕の上にいるニーヤに向けられた。
常に笑顔を絶やさない聖女のようなモミさんでも、少しは怒っているのだろう。
「す、済んだことを言ったってどうにもならないわよ! それに、そろそろ誰か通るって多分!」
「この一週間何度その言葉を口にしたか分かっていますか? どれだけ歩きましたか? 一度でも誰かとすれ違いましたか?」
あ、多分めっちゃ怒ってるわ。笑顔だけど。
「う……。き、聞こえる~。遠くから馬の蹄の音が聞こえるよー」
あ、こいつ逃げやがった。
そもそもお前が耳をつけてるのは地面じゃなく僕の背中だ。
そして聞こえるのは今にも消えそうな僕の鼓動か腹の虫だ。
「モミさんの言うとおり、食料を探しに森に入ろう。ほら、いい加減重いから降りて――」
身体を起こそうとした瞬間、それは確かに聞こえた。
「なっ!? 重いってどういう事よ!」
「ちょっと待って! 音がする!」
背中を殴打するニーヤを制し、耳を済ませる。
普通に歩いてたら気づかないかもしれない、地面を伝う僅かな振動。
「誰か来る……」
生命の危機に瀕して感覚が研ぎ澄まされた僕達には、蹄鉄が小石を弾く微かな音でさえも、まるで天使の福音のように鳴り響く。
「ほら! やっぱり来たじゃない! 来ると思ってたし! アタシ分かってたし!」
つい今まで死にそうな顔をしていたニーヤが、すばやく僕の上から離れる。
向かってくる人物の姿は未だ見えないが、ガラガラと回る車輪の音から、馬車だという事は推測出来た。
交通機関が発達していないワーワルツでは、どうしても移動に日数がかかってしまうため、余分に食料を準備しておくのが常識だ。
人が居ると言う事は、そこに食べ物があると言う事。
頼み込めば、少しくらい分けてくれるだろう。
もし持っていなかった場合でも、それは近くに食料を確保出来る場所、すなわち町か村がある可能性が高い。
僕達のようなケースは例外中の例外だと思っておこう。
相手も同じ事を考えていたら笑えない。考えるのも恐ろしい。
「た、助かった~」
「いや、まだ安心するのは早いわよ」
情けない声を漏らした僕に、ニーヤが口を開き、モミさんが続いた。
「こんな道を好き好んで通るということは、あまり利口な商人さんではなさそうですね。もしかしたら野党の類かもしれませんよ」
野党。
その言葉に、僕は少し身構えた。
前にも遭遇した事はあるし、ここが前の世界とは全然違う事も理解している。
それでも、やはり平和ボケしてしまっているのだろう。
性善説が当たり前とされ、人を疑う事が醜いモノとされた綺麗な世界。
綺麗に纏められた世界。
僕が暮らしていたのは、そんな世界だったから。
「まぁ、そっちのほうが好都合よ! 悪党を退治して糧を得る。感謝はされど、非難される事はないし、最高じゃない。鴨葱って言葉もあるしね」
腰から抜いた短剣をクルクルと回しながら笑うニーヤの姿は、どうみても悪党にしか見えない。野党からしてみたら、僕達こそ野党なんじゃないだろうか。
どうか野党じゃありませんように――と心の中で願った。
ため息混じりにモミさんが言った。
アスファルトで舗装された道も、信号機も、目的地が表示された案内標識もこの世界にありはしないけれど、それでも人が多く通る道はそれなりに開けているし、整備もされている。道中には立て看板もあったりする。
だけど僕達が歩いている場所は、まるで獣道だ。
藪を掻き分けて――何て事はしないが、少なくとも人の往来が頻繁にあるとは思えない。
これは迷子じゃない。遭難だ。
「このまま進んで町に出る保証もありませんし、いっそ森の中に入ってしまった方がいいかもしれませんね。食料を確保して、体力を回復させないと持ちませんよ」
「アタシは反対。ただでさえ辛いのに、草木を掻き分けてなんて体力が持たないって。それこそ本当に遭難しちゃうかもしれないでしょ?
だったらこのまま進んで、通りかかった人に食料を分けてもらう方がいいんじゃない?」
「ええ。それが一番望ましい結果ですね。ただし、もう少し人気のある道なら現実味もあったんでしょうけど――」
モミさんの含みある視線が、僕の上にいるニーヤに向けられた。
常に笑顔を絶やさない聖女のようなモミさんでも、少しは怒っているのだろう。
「す、済んだことを言ったってどうにもならないわよ! それに、そろそろ誰か通るって多分!」
「この一週間何度その言葉を口にしたか分かっていますか? どれだけ歩きましたか? 一度でも誰かとすれ違いましたか?」
あ、多分めっちゃ怒ってるわ。笑顔だけど。
「う……。き、聞こえる~。遠くから馬の蹄の音が聞こえるよー」
あ、こいつ逃げやがった。
そもそもお前が耳をつけてるのは地面じゃなく僕の背中だ。
そして聞こえるのは今にも消えそうな僕の鼓動か腹の虫だ。
「モミさんの言うとおり、食料を探しに森に入ろう。ほら、いい加減重いから降りて――」
身体を起こそうとした瞬間、それは確かに聞こえた。
「なっ!? 重いってどういう事よ!」
「ちょっと待って! 音がする!」
背中を殴打するニーヤを制し、耳を済ませる。
普通に歩いてたら気づかないかもしれない、地面を伝う僅かな振動。
「誰か来る……」
生命の危機に瀕して感覚が研ぎ澄まされた僕達には、蹄鉄が小石を弾く微かな音でさえも、まるで天使の福音のように鳴り響く。
「ほら! やっぱり来たじゃない! 来ると思ってたし! アタシ分かってたし!」
つい今まで死にそうな顔をしていたニーヤが、すばやく僕の上から離れる。
向かってくる人物の姿は未だ見えないが、ガラガラと回る車輪の音から、馬車だという事は推測出来た。
交通機関が発達していないワーワルツでは、どうしても移動に日数がかかってしまうため、余分に食料を準備しておくのが常識だ。
人が居ると言う事は、そこに食べ物があると言う事。
頼み込めば、少しくらい分けてくれるだろう。
もし持っていなかった場合でも、それは近くに食料を確保出来る場所、すなわち町か村がある可能性が高い。
僕達のようなケースは例外中の例外だと思っておこう。
相手も同じ事を考えていたら笑えない。考えるのも恐ろしい。
「た、助かった~」
「いや、まだ安心するのは早いわよ」
情けない声を漏らした僕に、ニーヤが口を開き、モミさんが続いた。
「こんな道を好き好んで通るということは、あまり利口な商人さんではなさそうですね。もしかしたら野党の類かもしれませんよ」
野党。
その言葉に、僕は少し身構えた。
前にも遭遇した事はあるし、ここが前の世界とは全然違う事も理解している。
それでも、やはり平和ボケしてしまっているのだろう。
性善説が当たり前とされ、人を疑う事が醜いモノとされた綺麗な世界。
綺麗に纏められた世界。
僕が暮らしていたのは、そんな世界だったから。
「まぁ、そっちのほうが好都合よ! 悪党を退治して糧を得る。感謝はされど、非難される事はないし、最高じゃない。鴨葱って言葉もあるしね」
腰から抜いた短剣をクルクルと回しながら笑うニーヤの姿は、どうみても悪党にしか見えない。野党からしてみたら、僕達こそ野党なんじゃないだろうか。
どうか野党じゃありませんように――と心の中で願った。
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