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二章
燃え盛る炎は、覚悟の証
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ケンセイの治療を放り出し、駆け出したモミの身体を止めたのは、突然燃え上がった炎。
彼女を守るようにニーヤの前に現れた、神々しい、蒼い炎だった。
「ペロ様!」
入り口の扉には、サキュバスのシラに肩車されたペロの姿。
モミの判断は素早かった。
今だ膝をつくニーヤを抱え、すぐにその場を離れる。
高熱におかされたように彼女の身体は熱く、自分で歩く事もままならない様子。
「あ、アタシ……アタシ……」
涙ながらに何かを言おうとするニーヤをモミが制す。
「大丈夫です。今は何も言わないで下さい」
彼の元に戻り、ニーヤを背中に隠すようにして再び治癒魔法を唱える。
これほどまでに怯えるニーヤを見るのは初めてだった。
やはり、来るべきではなかった。
そんな思いが、モミの心を締め付ける。
――足手纏いになる。
社で聞いたシラの言葉が、今は痛いほどわかる。
安いプライドもあった。村の仇討ちでもあった。
そして彼を想う気持ちも――全くの無力。
出来るのは、彼の傷を治すだけ。
治して――また、彼に戦わせる。
彼が傷つくのを、見ているだけ。
「これは――神火。ははっ。素晴らしい。貴女が生きていて本当に良かった。その節の無礼をお詫びし、神に感謝しましょう。これほど美しい炎を、辺鄙な村で絶やさずに済んだ事を」
芝居がかった様子で両手を広げ、ペロ様に一礼する。
「あいつが……村を……?」
ザフズの言葉に、驚いたのは僕だけ。シラさんから――聞いたのか。
「アイツが……全ての元凶……」
怒りが沸いて来る。だが、どれだけ怒ろうと、身体は動いてくれない。
「モミさん。僕はもういいです。アミルの鎖を外して下さい」
僕が動けたところでどうなるわけでもない。
だけど、アミルなら。
「無理だ」
そんな考えも、無駄だった。
「この鎖はザフズの魔力そのもの。奴を殺さぬ限り、外れはせん」
「それに、もし外れたとしても、今の余では――勝てぬ」
力なく言った。
「僕が……魔王の力を奪ったから……」
僕が力を願ったから。全ては僕の身勝手な行動が引き起こした。
「お前のせいではない。元はと言えば、全ては余の我儘。巻き込んで――すまなかったな」
情けなかった。
悔しかった。
彼女にこんな顔をさせてしまった自分が許せなかった。
「情けないが、後は――神に祈る他なさそうだ」
アミルが自虐的に微笑み、ペロ様を見た。
両手に蒼い炎を灯したまま、ザフズの視線を、ペロ様は真正面から受け止める。
「やはり神、そう易々と――っ!?」
おもむろにその炎を放った。
いや、放ったと言うよりも投げた。
大きく身体をひねり、腕を弓なりに振って、まさにボールを投げるように火の玉を放り投げた。
その意外過ぎる攻撃とスピードに、ザフズは避けられないと踏んだのか、跳んでくる火の玉を叩き落す。
だが、火は消えない。
「ぐっ!? ぐああああああっ!」
触れた左手を蒼い炎が包む。
全てを焼き尽くす神の炎は、その手に絡みつき、肉がこげる不快な音を立てる。
「くっ! はああああああああああっ!」
ザフズの叫声で火は掻き消えた。そして、空気が一変した。
アミルとモミさんの表情が歪んでいるのは、インキュバスの魔力が一段と強くなったから。
「フフ……フフフ……ハハハハハ! ハハハハハハハ! たまらないね……犯された神がどんな嬌声を上げるのか! 想像しただけで気が狂いそうだ!」
醜く爛れた左手を見て、狂気的に笑った。
「いでよ! 処女の花弁!」
右手を天高く掲げると、禍々しい大鎌が現れた。
持ち手の部分はザフズの身長より僅かに長く、突き出た刃の部分は、切れ味など求めないかのように錆が浮いている。
「な、なんですかあの鎌は……? あれほど錆付いていれば、刃物として機能しないはず」
「あの鎌に切れ味など必要ない。いや、わざと切れぬようにしているのだ。獲物を狩るなら、なるべく新鮮な方がいいだろう?
あれはアイツの魔力、魅了を具現化したモノだ。刃で切れぬが傷はつく。かすり傷でも、その毒は全身を犯す」
「ペロ様……」
大鎌を構えたザフズに、再びペロ様が炎を投げつける。だが、それは大鎌の一振りで真っ二つに割れた。
しかし、それは牽制球だったとばかりに、再び振りかぶる。
壊れたピッチングマシーンのように、燃える剛速球が次々と放られる。
ザフズはそれを避けるので精一杯だ。
「勝てるんじゃ……ないか?」
神火の集中砲火。一撃でも当たれば、後は火に飲まれるだけだ。
「いや――無理だ」
アミルが言った。
「良く見ろ。あの娘の表情を」
無表情のペロ様が、歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべていた。
「神の力をもってしても、女であるかぎりインキュバスの魅力に抗いきれるわけではない。言ってみれば、息を止めたまま攻撃しているようなモノだ。そのうち――」
「あっ! ペロ様が!」
モミさんが叫ぶ。
「――魔力が尽きる」
炎が消えたペロ様が、辛そうに肩で息をしていた。
「もう打ち止めか。では、次はこちらから行きましょう!」
大鎌を持ち、ザフズが大きく跳ぶ。振り下ろされたソレをペロ様は軽くかわすが、すぐに追撃が迫る。上下左右から襲い掛かる大鎌は、ペロ様の体力を奪っていく。
ついには、地面に片膝をついてしまった。
「ペロ様!」
身体が動かない。
今すぐ走り出したいのに、身体が言う事を聞かない。
そんな時、ペロ様はゆっくりと僕を見た。
その青い瞳は、確かに僕に向けられている。
「ペロ様……ダメだ……」
彼女は――微笑んだ。
それが何を意味するのか――分からないはずはない。
「ダメだああああああああああああ!」
彼女の身体全てが炎に包まれる。
爆発するように燃え盛る青い炎は、彼女の命をも燃やす。
意味が無いんだ。それじゃ意味が無い。
僕が願ったのは、誰も死なず、幸せになる結果。
あの日この場所で、それは叶ったんだ。
これじゃ全てが無駄になる。
悲しみに、喜びに。僕達が流した涙も、全て。
力が欲しい。だけど。
「どうして……っ!」
力が――出ないんだ!
彼女を守るようにニーヤの前に現れた、神々しい、蒼い炎だった。
「ペロ様!」
入り口の扉には、サキュバスのシラに肩車されたペロの姿。
モミの判断は素早かった。
今だ膝をつくニーヤを抱え、すぐにその場を離れる。
高熱におかされたように彼女の身体は熱く、自分で歩く事もままならない様子。
「あ、アタシ……アタシ……」
涙ながらに何かを言おうとするニーヤをモミが制す。
「大丈夫です。今は何も言わないで下さい」
彼の元に戻り、ニーヤを背中に隠すようにして再び治癒魔法を唱える。
これほどまでに怯えるニーヤを見るのは初めてだった。
やはり、来るべきではなかった。
そんな思いが、モミの心を締め付ける。
――足手纏いになる。
社で聞いたシラの言葉が、今は痛いほどわかる。
安いプライドもあった。村の仇討ちでもあった。
そして彼を想う気持ちも――全くの無力。
出来るのは、彼の傷を治すだけ。
治して――また、彼に戦わせる。
彼が傷つくのを、見ているだけ。
「これは――神火。ははっ。素晴らしい。貴女が生きていて本当に良かった。その節の無礼をお詫びし、神に感謝しましょう。これほど美しい炎を、辺鄙な村で絶やさずに済んだ事を」
芝居がかった様子で両手を広げ、ペロ様に一礼する。
「あいつが……村を……?」
ザフズの言葉に、驚いたのは僕だけ。シラさんから――聞いたのか。
「アイツが……全ての元凶……」
怒りが沸いて来る。だが、どれだけ怒ろうと、身体は動いてくれない。
「モミさん。僕はもういいです。アミルの鎖を外して下さい」
僕が動けたところでどうなるわけでもない。
だけど、アミルなら。
「無理だ」
そんな考えも、無駄だった。
「この鎖はザフズの魔力そのもの。奴を殺さぬ限り、外れはせん」
「それに、もし外れたとしても、今の余では――勝てぬ」
力なく言った。
「僕が……魔王の力を奪ったから……」
僕が力を願ったから。全ては僕の身勝手な行動が引き起こした。
「お前のせいではない。元はと言えば、全ては余の我儘。巻き込んで――すまなかったな」
情けなかった。
悔しかった。
彼女にこんな顔をさせてしまった自分が許せなかった。
「情けないが、後は――神に祈る他なさそうだ」
アミルが自虐的に微笑み、ペロ様を見た。
両手に蒼い炎を灯したまま、ザフズの視線を、ペロ様は真正面から受け止める。
「やはり神、そう易々と――っ!?」
おもむろにその炎を放った。
いや、放ったと言うよりも投げた。
大きく身体をひねり、腕を弓なりに振って、まさにボールを投げるように火の玉を放り投げた。
その意外過ぎる攻撃とスピードに、ザフズは避けられないと踏んだのか、跳んでくる火の玉を叩き落す。
だが、火は消えない。
「ぐっ!? ぐああああああっ!」
触れた左手を蒼い炎が包む。
全てを焼き尽くす神の炎は、その手に絡みつき、肉がこげる不快な音を立てる。
「くっ! はああああああああああっ!」
ザフズの叫声で火は掻き消えた。そして、空気が一変した。
アミルとモミさんの表情が歪んでいるのは、インキュバスの魔力が一段と強くなったから。
「フフ……フフフ……ハハハハハ! ハハハハハハハ! たまらないね……犯された神がどんな嬌声を上げるのか! 想像しただけで気が狂いそうだ!」
醜く爛れた左手を見て、狂気的に笑った。
「いでよ! 処女の花弁!」
右手を天高く掲げると、禍々しい大鎌が現れた。
持ち手の部分はザフズの身長より僅かに長く、突き出た刃の部分は、切れ味など求めないかのように錆が浮いている。
「な、なんですかあの鎌は……? あれほど錆付いていれば、刃物として機能しないはず」
「あの鎌に切れ味など必要ない。いや、わざと切れぬようにしているのだ。獲物を狩るなら、なるべく新鮮な方がいいだろう?
あれはアイツの魔力、魅了を具現化したモノだ。刃で切れぬが傷はつく。かすり傷でも、その毒は全身を犯す」
「ペロ様……」
大鎌を構えたザフズに、再びペロ様が炎を投げつける。だが、それは大鎌の一振りで真っ二つに割れた。
しかし、それは牽制球だったとばかりに、再び振りかぶる。
壊れたピッチングマシーンのように、燃える剛速球が次々と放られる。
ザフズはそれを避けるので精一杯だ。
「勝てるんじゃ……ないか?」
神火の集中砲火。一撃でも当たれば、後は火に飲まれるだけだ。
「いや――無理だ」
アミルが言った。
「良く見ろ。あの娘の表情を」
無表情のペロ様が、歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべていた。
「神の力をもってしても、女であるかぎりインキュバスの魅力に抗いきれるわけではない。言ってみれば、息を止めたまま攻撃しているようなモノだ。そのうち――」
「あっ! ペロ様が!」
モミさんが叫ぶ。
「――魔力が尽きる」
炎が消えたペロ様が、辛そうに肩で息をしていた。
「もう打ち止めか。では、次はこちらから行きましょう!」
大鎌を持ち、ザフズが大きく跳ぶ。振り下ろされたソレをペロ様は軽くかわすが、すぐに追撃が迫る。上下左右から襲い掛かる大鎌は、ペロ様の体力を奪っていく。
ついには、地面に片膝をついてしまった。
「ペロ様!」
身体が動かない。
今すぐ走り出したいのに、身体が言う事を聞かない。
そんな時、ペロ様はゆっくりと僕を見た。
その青い瞳は、確かに僕に向けられている。
「ペロ様……ダメだ……」
彼女は――微笑んだ。
それが何を意味するのか――分からないはずはない。
「ダメだああああああああああああ!」
彼女の身体全てが炎に包まれる。
爆発するように燃え盛る青い炎は、彼女の命をも燃やす。
意味が無いんだ。それじゃ意味が無い。
僕が願ったのは、誰も死なず、幸せになる結果。
あの日この場所で、それは叶ったんだ。
これじゃ全てが無駄になる。
悲しみに、喜びに。僕達が流した涙も、全て。
力が欲しい。だけど。
「どうして……っ!」
力が――出ないんだ!
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