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二章
遅すぎた覚醒
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「ありがとうございましたぁっ!」
ルエラが元気良く最後の客を送り出した。
ウイリア城下町の片隅。その日を暮らすのも困窮した者が集まる場所、無神街。
そんな場所に似つかわしくないこの店は、魔族サキュバスとして生きていたナギが、人間の小さな姉妹と暮らす為、元手も要らず、手間もかからない商売として考え付いた店。
その名は『セーメ』
種子と言う意味を持つこの名をつけたのは、トリナとルエラの姉妹だ。
父の顔を知らず、母に先立たれ、日々苦しくも必死に生きていた幼い彼女達は、ある時一人の旅人に出逢った。
その旅人は、彼女達に優しさの種を植えた。
そしてまた、彼女達も誰かに、自分がしてもらったように、優しさの種を分けてあげようと強く想った。
だから『セーメ』
分け与える、幸せの種であり続けるように。
日が暮れて、町に明かりが灯り始める頃。酒場に人が集まり始める少し前に、セーメの営業時間は終わる。
この時間が、ナギは一番好きだった。
今日も無事に、一日が終わった。それを実感させてくれる。
多分、この毎日はずっと続いていくんだろう。
最近、そう思えるようになった。
今まではずっと不安でたまらなかったのに、今はそう思える。
誰のおかげかは、分かりすぎるほど分かる。
「あーママ! お兄ちゃんの事考えてる!」
心の中を覗かれたようなルエラの言葉に、ナギは心臓が跳ね上がるほどに驚いた。
「な、何言ってるの!? そ、そんな事ないわよ!?」
子供の勘が鋭いのか、女の勘が鋭いのか。
たまにこんな事があるから焦る。
「ナギさんは分かり安い程顔に出ますからねぇ。大丈夫ですか? 羽生えてませんか?」
「もうっ! 二人とも早く店じまいしなさい!」
背中を覗きこむマネをするトリナをたしなめて、テーブルに置かれた食器を片付ける。
こんな毎日が、今はたまらなく幸せだった。
でも、全てが上手く行くわけではない。
両手に持てる皿の数にも限界があるように。
持てる幸せにも、限界がある。
バランスを保つように、神は無慈悲にも、奪い取っていくのだから。
「ママ……?」
手からこぼれた食器が、床に落ちたのが先か。
瞳からこぼれた涙が、床に落ちたのが先か。
どちらが先だったのか、ナギには分からなかった。
分かるのは、どちらももう、元には戻らないという事。
「ナギさん……? どうしたんですか……?」
虫の知らせと言う言葉があるが、遠く離れた場所で起きた出来事を認識する、超自然的なその現象の正体は、魔力だ。
女の勘は鋭いと言われるのも、魔力を有するのは、男性よりも女性が圧倒的に多いから。有名な魔術師は総じて魔女である。
そして、魔族は当然にして魔力が強い。
虫の知らせや、予感などではない。
ましてや、ソレが血を分けた姉妹の事であれば。
「どうして……」
多くを望んだつもりは無い。
全てを手に入れようなんて思ってはいない。
何かを得たら、何かを失う。
そんな戒めのような言葉が、これほど憎いと感じたのは――初めてだった。
「ゴメンナサイ……。シラ姉さん……ナギ……」
口から真っ赤な血液を垂れ流しながら、焦点の合わない瞳で呟く。
彼女の身体には、深々と大鎌が突き刺さっている。
勿論、僕にも。
ザフズは、彼女ごと僕を串刺しにした。
その身を守ろうとした、彼女ごと。
「ゴメ……サイ……。アタ……。姉さ……ナ…ギ――」
遅かった。遅すぎた。
彼女はもう動かない。
姉妹に詫びながら、自分を恥じるように死んだ。
殺したのは――ザフズ。
死なせたのは――僕だ。
腹部の痛みは、一瞬で消えていた。
細胞が活性化し、傷口を埋めていく。
この力が、もっと早くに出ていれば、彼女は死ななかった。
遅すぎた。全ては遅すぎた。
「でも……お前だけは絶対許さない」
彼女の肩越しに、ザフズを見た。
これから僕が殺すであろう。あの男を。
「やっと力を解放したのですか。諦めかけていましたけど、レミも最後にいい働きをしましたね」
深く突き刺さった大鎌は、あっさりと引き抜けた。
腕の中にいるレミさんの目を、手でそっと閉じる。
「その力――もうすぐ自分のモノになると想像しただけで、胸が――ばじぶぁ!?」
顔面をぶん殴っただけで、ザフズはゴミのように飛んでいった。
それほどの力が――今は憎い。
痛々しくも床に転がるミーも、僕のせいだ。
片手で拾い上げられる程の、関係のない女の子までも巻き込んで。
本当に――情けない。
レミさんとミーを彼女達の傍に下ろし、すぐに背を向けた。
「皆。ホントゴメン」
彼女達の顔を見る事は出来なかった。
これは。身の丈に合わない力を持った僕の罪だ。
アミルを助けに向かっている時、少しだけ、英雄譚の主人公になった気がした。
そんなはずないのに。
こんな最低で情けない男が、主役になんてなれるはずないのに。
「おい。いつまで寝てるつもりだよ」
ならば、悪役にはなれるだろうか。
「ゆっくりと遊んでから、殺してやる」
弱者をいたぶるような――そんな悪者に。
ルエラが元気良く最後の客を送り出した。
ウイリア城下町の片隅。その日を暮らすのも困窮した者が集まる場所、無神街。
そんな場所に似つかわしくないこの店は、魔族サキュバスとして生きていたナギが、人間の小さな姉妹と暮らす為、元手も要らず、手間もかからない商売として考え付いた店。
その名は『セーメ』
種子と言う意味を持つこの名をつけたのは、トリナとルエラの姉妹だ。
父の顔を知らず、母に先立たれ、日々苦しくも必死に生きていた幼い彼女達は、ある時一人の旅人に出逢った。
その旅人は、彼女達に優しさの種を植えた。
そしてまた、彼女達も誰かに、自分がしてもらったように、優しさの種を分けてあげようと強く想った。
だから『セーメ』
分け与える、幸せの種であり続けるように。
日が暮れて、町に明かりが灯り始める頃。酒場に人が集まり始める少し前に、セーメの営業時間は終わる。
この時間が、ナギは一番好きだった。
今日も無事に、一日が終わった。それを実感させてくれる。
多分、この毎日はずっと続いていくんだろう。
最近、そう思えるようになった。
今まではずっと不安でたまらなかったのに、今はそう思える。
誰のおかげかは、分かりすぎるほど分かる。
「あーママ! お兄ちゃんの事考えてる!」
心の中を覗かれたようなルエラの言葉に、ナギは心臓が跳ね上がるほどに驚いた。
「な、何言ってるの!? そ、そんな事ないわよ!?」
子供の勘が鋭いのか、女の勘が鋭いのか。
たまにこんな事があるから焦る。
「ナギさんは分かり安い程顔に出ますからねぇ。大丈夫ですか? 羽生えてませんか?」
「もうっ! 二人とも早く店じまいしなさい!」
背中を覗きこむマネをするトリナをたしなめて、テーブルに置かれた食器を片付ける。
こんな毎日が、今はたまらなく幸せだった。
でも、全てが上手く行くわけではない。
両手に持てる皿の数にも限界があるように。
持てる幸せにも、限界がある。
バランスを保つように、神は無慈悲にも、奪い取っていくのだから。
「ママ……?」
手からこぼれた食器が、床に落ちたのが先か。
瞳からこぼれた涙が、床に落ちたのが先か。
どちらが先だったのか、ナギには分からなかった。
分かるのは、どちらももう、元には戻らないという事。
「ナギさん……? どうしたんですか……?」
虫の知らせと言う言葉があるが、遠く離れた場所で起きた出来事を認識する、超自然的なその現象の正体は、魔力だ。
女の勘は鋭いと言われるのも、魔力を有するのは、男性よりも女性が圧倒的に多いから。有名な魔術師は総じて魔女である。
そして、魔族は当然にして魔力が強い。
虫の知らせや、予感などではない。
ましてや、ソレが血を分けた姉妹の事であれば。
「どうして……」
多くを望んだつもりは無い。
全てを手に入れようなんて思ってはいない。
何かを得たら、何かを失う。
そんな戒めのような言葉が、これほど憎いと感じたのは――初めてだった。
「ゴメンナサイ……。シラ姉さん……ナギ……」
口から真っ赤な血液を垂れ流しながら、焦点の合わない瞳で呟く。
彼女の身体には、深々と大鎌が突き刺さっている。
勿論、僕にも。
ザフズは、彼女ごと僕を串刺しにした。
その身を守ろうとした、彼女ごと。
「ゴメ……サイ……。アタ……。姉さ……ナ…ギ――」
遅かった。遅すぎた。
彼女はもう動かない。
姉妹に詫びながら、自分を恥じるように死んだ。
殺したのは――ザフズ。
死なせたのは――僕だ。
腹部の痛みは、一瞬で消えていた。
細胞が活性化し、傷口を埋めていく。
この力が、もっと早くに出ていれば、彼女は死ななかった。
遅すぎた。全ては遅すぎた。
「でも……お前だけは絶対許さない」
彼女の肩越しに、ザフズを見た。
これから僕が殺すであろう。あの男を。
「やっと力を解放したのですか。諦めかけていましたけど、レミも最後にいい働きをしましたね」
深く突き刺さった大鎌は、あっさりと引き抜けた。
腕の中にいるレミさんの目を、手でそっと閉じる。
「その力――もうすぐ自分のモノになると想像しただけで、胸が――ばじぶぁ!?」
顔面をぶん殴っただけで、ザフズはゴミのように飛んでいった。
それほどの力が――今は憎い。
痛々しくも床に転がるミーも、僕のせいだ。
片手で拾い上げられる程の、関係のない女の子までも巻き込んで。
本当に――情けない。
レミさんとミーを彼女達の傍に下ろし、すぐに背を向けた。
「皆。ホントゴメン」
彼女達の顔を見る事は出来なかった。
これは。身の丈に合わない力を持った僕の罪だ。
アミルを助けに向かっている時、少しだけ、英雄譚の主人公になった気がした。
そんなはずないのに。
こんな最低で情けない男が、主役になんてなれるはずないのに。
「おい。いつまで寝てるつもりだよ」
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