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「そうだ。先にルトさんの所に行かなくちゃ」

   採集に行く前に、更紗は街の外れの裏通りにある、武器屋へと向かうことにする。

    パーティーを無事に抜けられたら、祝いに特別価格で武器を1つ誂えてやる、と言われていたからだ。

    この街には武器屋が3軒あり、その内の隠れた1軒が《武器屋ルト》だ。
他のメンバーから聞いた武器屋は2軒で、そこでは気に入った装備が見付からなかった。
    あちこちウロウロしているうちに大通りから外れ、引き寄せられるように着いた武器屋だった。
    高ランクの冒険者でも辿り着くことが難しいと言われる武器屋。

    外見で武器屋と思えない古びた小屋。ボロボロの壊れそうな扉の前に立ち、更紗はそっと開ける。外見に似つかわしくない綺麗な内装が見えると、更紗は静かに室内へ足を踏み入れて扉を閉めた。

「お早うございますー。ルトさーん、居ますかー?」

    少し大きめの声で奥の方に声を掛けると、銀髪に金の瞳。サラリとした銀髪の頭に黒い犬耳。イケメンな背の高い男が出てきた。

「おー、更紗か!おはよう。こんな時間に来たってことは……漸くパーティー抜けられたのかい?」

    柔らかくルトが笑うと、更紗がこくりと頷いて笑った。

「はい。本日無事に抜けることが出来ました」

「良かったね!じゃあ、約束の武器を誂えてあげるよ!戦闘魔法師バトルメイジは武器が重要だ。更紗の好みは昆の長さの杖だったね?」
「はい!」
「分かった。素材はもう揃えてあるよ。準備するから中に来ると良い」

    ルトの言葉に頷いた更紗は、先に奥へ行くルトの後をついていく。

「実は、重要な部分はもう作ってあるんだ。後は組み上げる段階まできてるんだよ?確実に抜けられると思ったから」
「そうなんですか?」
「ああ。俺の予感はよく当たるって言われるんだよ。武器に関しては組み上げる工程は見せられないけど。ほぼ出来上がってると言えるかな。渡す前に────話の返事がまず聞きたい」
ルトの言葉に、ピクリと更紗が反応する。




─────「あの返事」。それはルトと更紗が出会った切っ掛け。今から半年ほど前に遡る。


    更紗がパーティーから離れて、こっそり製作アイテムの素材等を、森の奥で採集しているときだった。

    ずっと屈んだ姿勢で採集をしていた更紗が立ち上がり、伸びをする。
パーティーの休日を利用して石鹸やポーション作りを手掛けている。

「ん、こんなものね」

    充分に揃った材料を、頑張って稼いで買ったマジックポーチ(20)の中にしまって帰り支度を整えた時だった。
背後の草むらが、大きな音を立てドサリと何か重いものが落ちる音。
警戒して振り返った時、一人の青年が傷だらけで倒れていた。

「わ…………!大丈夫!?」

慌てて駆け寄った更紗は、青年の傷の状態を確かめる。幸い、命に関わるような状態では無さそうだ。

「ぐぅ……!チャ…………ムロ…………ズ……不意を……き、け……ん」

……今、チャームローズ、と青年が言った?
「チャームローズに襲われたの?」

声に出さずに頷いた青年を見た更紗は少し考え込む。

「確か、蔓の部分が媚薬の素材になる植物の魔物……。生きてるチャームローズのムチで打たれたら媚薬の効果が強力だったっけ」

────と、言うことは……。この青年はムチで打たれたのだろう。背中に打たれた傷があり、甘い匂いが漂っている。それに呼吸が荒い。

    不意を突かれたのなら、鞭でマーキングした獲物である青年を追ってチャームローズが姿を現すはず。
    放っておくわけにもいかないので、ひとまず小屋の中へ、何とかして運び込むことにした。

    どうにか小屋の中に運んだ更紗は、青年にクリーンとヒールを掛けて外に出る。
    小屋から離れた草むらが揺れ────出てきたのは巨大な花を頭に咲かせた、蔓の長い魔物─────チャームローズ。
    強さはDランク寄りで大したこと無いが、チャームローズから攻撃されると媚薬の効果が強力で、治療が遅れれば気が狂って死に至る。

「火が弱点だったよね。『エンチャント・ファイア』」

    持っていたショートソードに火属性を付与。
更紗は蔦を避けながら切りつけていき、弱点の花を切り裂いた。
そのまま、チャームローズが倒れて燃えていく。

「拓けた場所で良かった。でも、いい加減に昆タイプの長杖が欲しいなあ」

一息つくと、更紗は青年を介抱すべく小屋の中へと入った。

「大丈夫?」

    小屋の中にあった木の桶に魔法で水を張り、氷も浮かべて手拭いを絞る。
小屋の簡易ベッドに寝ている青年の額へと、手拭いを乗せた。

「すまない……」
小さな声だが、謝罪の言葉を口にした青年に、更紗は首を横に振る。
「気にしないで。私の名前は更紗。あなたは?」
「…………ルト」
    呼吸が荒いなか、ポツリと名乗った青年─────ルト。
(媚薬の効果は、人それぞれだけど……。薬は手元にないから……早く媚薬を抜くには、確か性行為が適しているのよね)
小さく息を吐くと、更紗は手拭いを濡らして冷やしなおす。
「更紗……」
「はい?」
「まだ、間に合う。媚薬の効果は出始めたばかりだ…………。俺から離れて」
    辛そうな中に、熱を孕んだ眼差しをルトが更紗へと向ける。獣人の身体能力を考えれば、危険極まりないのは分かっている。

「このままじゃ死んじゃう。放っておけないよ」

    絞った手拭いを、ルトの額に乗せ、更紗は少し距離をとった。
    とはいえ、小屋の中は狭い。距離を取ったとしても、そこまで離れることは出来ない。

    解毒作用のある薬を作るにしても、材料が足りない。もう夕方だ。素材を取りに行くにしても、夜の帳が降りてしまえば森の中は危険だ。

「う…………っ」

    荒い呼吸を繰り返し、手拭いが額から落ちる度に更紗は何度も冷やして乗せ、体の汗を拭ってやる。
    額に手拭いを乗せた更紗の左手首をルトが掴んで引き寄せ、ベッドへと組み敷いた。こうなっては、逃れるのも難しい。

「に……げ、ろと……いった、はず、だ」

荒い呼吸の間から、ルトが何とか言葉を紡ぎ出す。

「だって心配で…………大丈夫?」

    そっと、更紗が右手でルトの頬に触れると、ルトの唇が更紗の唇に重なった。
    獣人の力には勝てない事は分かりきっている。大人しく受け入れて目を閉じ、抵抗しないでおく。更紗自身、経験があるわけでは無いが、抵抗すれば乱暴な扱いになる可能性は否定できない。出来るだけ、痛いのも避けたい。

「……すまない。後悔…………しないか?」

    そう聞かれた更紗は、黙って小さく頷き、ルトを受け入れた。


─────そう言ったことがあってから、更紗はちょくちょくこの武器屋に足を運び、仕事に夢中になると食事を忘れるルトのご飯を作りに来ている。
    それから色んな話をするようになり、更紗が無事にパーティーを抜けられたら一緒に旅をしようと言われていたのだ。
今はここで、更紗も石鹸など色々と作っている。

「今日はどこかに行く予定?」

「うん。石鹸とか作る素材が無くなってきたから、そろそろ採集に行こうと思うの」

「そうか…。あ、それじゃあ、ココの実頼んでも良いかい?帰ってくるまでには武器も仕上がってるだろうし。その時に返事をくれないか?」

「…うん、良いよ。なるべく早く帰ってくるね」

    更紗の心は『ルトと一緒に旅に出る』と決まっているのだが…採集から帰って来てからでも遅くない。
    更紗の素顔を知っているのは───真理亜とルトだけだからだ。

「じゃあ、行ってきます」

「ああ、気を付けて」

    ルトの言葉に頷いた更紗は、店を後にした。




☆☆☆




    武器屋を出て森の中に来た更紗は、鑑定スキルを使って採集をこなす。

「ふう……。薬草関係はこんなものかな。後はシャボンの実と花と、ココの実が落ちてれば拾って帰ろう」

    朝から夢中になって薬草採集をしているうちに、陽がお昼に近い位置まできていた。
シャボンの実と花と、ココの実は帰り道で見つけられる。こんな楽な作業って無いよね、と思いながら町へ戻る道を歩いた。

    途中、川沿いへと向かう。シャボンの花や実は、川沿いにある低木に実を付けているのだ。花は、木の下に落ちているもので充分間に合う。

「今日は結構落ちてるなー。そうだ!シャンプー切れかかってるからついでに作って帰ろう♪」
更紗は道具をマジックバッグから取り出すと、地面に手をついて魔力を流す。

「『アースブロック』、『カット』」

    目の前の土が盛り上がり、煉瓦サイズのブロックが穴が出来た外周にに積み上がって小さな竈の形を作っていく。
    そこに取り出した鉄鍋を乗せて完成。
竈の近くに敷物を敷いて大きめの木の器で石鹸の材料を混ぜる。
    竈に火をおこして鍋に混ぜた材料を入れ、魔力を込めた水を注ぐと、木のヘラで丁寧に混ぜていく。

「今日はシャンプーだから、このくらいかな」

    更紗は少しとろみのついた鍋の中身を覗いて火を消す。
熱が取れたら瓶に詰めて完成だ。
風魔法で少しずつ混ぜながら冷ましていき、温くなったところで魔法と手を止めた。

「この量なら、3本位かな?」

    マジックバッグから円錐形の空のガラス瓶を3本取り出すと、コルク栓を外す。
ジョウゴを取り付けて1本ずつ栓をする位置より少し下まで流し入れると、ほんの少し鍋に余った。

「あれ、余っちゃった。小瓶に入れてカンナさんにお試しでプレゼントしようっと」

    ポーション用の瓶が良さそうだ。それに残りを詰める。
詰めた瓶の蓋を固定してマジックバッグへ。最後に竈を崩して土に還し、使った器具を持って川の水で丁寧に洗い、布を取り出してきれいに拭くと全てしまう。

「これでよし。さあ、帰ろう」

    川から離れて街道に戻ると、何処からか鍔迫り合いの音と言い合っている声が聞こえる。辺りを警戒しながら街へ戻るように歩くと、段々音が大きくなってきた。街道の側の木々の陰に身を隠しつつ進めば、何処かのパーティーが灰狼の魔獣と戦闘しているのが視界に入る。

「エルフが2人と獣人……ルトさんと同じ黒狼族かな?のパーティーか……。あ、最後の1体倒した」

    更紗は小さく呟くと、そっと様子を伺う。傷などが酷い場合は助けよう、と。
    しかし、それも杞憂に終わる。全員掠り傷程度で、エルフの1人がヒールをかけていた。

「リズは大丈夫みたいだね。クロードは……『ヒール』」
「すまん、助かる」
「ダーリン、やっぱり剣士と魔法師メイジが必要だわ。火力が足りない」
「そうだね。じゃあ、この先の街で探してみよう。育てればいいから、ランクは問わずで良いかい?」
「ええ。あ、性格は見極めて?あと、魔法師は女の子が良いわ!」
「オーケー。クロードもそれで良い?」
「ああ」

そんな会話が聞こえ、更紗はホッとした。

「ん、大丈夫そう」

更紗は街道に戻って3人パーティーの近くを通りすぎる。その時に小さく頭を下げてそのまま歩いて離れた。

「ダーリン、今のは……?」
「多分、Eランク辺りの冒険者だよ。ショートソードを腰に下げていたから、採集の依頼じゃないかな」
魔法師メイジだったら腰にロッドかスティックだものね」
「そうだね」
「まだ、決めつけない方が良いんじゃないか?」
「あら、クロードは違うと?」
「────ああ。身のこなしが、な。……それに、あの子からアイツの匂いがする」
すんすんと鼻を鳴らしたクロードは、じっと更紗の背中を見つめている。
「…………成る程。街の方に行ったから、ギルドで聞いてみよう。さ、魔獣をバッグに入れて、街に急ごう」
3人パーティーは急いでバッグに詰めると、先程の人物を追い掛けるように歩き始めるのだった。








───それが、更紗と3人の最初の出逢い。
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