3 / 178
1章 皇国での日々
2
しおりを挟む母上が毒で亡くなった。基本的に食事は僕が用意していた。毎回毒の確認はしていた。なのに、毒で亡くなった。母上が意図的にそれを口にしたとしか思えなかった。それに先日の言葉、それがこの考えを確信に変えていた。
めったに見かけない使用人が来て、母上の亡骸を運んでいく。それが現実には思えなくて、泣くこともせずに見ていた。ああ、ノイズがうるさい。ひそひそと、母親が亡くなったのに泣かない子だ、とか、いらない皇子、とかそんな言葉をささやかないで。周りが悪意を持ってその言葉を口にしているって知っている。でも、仕方ないじゃないか。
わからないんだ、まだ。母上にもう会えないことをどう受け止めたらいいのか。大切な人との別れなんて、初めてじゃない。初めてじゃないはずなのに、まだわからない。涙をこぼせばいい? 泣き叫べばいい? でも、悲しいと感じるはずの心がぽっかりと空いてしまった気がして。何も感じないんだ。まだ、母上の言葉を耳が覚えている、母上のぬくもりを体が覚えている。亡くなってなんかいない。僕の中ではまだ母上が生きている。
じっと見つめていたはずなのに、気が付いたらもう母上が入っていた棺はすっかり運び出されていた。僕はこれからどうしたらいいのだろう。いや、どうしようもなにも、生きていくしかないんだけれど。ねえ、ミベラ様? あなたは僕に何をしてほしかったのですか。僕が感じたこと? 何も、感じないよ。ねえ、やっぱり僕が特別を望むのは間違っていたのかな……。
「スーハル、スーハル!
……スーベルハーニ!」
「え……、あに、うえ?」
「ああ、よかった、俺の声が聞こえるな?」
どうして、兄上がここに? 遠征に、いっていたはず?
「体が冷え切ってる。
とりあえず中に入ろう」
「兄上?」
「なんだい?」
ふわりと、僕を抱き上げると中に入っていく。久しぶりに見た兄上。優しい瞳でこちらを見ている。どうして、どうして怒らないんだろう? 母上のこと、頼まれていたのに。
「どうして、僕を怒らないの?
兄上に、母上を頼まれたのに……」
兄上の長い脚では外から中まではあっという間で、すとんと椅子に降ろされる。離れているぬくもりに、なぜか不安になって手を伸ばした。じっと、兄上を見ているとすとん、と膝をついて目線を合わせてくれる。そして伸ばした手を包み込んでくれる。
「ごめんな、一人にして……。
ありがとう、俺がいない間母上を必死に守ってくれて。
怒られるとしたら俺の方だよ。
いいんだよ、一回くらい殴って」
ほら、と言われても……。兄上を殴る意味が分からない。固まって動かない僕に苦笑いをして兄上は何かを取り出した。そしてそれを僕の手に握らせる。
「これは?」
「母上の形見、かな。
母上がスーハルに渡してほしいって、以前言っていたんだ」
母上の形見……。手元を覗くと差し込む日を受けてきらきらと輝く懐中時計があった。一度だけ見たことがあるそれは、母上がとても大切にしていた覚えがある。確かおじい様にもらったって言っていたっけ。
「これを、僕に?」
「そう。
最後に会った母上は、スーハルにとても感謝していたよ。
そして、謝っていた」
謝る? そういえば、この前も母上は僕に謝っていた。でも、謝ることなんて何もないのに。僕は何もできなかったのに。
「まだ、理解できなくていい。
でもね、母上にとって、そして俺にとってもスーハルの存在は救いなんだよ。
いろいろな意味で。
だから、スーハルには権力に関係ないところにいてほしい。
俺が、きっと守るから……」
僕が、救い? 言っている意味が分からないよ。でも、本当にきれいな懐中時計。ぱかっと蓋を開けてみると、カチカチと時を刻んでいるのが見える。その蓋の裏、そこに小さな一枚の絵? が入っている。ここには写真という技術がないから、たぶん絵。でも、写真みたいだ……。
「これ、母上?」
ひょこっとと兄上が手元を覗き込む。そして、あ、と小さく声を上げた。
「これ、スーハルが生まれたばかりの時の絵だ。
母上と俺と、それにスーハル。
そっか、母上はこれをスーハルに遺したんだね」
母上……。陽斗が入った僕としての母上との記憶はこの前の散歩だけ。でも、スーベルハーニとして過ごしてきた数年間の記憶が僕には詰まっている。とても大切な人だった。でも、もういない?
「あ、兄上。
ぼ、僕、僕は……」
なんで、なんで今涙があふれてくるんだろう。心は冷静、なはずなのに。だって、僕はスーベルハーニだけど、陽斗でもある。なのに、なんで……。
「スーハル、身勝手な願いかもしれない。
でも、どうか母上のことを覚えていてくれないか?」
どうして身勝手なんていうの? 母上のことを覚えているなんて、当たり前じゃないか。そういいたいのに、どんどんあふれてくる涙で言葉にできない。せめて、と僕は必死に首を縦に振った。
「隊長、そろそろ戻りませんと……」
「はは、曲がりなりにも皇帝の妃が亡くなったっていうのにな……。
国民はきっとそのことすら知らないのだろう」
「隊長……」
ん、なんか声が聞こえる? いつの間にか寝てしまったみたいだ……。なんだか外も明るくなっている気がするし。
「あに、うえ?」
「ああ、起きたか。
すまない、これから少し出なくてはいけなくてね。
また帰ってくるから、ここを頼んでいいか?」
兄上が、行ってしまう。いつものことなのに、それが急に不安になる。思わず裾をつかむと、困ったような笑顔を浮かべてしまった。困らせたいわけじゃ、ないんだけど……。
「ごめんな。
でも、今ここを任せられる適当な人がいないんだ。
なるべく早く戻るから」
な? と言われるとうなずくしかない。手を離すと、兄上は僕の頭を一撫でして迎えに来た人とともにどこかへ行ってしまった。どうしよう、何もしていないのは嫌だ。自分でもよくわからない感情が襲ってきそうだから。……、書室に行こうかな。あそこには本がいっぱいある。きっと、それに集中すればそのうち帰ってくるよね?
「初めて拝見しましたが、あの方が、第7皇子スーベルハーニ様ですか?」
「ああ、かわいいだろう?」
「かわ、い……。
ええ、そうですね。
なんというか、好感が持てる方でした、珍しく。
守りたくなるというか……」
「あの子はまだ外のことを知らない無垢な存在だから。
だから、俺みたいに汚れた存在からはとてもまぶしく見える。
真綿にくるんでどこまでも大切にしたくなる。
でも、きっと運命からは逃れられない……」
「例の件、ですか……。
隊長は汚れてなんていませんよ。
でも、どうして隊長があえてここにいるのか何となくわかりました」
「そうかい?
……、俺にとってスーハルは光だよ。
俺が俺でいられる理由だ」
「本当に、大切に思われているのですね」
「もちろん」
41
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる