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1章 皇国での日々
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しおりを挟むさすがに、おなかすいた。母上のことがあってから何も食べていないしな。うーん、たぶんまだ何か食べるもの残っているよね。……毒、入ってないよね? 何を食べるにも警戒から、それが当たり前だったはずなのになんだかひどく億劫に感じる。でも、ここで何かあって兄上に迷惑をかけるわけにはいかないものね。
いつも通りそろりと食べ物を口にする。うん、これには何も入っていないみたい。……そういえば母上は一体何を食べたんだろう? 何が減っているのか全然わからないや。おなかが満たされたら、次は運動かな。よくもっと体を動かしなさいって言われていたっけ。確か兄上に頂いた木刀があったはず。思いっきり体を動かすのも気分転換になっていいかもしれない。
無心でひたすら木刀をふるう。しばらくやっていなかったけれど、意外と体が覚えているらしい。木刀を握りしめると、自然に素振りができる。簡単なことだけど、これが正しくできるまで兄上に何度も直されたっけ。母上はそれを楽しそうに見ていて。この剣で何かを傷つける、そんなことは考えられない。でも、無心でできる何かがあるっていいかもしれない。
「ああ、ここにいたのか。
剣を振っていたのか?」
「あ、おかえりなさい、兄上。
えっと、はい」
様にすらなっていないものを兄上に見られてしまった……。なんだか恥ずかしい。さっと木刀を後ろに隠すと、こちらの考えなどお見通しなのだろう。くすくすと笑われてしまった。うう、失敗した。
「力が付いたからか、剣がぶれなくなったな。
今度、ちゃんと見てあげよう」
「本当ですか!?
楽しみです」
あ、また頭撫でられた。意識したことなかったけれど、兄上って結構頭撫でるの好き?
「今見たいところだけど、残念ながら後回しだな。
今からここに客人が来る」
お客さん? かなり珍しい……。このタイミングでとか、正直嫌な予感しかしない。兄上の表情も硬いし。一緒に迎えに行くの断りたいくらいだけど、そういうわけにもいかないよな。
「あの、どなたが来るのですか?」
「……皇帝と、皇后だ」
うわぁぁぁ、逃げてもいいかな? 絶対に面倒でしょう。本当に今更何の用?
「あの、部屋に……」
「もちろんスーハルにも一緒に出てもらう。
すまない」
「い、いえ……」
はい、ですよね! わかっておりましたとも。それに兄上にそんな顔をされてしまったら、わがままなんて言えません。着替えてくるといい、という兄上の言葉に従ってとりあえず着替えてきたけどさ。でも、正直あまり意味ないと思う。だって、服の種類が少なすぎて何が変わったかもわからないくらいだもの。憂鬱、憂鬱だけどここで逃げたら何かを言われるのは兄上だ。我慢だ、僕。
その後、若干ひきつっているかもしれない笑みで皇帝と皇后を迎えた。相変わらず悪趣味なぐらいゴテゴテに着飾ってらっしゃる。年齢にしてはまだ若く見える皇帝の腕にしなだれかかる皇后は、なぜか見ていて気分が悪くなるくらいだ。
「はぁ、本当にここはいつ来ても辛気臭いこと……。
それに」
ちらっとわざとらしく僕を見るとくすくすと笑う悪趣味も相変わらずなことで。僕が無力で、放置された皇子だからと馬鹿にしているのがまるわかりだ。この国の皇后、こんなので大丈夫ですか? そう口に出さなかった僕を誰かほめてください。
「ねぇ、陛下。
ここをつぶして、新しい宮を建てませんこと?
わたくし、新しい宮が欲しいと思っていましたの」
気持ち悪い猫なで声でなにかを言う皇后。母上との思い出が詰まったここをつぶす? 本当に自分のことしか考えていないのだろうな。ぐっと思わずこぶしに力が入る。それを感じたのか、隣で全く動かなかった兄上が僕の肩に手を置いた。
「それで、こちらには何の御用で?」
あ、兄上、これはきっと切れているな。冷静そうに声を出しているけれどわずかに震えている。下手に口を出さないほうがいいのだろうな、と黙っていると、ここまで一言も話さなかった皇帝が口を開いた。
「みすぼらしいな。
ここも、そなたも。
……ふむ、皇后、ここをそなたにやろう。
好きにするといい」
な! 今まで、見向きもしないでこの生活を与えてきたのは誰だよ! ここは確かにきれいではないかもしれない、豪華ではないかもしれない、それでも僕にとっては母上との思い出にあふれる大切な場所なのに! 叫びだしそうになる、その直前。僕の肩に置いていた兄上の手の力が強くなる。それでようやく我に返った。
「この宮を皇后に譲られるとして、俺と弟はどこで暮らせとおっしゃるのですか?
さすがに放り出す、ということはありませんよね?」
「そうだな、スランクレト、そなた騎士団にも部屋を持っていたであろう。
そこに移ればよい。
……スーベルハーニの部屋も用意させよう」
「な、陛下!
それは……」
「皇后、我はそなたの願いをすでに一つ聞いた。
これ以上は、わかっているな」
……初めて皇帝のことをすごいと思ったかも。意外にもちゃんと皇后の手綱を握っている? 少し顔色を悪くして黙ってしまった。というか、皇帝って僕の名前知っていたんだ。すんなり名前が出てくるとは思わなかった。
「それと、スランクレト。
後で我の部屋に来るといい。
遠征の話を聞かせてもらおう」
「かしこまりました」
僕が息を詰めている間に話が終わったらしく、皇帝となんだかこちらをにらんでいる皇后が帰っていく。本当になぜついてきた、皇后。って、そんなことはどうでもいいんだ。
「兄上!」
「うん、ここは出ていかないとね。
あの皇后のことだ、きっとすぐにでも行動に移す。
大切なものを持っておいで。
すぐに移ろう」
やっぱりここを離れないといけないんだ。きっともう二度と戻ってこられないし、戻ってくれたとしても全く違うところになってしまっているのだろう。でも、兄上のおかげで次にいける場所ができた。それだけでも感謝しないと、だよね?
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