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1章 皇国での日々
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しおりを挟む本当に大切なもの、それは今の僕には本当に少なくて。引っ越しのための準備はすぐに終わった。兄上が思っていたよりもずっと荷物が少なかったのか、本当にそれだけでいいの? と言われてしまったけれど、本当にこれだけしかないのです。
「それじゃあ行こうか。
少し、いや、かなりガサツな人間もいるけど根はいいやつばかりだから。
仲良くしてやってくれると嬉しいな」
あー、となんだか気まずそうな顔をして兄上がそんなことを言う。騎士団の宿舎なんて想像できない。でも兄上がそんな風に事前に言うってことは、実は結構怖いところ?
「あ、怖くはないからな!?
まあ、行けばわかるよ」
あ、結局問題を先延ばしにされてしまった。まあ、でも結局行けばわかるよね、うん。
「でも、かえって良かったかもしれない。
あそこにいるよりも安全だろう。
さすがに騎士団にはあの人も手を出せないよな……」
あの人って、あの人だよね。正直、僕はあの人が犯人だと思っている。というか、それ以外ないと思っている。誰も詳しく教えてくれない、というのもあって僕は宮内の事情に全く詳しくない。けれど、あの人が相当な野心家だということは何となくわかるもの。
「あれ、隊長こちらに来ていたんですか?
っと」
向かった騎士団の宿舎では中に入る前に早速一人目と出会う。うーん、さすが騎士団というべきか、ガタイがいい。まだひょろっとしている僕なんか、きっとすぐに倒されてしまうんだろうな。
「ああ、今日から弟とともにこちらで過ごすことになってな。
よろしく頼む」
「そりゃもちろん構いませんが……。
そうだ皆呼んで顔合わせしちゃいましょうよ」
「気遣いはありがたいが、結構だ。
疲れているのでな」
「ふむ、ではその辺にいるやつらだけでも呼んできますよ」
こら、待て、という兄上の声は全く聞こえていなかったらしい。その男性はくるりと向きを変えるとどこかへと行ってしまった。話の流れから考えて、ここに住む人を呼びに行った?
「すまない、スーハル。
急にこちらに移ってくることになっただけでも、ずいぶんとストレスだろうに。
そのうえあやつらの相手もすることに」
はぁ、とため息をつかれる兄上。そっか、僕にここの人たちと関わってほしくなかったわけではなくて、ただ、僕の心配をしていてくれたんだね。少しだけ安心した。
「いいえ、大丈夫です兄上。
これから同じ場所で暮らしていくわけですし、顔合わせは必要ですから」
「そうなんだけどな」
そんなに信用ないのかな……。こういってもまだ微妙な顔をされてしまうと、さすがに僕も不安になってくるよ。
「お待たせしました、隊長」
「ったく、急になんなん、だ、よ……」
先ほどの人が引き連れてきたのは3人ほど。近くにいる人を連れてくるという話だったから、きっと近くに3人しかいなかったのだろう。あ、皆さん僕のこと見て固まってしまった。どうしたらいいかな。
「はぁ、仕方ない。
スーハル、挨拶を」
「あ、はい。
初めまして、スーベルハーニ・アナベルクと言います」
これであっている、よね。実は知らない人に挨拶したのは初めてなのだ。ずっと母上と2人、あの離宮で暮らしていたから、たまに必要なものを運んでくる使用人くらいとしか会ったことがない。使用人に挨拶は必要ない、こともないかもだけど、僕の場合はまず向こうが僕らのことを拒否していたからね。
で、どうして皆さん反応してくれないのですか? え、っと僕変なこと言った?
「あの、兄上……」
「上手に挨拶できたね。
大丈夫、あいつらのことは無視していいから」
えーっと、でも僕今この方たちに挨拶したんだよね? あまりに反応なくてなんだか不安になってきた。
「おい」
「す、すみません……。
俺らなんかにちゃんと挨拶してくださる皇族なんて、隊長以来で。
さすが、隊長の弟さんですね。
俺はレッツだ、よろしく」
レッツ、さん。名前だけってことは、つまり平民なのかな。ちょっとここでもそういうのが当てはまるのかわからないけれど。家庭教師もいなかった僕はこういう常識、と言っていいものがわからない。だから下手に口を出さない方がいいよね。
「ああ、こちらにいましたか。
遅いので迎えに来ましたよ」
「悪いなリヒト、今行く」
あ、この人兄上を迎えに来た人だ。起きたばかりでぼんやりしていたけれどたぶんそう。そっか、リヒトさん、っていうのか。あの時は挨拶もできなかったから。
「あー、ほかのやつらはまた後でな。
今はひとまず案内してしまいたい」
兄上の言葉にレッツ、と名乗った人がうなずく。その人に連れてこられた人たちは苦笑している。そしていつものことですから、と言っているから、きっとレッツさんの暴走は今に始まったことではないのだろう。なんだか温かい空気で、少し安心した。
「じゃあ行こうか、スーハル」
そして案内されたのは応接間と思われるところ。ふかふかのソファが気持ちいい。というか、ソファがふかふかすぎて逆に少し座りにくい、かも。兄上たちは普通に座っているからなんだか情けない。
「スーハル、俺の膝に座るか?」
「……大丈夫です」
僕も一人で座れるもん……。
「ふふ。
……と、失礼いたしました。
まずは自己紹介から。
私はリヒベルティア・ゴーベントと申します」
「りひ、べるてぃあ?」
思っていたよりも長い……。兄上がリヒトって呼んでいたからリヒトだと思っていた。うう、という顔をしているとリヒト、と呼んでくださいと言ってくれました。助かった。
「あれ、ゴーベント……?」
なんだかその名前聞いたことがある。えーっと、そうだ、書斎で読んだ何かの本で見かけたんだ。確か……。
「公爵家?」
「ええ、そうですよ」
「よくわかったな、スーハル」
暇つぶしもたまには役に立ってくれるんだね。こんな風にほめてもらえるとは思わなかった。なんだか嬉しい。
「よくわかった、とはどういうことですか?
皇国の公爵家の名など、この国の人は皆知っているでしょう」
「あー、その……。
いろいろと事情があって、スーハルに家庭教師がついたことがないんだ」
「家庭教師が、ついたことがない……?」
信じられない、そんな顔をしていますね。ちょっとまだここでの常識があまりピンとこないから、これがどれくらいあり得ないことなのかわからないけれど、そのくらいあり得ないのですね。はい。
「本当に……、あり得ないというか、むしろあり得るというか」
何かぶつぶつ言っていらっしゃる。どうしたらいいかな、と兄上を見上げると兄上は兄上で何かを考えていらっしゃる。
「これは失礼いたしました。
どういたしましょう……、私がスーベルハーニ皇子に勉学を教えてもいいのですが、時間が問題ですね」
「まあ、それはおいおい考えよう」
今日はひとまず疲れただろう、と話はここでいったん終わる。勉強……、これはきっとあれでしょう。やってみたら初めて見たはずなのに、すいすい解けてしまって神童扱いのパターンですね! 少し楽しみかもしれない。
「スーハルの部屋はこちらだよ。
もともと俺の部屋の隣が開いていたから、そこでいいだろう」
「すごい、広い。
それに明るい!」
「うん、ごめんなさい」
え!? 喜んだのに謝られてしまった。これは一体。話を聞くと、どうやらあそこの環境が良くないことはわかっていたけれど、都合のよさから居を移すことを提案できなかったそう。気にしなくていいのに。
「今はベッドと簡易的な机しかないけれど、おいおい必要なものをそろえていこう」
「こ、これで十分ですよ!」
ああ、なんでそんな申し訳なさそうな顔をするの!? 本当に、必要なものはあるし、これ以上は特にって思ったんだけど……。ほしいものは何でも言えって言われてしまった。
そんなこんなでここでの暮らしが始まりました。
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