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1章 皇国での日々
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しおりを挟む部屋を出ると、こっち、と建物を抜けていく。きっともう、ここに帰ることもないんだろうな。せっかく、みんなと仲良くなれたのに。そんなことを考えながら、僕は必死に兄上の後をついていった。
「あの、兄上?
せめて、もう少し説明を、してほしいな、と」
「……端的に言えば、今スーハルに渡した剣。
それを手に入れたことを知った皇后が今、強引な手を使って俺を排除しようとしている。
まあ、もとから妙に恨まれていたし、このことは理由の一端でしかないんだが……。
とにかく、それにスーハルを巻き込む前に逃げてほしいんだ」
この剣? どうして神剣を手に入れて命を狙われないといけないんだ。他にも理由はありそうだけどさ……。また質問したかったけれど、兄上は一度説明した後はひたすら前だけ見て走っている。その姿にこれ以上声をかけることはできなくて、僕も走るしかなかった。
それにしても、どこに向かっているんだろう。さすがに門に向かってはいないみたいだ。不思議に思いながらも後をついていくと、不意に兄上が立ち止まった。
「し、誰かが近づいている。
……スーハル、俺がどうにかするからその間に城を出るんだ。
あそこに君が通れるくらいの大きさの穴があるのが見えるか?」
あそこ、と指さされた先にある壁に僕が通れそうなくらいの穴が開いているのがかろうじて見える。周りの草に隠れていて、存在を知っていないと見落としてしまいそうな穴だ。きっと、こういう事態を見越して用意しておいたものなのだろう。
「あそこから、ずっとまっすぐに進むんだ。
そしたら町に出るから」
いいな、という兄上にうなずく。もう、ここまで来てしまったらためらっている方がきっと迷惑だ。自分のために、何よりも兄上のために覚悟を決めないと。
「いい顔つきだ。
スーハル、スーベルハーニ。
君は俺の自慢の弟だよ。
ずっと愛している」
さあ、行くんだ、そういって背中を押される。背の高い草ばかりのここでは、きっと暗い布をまとった背の低い僕は目立たない。音をなるべく立てないように注意を払いながら、できる限りの速さで僕は壁に近づいた。
「おやぁ、そこにいるのはスランクレト皇子では?
こんな真夜中に、こんな場所で何をやっておいでで?」
「それはこちらのセリフだ。
貴様ら、どこの所属だ」
「俺らの所属なんてどうでもいいでしょう。
……これから死ぬ人間にとってはな!」
不意に聞こえてきた剣戟の音に、たまらず振り返る。そこでは兄上と、兄上よりも大柄な人たちが数人、剣を交わらせていた。助けたい、でも、僕が助けられるわけがない。
「おやおや、お得意の魔法も使わないでどうしました?
俺らに殺される気に?」
「は、そんなわけが、ないだろう。
貴様らには、魔法を使う、価値すらない。
こんな姑息な手、皇后の差し金か?
まさか皇宮の中で、襲ってくるなんてな。
自分が犯人、と言っているような、ものではないか!」
「ははは、まあそう強がっていればいいさ!
別に誰の差し金だって、あんたには関係ない。
かわいそうになぁ、せっかくそこそこ優秀な皇子として生まれたのに、大した後ろ盾がないせいで殺されちまうなんて」
がきん、という重い音の合間に聞こえてくる声。明らかに兄上の声のほうが苦しそうだ。どうして兄上は魔法を使わないの? いっそ僕が使う? でも、きっと兄上はそんなこと望んでいない。どうしよう、どうしたら。
迷っているうちに、グっ、という苦し気な声が聞こえてくる。同時に、生暖かい何かがほほにかかった。……、血だ。おそらく兄上の。兄上が、けがをした。
「にげ、ろ……」
下品な笑い、兄上をなじる声。そんなものが聞こえてくる。その声よりもずっと、ずっと小さい声だった。でも、確かに兄上の声が聞こえた。そう、だ。僕は逃げなくちゃ。兄上のために、いきなく、ちゃ。
「ははは、こいつ、最後まで魔法を使わなかったぞ!
そんなに!
俺らを下に見て!
満足かよ!」
ガッ、ドッ、という鈍い音がきこえる。そのたびに聞こえる兄上の声が耳にこびりつく。でも、でも。動かさないと、足を。兄上が、あにうえが、時間を稼いでくれている、うちに。ここから、はなれ、ないと。
うごけ、うごけ。それだけを考える。ただ、ひたすらまっすぐ。それだけを目指して。
「くそ、こいつ死にやがった。
もう動かねぇぞ。
ちっ!」
「行きましょう、レドリグ様。
皇后陛下に報告しなくては」
「ふん、剣聖だ、なんだ言われても結局はこんなもんかよ。
ああ、むしゃくしゃする!」
ああ、ざつおんが、きこえる。頬についた血が、まだ温かい、そんな気がする。ああ、ああ。叫びだしたい、今すぐに引き返したい。でも、でも、僕はいきなくちゃ。兄上の、願いを叶えなくちゃ。ねえ、兄上。ぼく、いい子でしょう?
だから、だから、今度会えたら、ほめてね。ねえ、あにうえ……。
ぐっとほほにかかったものを拭う。覚悟を決めろ。考えろ、考えろ。泣き叫びたい、でもそれは絶対に今じゃない。兄上のために、逃げないと。
ここはどこだ。どこから城を抜け出した。ここを抜けると町があると言っていた。ここはあの時一緒に町に降りたときに出入りに使ったところとは違う。それに、きっと国内にいてはだめだ。外に逃げないと。兄上がいないなら、もうこの国に未練はない。
どこの国に行く? きっと隣国くらいではだめだ。経由するにしても同盟国はだめ。確かあの時に降りた町は同盟国側だった。ならきっとこのまままっすぐ、とにかくまっすぐ行けばリュッカ王国かアズサ王国の方に抜けられるのでは? シングレ王国の方でもいい。それに、兄上が僕を逃がす方角を考えないわけがない。注意しながら、とにかくまっすぐだ。
立ち止まるな、足を動かせ。泣くならもっと遠くへ逃げられた時だ。
ああ朝日が、まぶしいな……。いつの間にか、夜が明けている。ああ、大切な人が亡くなり、国を捨てると、そう決心した日でも朝は来るんだな。こんなにも、きれいな朝日が、昇るんだ。
「あに、うえ……」
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