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2章 孤児院と旅立ち
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あれから僕はひたすら走った。走って、走って。そしてたどり着いた町で食べるものを買い、乗り合い馬車に乗り。明らかに子供な体格の僕が一人で、しかも目深にフードをかぶっていたから、周りは訝し気な目を向けてきたけれど気にしない。そんなことを気にしている場合ではないから。
本当に、何度神様を恨んだことか。誰かの特別になりたいという僕の希望を叶えるふりをして、そして失わせる。最初から手に入らないよりどれだけ辛いことか。
確かに特別な存在だろう、僕は。なにせ皇国の第七皇子でありながら、8歳にして母と同腹の兄を亡くし、国を捨てる決心しているんだもの。そりゃ、こんな人なかなかいない。でも違うんだって……。
でも、こうなって少しわかる。あの離宮は僕をいろんなものから守ってくれていた。完全に、とは言えないし、それでも危険があったけれど。そしてあの宿舎もそうだ。悪意とか、そういうのから守ってくれていた。まあ、変なのは絡みに来ていたが。
そんなことを考えながら、なんとか隣国アズサ王国に入る。予想通り、兄上はちゃんと逃がす方向も考えてくれていたようだ。まっすぐ、そうして進んだ方向の国は同盟国ではなかった。
そして、国境は、まあ、ね。子供という身を利用しました。端的に言うなら不法入国。でも、自分の身分なんて証明するわけにはいかないし、これしか手がない。
そんなとにかく逃げるだけだった旅の中でも一つの出会いがあった。アズサ王国に入って少ししたころ、子供一人での旅は危ないと拾ってくれた商団の人たちがいたのだ。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「な、まえ?」
「ああ。
名前くらいあるんだろう?」
「ス、……、ハール」
とっさにスーと言おうとした口を閉じる。この名前は捨てないと、とっさにそう思ったから。スーベルハーニとしての兄上との思い出と、それにスー皇子と呼んでくれた隊員の人たちとの思い出。もう戻れないのだ、どちらも封印しようって。
それに少しでも気づかれる可能性を低くしたい。ここまでくれば皇国ほどは蒼の瞳が特別視されないだろうけれど、警戒はしとかないと。
これから先、ずっとそうやって生きていくしか……。
「お、おいおい、名前聞いたくらいでそんな顔しないでくれよ。
ハールだな」
よろしく、そういって差し出された手が、今の僕が持てる唯一のつながりのように見えて、思わず手を伸ばしてしまった。
「それで、ハールはどこを目指しているんだ?」
「どこ……。
オースラン王国に行きたい、と」
「オースランか!
結構遠くを目指しているんだな。
でもちょうどいい。
俺たちもそこまで行くんだ」
乗ってけよ、にかっと笑う団長の笑顔に弱っていた僕の心は逆らえなかった。
そうして一緒に旅をすることになったこの人たちは、みんなとても気のいい人たちで。詳しいことは何も言わなかったのに、一度も探らないでくれた。そして、僕がいつも身に着けているものに関しても。
きっと一目で訳ありだとわかったはずなのに、厄介そうにもせずいつでも優しく接してくれた。感謝してもしきれない。そして計算が得意な僕を頼って、ほめてくれる。ここにお世話になっていてもいいんだと、そう感じさせてくれた。
そんなふうに、兄上と別れてからなかった暖かな日常が過ぎるのはあっという間で。トラブルもあったけれど、本当に楽しい日々だった。でも、特定の人たちと一緒にいればいつ迷惑をかけることになるかわからない。
だから、オースラン王国に入って少ししたころ、わかれることにした。みんなはこのままここで過ごせばいいと、そういって引き留めてくれた。そんな優しい人たちだからこそ、僕はここにはいられない。
常に、ではないからきっと本格的には探していないとは思うけれど、たまに聞こえてきていたのだ。皇国がいなくなった第七皇子を探しているという話が。今はまだ、僕には力がない。それにきっとわかる人が見たら、一目見たらばれてしまう。だから、僕はここにはいられない。
「それでは、長くお世話になりました」
「おう!
元気でやれよ、ハール!}
「はい!
また」
ぺこりと頭を下げて、去っていく姿を見送る。これで、正しかったんだ。寂しいけれど、この人たち何かあったらいけないから。
オースラン王国にたどり着いたころ、僕はもう10歳になっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、商団と別れたはいいがこの後はどうしよう。お金、は実はまだある。あまり多くは残っていないけれど、ゼロではない。とりあえず泊まる場所、と思ったけれど、まずここには宿がない。あったとしても身分も証明できない子供一人が泊まるのは難しいだろう。うーーん。
悩みながらもひとまず歩く。まだ日は高いから、もしかしたら歩いていれば何かいい案が浮かぶかもしれない。
「ねえ、君一人なの?」
え……? 誰?
振り返った先にいた、少し、いやかなりボロボロな服をまとった少年。きっと歳は同じことだろう。この人との出会いが、国を出た僕の二つ目の大きな出会いだった。
「えっと、一人です」
「ああ、やっぱり。
ねえ、行くところがないなら一緒に暮らす?」
この人は、何を言っているんだ? そう思いつつ、ついついついていってしまう。いや、でもここにいては商団を抜けた意味がなくなる。
「あの、僕!」
「さあ、ようこそ孤児院へ」
……孤児院?
本当に、何度神様を恨んだことか。誰かの特別になりたいという僕の希望を叶えるふりをして、そして失わせる。最初から手に入らないよりどれだけ辛いことか。
確かに特別な存在だろう、僕は。なにせ皇国の第七皇子でありながら、8歳にして母と同腹の兄を亡くし、国を捨てる決心しているんだもの。そりゃ、こんな人なかなかいない。でも違うんだって……。
でも、こうなって少しわかる。あの離宮は僕をいろんなものから守ってくれていた。完全に、とは言えないし、それでも危険があったけれど。そしてあの宿舎もそうだ。悪意とか、そういうのから守ってくれていた。まあ、変なのは絡みに来ていたが。
そんなことを考えながら、なんとか隣国アズサ王国に入る。予想通り、兄上はちゃんと逃がす方向も考えてくれていたようだ。まっすぐ、そうして進んだ方向の国は同盟国ではなかった。
そして、国境は、まあ、ね。子供という身を利用しました。端的に言うなら不法入国。でも、自分の身分なんて証明するわけにはいかないし、これしか手がない。
そんなとにかく逃げるだけだった旅の中でも一つの出会いがあった。アズサ王国に入って少ししたころ、子供一人での旅は危ないと拾ってくれた商団の人たちがいたのだ。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「な、まえ?」
「ああ。
名前くらいあるんだろう?」
「ス、……、ハール」
とっさにスーと言おうとした口を閉じる。この名前は捨てないと、とっさにそう思ったから。スーベルハーニとしての兄上との思い出と、それにスー皇子と呼んでくれた隊員の人たちとの思い出。もう戻れないのだ、どちらも封印しようって。
それに少しでも気づかれる可能性を低くしたい。ここまでくれば皇国ほどは蒼の瞳が特別視されないだろうけれど、警戒はしとかないと。
これから先、ずっとそうやって生きていくしか……。
「お、おいおい、名前聞いたくらいでそんな顔しないでくれよ。
ハールだな」
よろしく、そういって差し出された手が、今の僕が持てる唯一のつながりのように見えて、思わず手を伸ばしてしまった。
「それで、ハールはどこを目指しているんだ?」
「どこ……。
オースラン王国に行きたい、と」
「オースランか!
結構遠くを目指しているんだな。
でもちょうどいい。
俺たちもそこまで行くんだ」
乗ってけよ、にかっと笑う団長の笑顔に弱っていた僕の心は逆らえなかった。
そうして一緒に旅をすることになったこの人たちは、みんなとても気のいい人たちで。詳しいことは何も言わなかったのに、一度も探らないでくれた。そして、僕がいつも身に着けているものに関しても。
きっと一目で訳ありだとわかったはずなのに、厄介そうにもせずいつでも優しく接してくれた。感謝してもしきれない。そして計算が得意な僕を頼って、ほめてくれる。ここにお世話になっていてもいいんだと、そう感じさせてくれた。
そんなふうに、兄上と別れてからなかった暖かな日常が過ぎるのはあっという間で。トラブルもあったけれど、本当に楽しい日々だった。でも、特定の人たちと一緒にいればいつ迷惑をかけることになるかわからない。
だから、オースラン王国に入って少ししたころ、わかれることにした。みんなはこのままここで過ごせばいいと、そういって引き留めてくれた。そんな優しい人たちだからこそ、僕はここにはいられない。
常に、ではないからきっと本格的には探していないとは思うけれど、たまに聞こえてきていたのだ。皇国がいなくなった第七皇子を探しているという話が。今はまだ、僕には力がない。それにきっとわかる人が見たら、一目見たらばれてしまう。だから、僕はここにはいられない。
「それでは、長くお世話になりました」
「おう!
元気でやれよ、ハール!}
「はい!
また」
ぺこりと頭を下げて、去っていく姿を見送る。これで、正しかったんだ。寂しいけれど、この人たち何かあったらいけないから。
オースラン王国にたどり着いたころ、僕はもう10歳になっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、商団と別れたはいいがこの後はどうしよう。お金、は実はまだある。あまり多くは残っていないけれど、ゼロではない。とりあえず泊まる場所、と思ったけれど、まずここには宿がない。あったとしても身分も証明できない子供一人が泊まるのは難しいだろう。うーーん。
悩みながらもひとまず歩く。まだ日は高いから、もしかしたら歩いていれば何かいい案が浮かぶかもしれない。
「ねえ、君一人なの?」
え……? 誰?
振り返った先にいた、少し、いやかなりボロボロな服をまとった少年。きっと歳は同じことだろう。この人との出会いが、国を出た僕の二つ目の大きな出会いだった。
「えっと、一人です」
「ああ、やっぱり。
ねえ、行くところがないなら一緒に暮らす?」
この人は、何を言っているんだ? そう思いつつ、ついついついていってしまう。いや、でもここにいては商団を抜けた意味がなくなる。
「あの、僕!」
「さあ、ようこそ孤児院へ」
……孤児院?
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