『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio

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5章 ダンジョン

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 兄弟間の仲をそれなりに深められた茶会が終った後、俺はリヒトと会っていた。今日は超特急で注文していた衣装の仮合わせとのこと。さすがにすべてここまで完成できているはずもなく、今日は一着のみだ。

 ふと、リヒトを見ていて思う。リヒトは母のことを知っているのだろうか。あまり誰かに母のことを話したり、聞いたりすることはない。でも、先ほどのことを受けてなんだか気になってしまっていた。

「なあ、リヒト。
 リヒトは母上のことを知っている?」

 そう声をかけると、リヒトは少しだけ動きを止めてこちらを見る。

「どうして、急に?」

「先ほどの茶会で母上の話になったんだ。
 それで、俺は母上のことをほとんど知らないなって」

「私もほとんど存じ上げません。
 ですが、何度か見かけたことがあります。
 本当に美しい方でした。
 そういえば……、一度だけスラン皇子から聞いたような……」

 そこでリヒトは口元を手で覆う。その顔色は青い。え、急にどうした!?

「大丈夫!?」

「ええ、大丈夫です。
 すみません……。
 皇子は確か、リゼッタ妃がこの国の民ではないとおっしゃっていました。
 流浪の民だったと」

「母上が、流浪の民?」

 この国の民ですらなかったなんて。それにしてもこの世界、流浪の民なんていたのか。ますます母の出身がわからない。

「スーハル皇子、お忙しいとは承知していますが今晩少しお時間をいただけますか?」

 顔色は青いまま、リヒトは改まった顔でそういう。確かに少しずつ執務を任されるようになって以前は忙しいけど、リヒトほどではない。きっと何か大事な話なのだろう。俺がうなずくと、夜に俺の部屋に行く、と言った。

 なんだか最近はこうして夜誰かと話すことが多い気がする。前は話し相手と言えばシャリラントくらいだったんだが。寝る支度を整え、自室でぼうっとそんなことを考えているとノックの音が聞こえた。どうぞ、と声をかけると昼間よりもラフな格好をしたリヒトが入ってくる。顔色は良くなったようで何よりだ。

「それでどうした?」

 お互い席に着き、茶を用意してもらう。そして二人きりになった後、話を切り出してみる。リヒトはまだ何か言いづらそうに視線を下げている。だが、少しするとつっと顔をあげた。そこにはもう迷いはない。

「ずっと、あまり思い出さないようにしていたことがありました。
 ちゃんと思い出すと、後悔のあまりあの日から抜け出せなくなるから、と。
 スラン皇子が、スーハル皇子の兄上が遺体となって発見される、前夜のことです」

 兄上が亡くなる、前夜。そう言えば、リヒトはその日に兄上と会っていたと言っていた気がする。おそらく兄上が俺を迎えに来る直前まで一緒にいたリヒト。数年経った今でも、兄上を止められなかった後悔は色濃く残っていることがその表情からわかる。

「あの日、スラン皇子はあなたの産まれた日のことを話されました。
 そして、母君であるリゼッタ妃のことも少し。 
 ただ、スラン皇子も詳しいことは存じ上げなかったようですが」

 俺が産まれた日? なんだ、嵐がすごくて、とかそういう話? わけがわからず首をかしげていると、リヒトは恐らく兄上から聞いたのであろうその話をしてくれた。思い出さないようにしていたという割には、その話は詳細で。その日に込められたリヒトの後悔の強さに触れた気がした。

 リヒトの話によると、俺の妊娠が分かったときショコランティエは怒り狂ったらしい。自分のもとには息子を産んだあとろくに来なかったくせに、兄上の後にも子を孕んだ母に対して。なんという理不尽な怒り。そう言うのは全部あいつに向けてほしいものだ。

 その時に、俺が幼いころ暮らしていたあの家に移ったと。そして、周り全部が信頼できない中俺を産むことになった母、そして兄と侍女は出産の知識を身に付けたりと必死に頑張ったらしい。その努力のおかげで俺は無事に産まれてこれた。光と共に。
 その光のことを精霊の祝福、と母は言っていたようだ。

 呪われているという言われている皇族、皇国の人間は魔法を使う際の言葉に意味を持たない。あってもなくても威力は変わらない。だが、俺は違う。きちんとその言葉は意味を持ち、威力が増幅される。この違いは、産まれた際の光に関係するのかもしれない。

「あなたの母君は、出生を精霊に祝福されたあなたを見て、救われたそうです。
 スラン皇子も」

「母上と兄上が、救われた?」

「はい。
 リゼッタ妃はもともと、神に愛された民だったそうです。
 それがエキストプレーンに見初められたがために、堕ちた身となってしまったと嘆いていた、と。
 エキストプレーンを悪魔と呼ぶほどに。
 そうして嘆いていたリゼッタ妃をスラン皇子は救えなかった、とおしゃっていました。
 そんなリゼッタ妃をあなたが救い、母君を救えずに苦しんでいたスラン皇子も共に救われたとおっしゃっていました」

 そんな、事が。もしも、俺が本当に二人の救いになれていたのなら。だが、それが理由で二人が俺のために亡くなったのだとしたら。もうどんな思いを抱いたらいいのかわからない。でも。

「話してくれてありがとう、リヒト。
 特に、母上の話を聞く機会はとても少ないから、少しでも聞くことができて嬉しいよ」

「いいえ……。
 お伝えするのが遅くなってしまい、申し訳ございません」
 
 ああ、もう。リヒトは本当にまじめだ。その日を思い出すのもつらいというのに、俺のために必死に思い出して、こうして伝えてくれた。きっと兄上がそれを望んでいたから、とリヒトは言っていたけれど、それでも嬉しかった。

 リヒトの後悔はきっと一生付きまとう。死者相手の後悔は、もうやり直すことはできないから。上書きするしか手はないが、それでも完全になくすことは難しいだろう。でも、話し終わった後の、多少すっきりとした顔のリヒトを見て、少しだけでもこれで気持ちが軽くなっていればいいのに、と俺は心の中で願った。
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