112 / 178
5章 ダンジョン
9
しおりを挟む
兄弟間の仲をそれなりに深められた茶会が終った後、俺はリヒトと会っていた。今日は超特急で注文していた衣装の仮合わせとのこと。さすがにすべてここまで完成できているはずもなく、今日は一着のみだ。
ふと、リヒトを見ていて思う。リヒトは母のことを知っているのだろうか。あまり誰かに母のことを話したり、聞いたりすることはない。でも、先ほどのことを受けてなんだか気になってしまっていた。
「なあ、リヒト。
リヒトは母上のことを知っている?」
そう声をかけると、リヒトは少しだけ動きを止めてこちらを見る。
「どうして、急に?」
「先ほどの茶会で母上の話になったんだ。
それで、俺は母上のことをほとんど知らないなって」
「私もほとんど存じ上げません。
ですが、何度か見かけたことがあります。
本当に美しい方でした。
そういえば……、一度だけスラン皇子から聞いたような……」
そこでリヒトは口元を手で覆う。その顔色は青い。え、急にどうした!?
「大丈夫!?」
「ええ、大丈夫です。
すみません……。
皇子は確か、リゼッタ妃がこの国の民ではないとおっしゃっていました。
流浪の民だったと」
「母上が、流浪の民?」
この国の民ですらなかったなんて。それにしてもこの世界、流浪の民なんていたのか。ますます母の出身がわからない。
「スーハル皇子、お忙しいとは承知していますが今晩少しお時間をいただけますか?」
顔色は青いまま、リヒトは改まった顔でそういう。確かに少しずつ執務を任されるようになって以前は忙しいけど、リヒトほどではない。きっと何か大事な話なのだろう。俺がうなずくと、夜に俺の部屋に行く、と言った。
なんだか最近はこうして夜誰かと話すことが多い気がする。前は話し相手と言えばシャリラントくらいだったんだが。寝る支度を整え、自室でぼうっとそんなことを考えているとノックの音が聞こえた。どうぞ、と声をかけると昼間よりもラフな格好をしたリヒトが入ってくる。顔色は良くなったようで何よりだ。
「それでどうした?」
お互い席に着き、茶を用意してもらう。そして二人きりになった後、話を切り出してみる。リヒトはまだ何か言いづらそうに視線を下げている。だが、少しするとつっと顔をあげた。そこにはもう迷いはない。
「ずっと、あまり思い出さないようにしていたことがありました。
ちゃんと思い出すと、後悔のあまりあの日から抜け出せなくなるから、と。
スラン皇子が、スーハル皇子の兄上が遺体となって発見される、前夜のことです」
兄上が亡くなる、前夜。そう言えば、リヒトはその日に兄上と会っていたと言っていた気がする。おそらく兄上が俺を迎えに来る直前まで一緒にいたリヒト。数年経った今でも、兄上を止められなかった後悔は色濃く残っていることがその表情からわかる。
「あの日、スラン皇子はあなたの産まれた日のことを話されました。
そして、母君であるリゼッタ妃のことも少し。
ただ、スラン皇子も詳しいことは存じ上げなかったようですが」
俺が産まれた日? なんだ、嵐がすごくて、とかそういう話? わけがわからず首をかしげていると、リヒトは恐らく兄上から聞いたのであろうその話をしてくれた。思い出さないようにしていたという割には、その話は詳細で。その日に込められたリヒトの後悔の強さに触れた気がした。
リヒトの話によると、俺の妊娠が分かったときショコランティエは怒り狂ったらしい。自分のもとには息子を産んだあとろくに来なかったくせに、兄上の後にも子を孕んだ母に対して。なんという理不尽な怒り。そう言うのは全部あいつに向けてほしいものだ。
その時に、俺が幼いころ暮らしていたあの家に移ったと。そして、周り全部が信頼できない中俺を産むことになった母、そして兄と侍女は出産の知識を身に付けたりと必死に頑張ったらしい。その努力のおかげで俺は無事に産まれてこれた。光と共に。
その光のことを精霊の祝福、と母は言っていたようだ。
呪われているという言われている皇族、皇国の人間は魔法を使う際の言葉に意味を持たない。あってもなくても威力は変わらない。だが、俺は違う。きちんとその言葉は意味を持ち、威力が増幅される。この違いは、産まれた際の光に関係するのかもしれない。
「あなたの母君は、出生を精霊に祝福されたあなたを見て、救われたそうです。
スラン皇子も」
「母上と兄上が、救われた?」
「はい。
リゼッタ妃はもともと、神に愛された民だったそうです。
それがエキストプレーンに見初められたがために、堕ちた身となってしまったと嘆いていた、と。
エキストプレーンを悪魔と呼ぶほどに。
そうして嘆いていたリゼッタ妃をスラン皇子は救えなかった、とおしゃっていました。
そんなリゼッタ妃をあなたが救い、母君を救えずに苦しんでいたスラン皇子も共に救われたとおっしゃっていました」
そんな、事が。もしも、俺が本当に二人の救いになれていたのなら。だが、それが理由で二人が俺のために亡くなったのだとしたら。もうどんな思いを抱いたらいいのかわからない。でも。
「話してくれてありがとう、リヒト。
特に、母上の話を聞く機会はとても少ないから、少しでも聞くことができて嬉しいよ」
「いいえ……。
お伝えするのが遅くなってしまい、申し訳ございません」
ああ、もう。リヒトは本当にまじめだ。その日を思い出すのもつらいというのに、俺のために必死に思い出して、こうして伝えてくれた。きっと兄上がそれを望んでいたから、とリヒトは言っていたけれど、それでも嬉しかった。
リヒトの後悔はきっと一生付きまとう。死者相手の後悔は、もうやり直すことはできないから。上書きするしか手はないが、それでも完全になくすことは難しいだろう。でも、話し終わった後の、多少すっきりとした顔のリヒトを見て、少しだけでもこれで気持ちが軽くなっていればいいのに、と俺は心の中で願った。
ふと、リヒトを見ていて思う。リヒトは母のことを知っているのだろうか。あまり誰かに母のことを話したり、聞いたりすることはない。でも、先ほどのことを受けてなんだか気になってしまっていた。
「なあ、リヒト。
リヒトは母上のことを知っている?」
そう声をかけると、リヒトは少しだけ動きを止めてこちらを見る。
「どうして、急に?」
「先ほどの茶会で母上の話になったんだ。
それで、俺は母上のことをほとんど知らないなって」
「私もほとんど存じ上げません。
ですが、何度か見かけたことがあります。
本当に美しい方でした。
そういえば……、一度だけスラン皇子から聞いたような……」
そこでリヒトは口元を手で覆う。その顔色は青い。え、急にどうした!?
「大丈夫!?」
「ええ、大丈夫です。
すみません……。
皇子は確か、リゼッタ妃がこの国の民ではないとおっしゃっていました。
流浪の民だったと」
「母上が、流浪の民?」
この国の民ですらなかったなんて。それにしてもこの世界、流浪の民なんていたのか。ますます母の出身がわからない。
「スーハル皇子、お忙しいとは承知していますが今晩少しお時間をいただけますか?」
顔色は青いまま、リヒトは改まった顔でそういう。確かに少しずつ執務を任されるようになって以前は忙しいけど、リヒトほどではない。きっと何か大事な話なのだろう。俺がうなずくと、夜に俺の部屋に行く、と言った。
なんだか最近はこうして夜誰かと話すことが多い気がする。前は話し相手と言えばシャリラントくらいだったんだが。寝る支度を整え、自室でぼうっとそんなことを考えているとノックの音が聞こえた。どうぞ、と声をかけると昼間よりもラフな格好をしたリヒトが入ってくる。顔色は良くなったようで何よりだ。
「それでどうした?」
お互い席に着き、茶を用意してもらう。そして二人きりになった後、話を切り出してみる。リヒトはまだ何か言いづらそうに視線を下げている。だが、少しするとつっと顔をあげた。そこにはもう迷いはない。
「ずっと、あまり思い出さないようにしていたことがありました。
ちゃんと思い出すと、後悔のあまりあの日から抜け出せなくなるから、と。
スラン皇子が、スーハル皇子の兄上が遺体となって発見される、前夜のことです」
兄上が亡くなる、前夜。そう言えば、リヒトはその日に兄上と会っていたと言っていた気がする。おそらく兄上が俺を迎えに来る直前まで一緒にいたリヒト。数年経った今でも、兄上を止められなかった後悔は色濃く残っていることがその表情からわかる。
「あの日、スラン皇子はあなたの産まれた日のことを話されました。
そして、母君であるリゼッタ妃のことも少し。
ただ、スラン皇子も詳しいことは存じ上げなかったようですが」
俺が産まれた日? なんだ、嵐がすごくて、とかそういう話? わけがわからず首をかしげていると、リヒトは恐らく兄上から聞いたのであろうその話をしてくれた。思い出さないようにしていたという割には、その話は詳細で。その日に込められたリヒトの後悔の強さに触れた気がした。
リヒトの話によると、俺の妊娠が分かったときショコランティエは怒り狂ったらしい。自分のもとには息子を産んだあとろくに来なかったくせに、兄上の後にも子を孕んだ母に対して。なんという理不尽な怒り。そう言うのは全部あいつに向けてほしいものだ。
その時に、俺が幼いころ暮らしていたあの家に移ったと。そして、周り全部が信頼できない中俺を産むことになった母、そして兄と侍女は出産の知識を身に付けたりと必死に頑張ったらしい。その努力のおかげで俺は無事に産まれてこれた。光と共に。
その光のことを精霊の祝福、と母は言っていたようだ。
呪われているという言われている皇族、皇国の人間は魔法を使う際の言葉に意味を持たない。あってもなくても威力は変わらない。だが、俺は違う。きちんとその言葉は意味を持ち、威力が増幅される。この違いは、産まれた際の光に関係するのかもしれない。
「あなたの母君は、出生を精霊に祝福されたあなたを見て、救われたそうです。
スラン皇子も」
「母上と兄上が、救われた?」
「はい。
リゼッタ妃はもともと、神に愛された民だったそうです。
それがエキストプレーンに見初められたがために、堕ちた身となってしまったと嘆いていた、と。
エキストプレーンを悪魔と呼ぶほどに。
そうして嘆いていたリゼッタ妃をスラン皇子は救えなかった、とおしゃっていました。
そんなリゼッタ妃をあなたが救い、母君を救えずに苦しんでいたスラン皇子も共に救われたとおっしゃっていました」
そんな、事が。もしも、俺が本当に二人の救いになれていたのなら。だが、それが理由で二人が俺のために亡くなったのだとしたら。もうどんな思いを抱いたらいいのかわからない。でも。
「話してくれてありがとう、リヒト。
特に、母上の話を聞く機会はとても少ないから、少しでも聞くことができて嬉しいよ」
「いいえ……。
お伝えするのが遅くなってしまい、申し訳ございません」
ああ、もう。リヒトは本当にまじめだ。その日を思い出すのもつらいというのに、俺のために必死に思い出して、こうして伝えてくれた。きっと兄上がそれを望んでいたから、とリヒトは言っていたけれど、それでも嬉しかった。
リヒトの後悔はきっと一生付きまとう。死者相手の後悔は、もうやり直すことはできないから。上書きするしか手はないが、それでも完全になくすことは難しいだろう。でも、話し終わった後の、多少すっきりとした顔のリヒトを見て、少しだけでもこれで気持ちが軽くなっていればいいのに、と俺は心の中で願った。
20
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる