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6章 再会と神島
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しおりを挟む神島について3日目、俺はリーンスタさんと共にミラの民に会いに来ていた。服装は一昨日リーンスタさんが着ていたものに似ている。少し意匠が異なり、色も黒。これは昨日リーンスタさんにもらったものだ。今日はこれを着てほしい、と。
「緊張している?」
「ちょ、ちょっと……。
リーンスタさんに会うまで、そもそも母上の親族がいること自体考えたことがなかったんです。
それがまさかこんなことになるなんて」
「まあ、こちらとしてもリゼッタの子に会えるとは思っていなかったよ」
初めはそんな雑談をしながら馬車は順調に進んでいった。だが、馬車が進むにつれてリーンスタさんは無言になっていく。どうしよう、と戸惑いはするけれど、結局何も言えない。
「そういえば……、リゼッタの懐中時計は今日も持ってきているね?」
ようやく話したと思うと、聞いてきたのは懐中時計のこと。どうしてだろう、と思いつつもうなずく。懐中時計は常に持っているからもちろんある。懐から時計を取り出してみると、リーンスタさんはほっとした顔をする。
そしてそのまま馬車は目的地へと着いた。
馬車から降りるとそこには懐かしい黒髪の集団がいた。日本だとこの光景って当たり前だけれど、この世界では本当に見ない。もちろん年老いて髪が白くなっている人もいるけれど。って、固まっている場合じゃなかった。
「長老、リゼッタの子であるスーベルハーニを連れてきました」
「ああ……、ああ……。
ようやく会えたな、スーベルハーニ」
見事な白髪とひげを蓄えたご老人が涙を浮かべながら俺の手を取る。ようやく、って言われても俺この人のこと知らないんだが。
「長老、スーベルハーニが戸惑っています」
「ああ、これはすまなかった。
私はリョーシャ。
ミラの民の長老であり、リーンスタとリゼッタの父。
つまりそなたの祖父にあたる」
「おじい様……」
まさかここにきて祖父に会うなんて。いや、確かにおかしな話ではない。けれど、想像していなかったのだ。こんなにも俺には近しい親族がいたのか。って、感慨にふけっている場合ではない。
「あの、今日は成人の儀を行うと聞いています」
「え、あ、ああ、そうだ。
だがその前にやりたいことがある。
リゼッタの懐中時計はそなたが持っているのか?」
「はい、持っています」
成人の儀の前にやりたいこと。それが何かわからないけれど、ひとまず懐中時計を取り出す。それを請われるままに長老、リョーシャ様に渡した。
「ああ、懐かしいな、この装飾。
間違いなくリゼッタのものだ」
いとおしそうに懐中時計をなでた後にリョーシャ様は何かをつぶやく。すると懐中時計がほんのりと光りだした。
「ああ……。
リゼッタ、そなたは本当に母になったのだな。
そして、そなたの無念が伝わってくるようだ」
「あの……?」
懐中時計を見ていたリョーシャ様はとうとうその目から涙をこぼした。どうしたら、と戸惑っている間に後ろに控えていたミラの民がリョーシャ様の肩を支える。リーンスタさんのほうを見ると、長老の手の中を見てごらん、と言われた。
「これは……髪?」
「……ミラの民が子に渡す懐中時計はね、遺髪入れでもあるんだ。
前に言ったことがあるだろう?
ミラの民は各地に散らばっていると。
時には仲間のもとで旅立てないものもいる。
だから、せめてその一部は還れるようにって……。
この部分は持ち主の血に連なるものしか開けられないようになっている」
遺髪入れ? そんな役割があったのか。母上はやはり還りたかったのだろう、故郷に。だから俺に自分の一部が入っている懐中時計を託したのかもしれない。
「きっとリゼッタは君たちにも懐中時計を贈りたかったはずだ。
……そなたの兄はスランクレトというのか?」
「え、あ、はい、そうです」
ここでどうして急に兄上の名前が? 不思議に思っていると、ほら、ともう一度懐中時計を見せられる。パッと見た時も思ったが、やっぱり3束ある。それもそれぞれ長さが違う。
「これがリゼッタ、これがスランクレト、これがスーベルハーニのものだ。
小さいがタグが付けられている」
「本当だ……」
「リゼッタは親としての責を精一杯果たしたのだな」
親としての責。ミラの民にとって髪を遺すということがどれほど大切なことなのか俺にはきちんとは理解できない。でも、リョーシャ様や周りの人たちの反応を見ると、とても大切なものだと伝わってくる。
「やっぱり、リゼッタは君を、そして君の兄を愛していたよ。
じゃないとこんなことしない」
「リーンスタさん……」
漠然となら理解できる。これがミラの民にとっての親の愛情表現となることを。懐中時計そのものは用意できなかったあの皇宮で、せめて母が想う一番大切なものだけは遺せるように。
「スーベルハーニ、これは君が持っていてくれ。
本来なら、懐中時計は持ち主と共に眠りにつくが、きっとこれは君が持っていることが正しい。
……リゼッタとスランクレトはこちらの方法で弔いたいと思うが、よいか?」
「こちらの方法、ですか?」
首を軽く傾げた俺に親族たちが簡単に説明をしてくれた。要するに亡き人を天へと送ることらしい。皇国で暮らしていながらも決してミラの民としての誇りを捨てていなかった母はきっとその方がいいだろう。俺に遺髪が入った懐中時計を託したくらいだし。兄上もきっとうれしいはず。そう答えると長老はありがとう、といった。
懐中時計から遺髪が取り出される。俺の髪も入っていたわけだが、それはこのまま取っておくといい、と言われた。まだ黒髪だったころのものだ。これはもしかして赤ちゃんの時の髪か?
「本当にハールは黒髪だったんだな。
リゼッタの子だから当たり前ではあるが」
そう言いながら懐中時計を覗くリーンスタさん。その言葉にひとまずそうなんです、とだけ返しておいた。
「これを」
そばにいた人から受け取ったものを俺に渡してくる。それを受け取ると、それは手のひらに収まる紙で作られたランタンのようだった。それはリーンスタさんの手にも渡される。
「それでは、始めるぞ。
リーンスタはリゼッタの、スーベルハーニはスランクレトのを頼んだ」
「「はい」」
俺たちの答えにうなずきを返すとリョーシャ様がランタンに手を当てて何かをつぶやき始める。その言葉を正確に聞き取ることはできないが、優しい声で紡がれるそれはどこかもの悲しい。
徐々にランタンに光がともる。それでも熱くはない。
やがてリョーシャ様がこちらを見てきた。合図を受けて手に持っていた兄上の遺髪をランタンの中に入れる。そしてそれを空に押し上げた。周りで見ていた人も手に持ったランタンを空に上げる。リーンスタさんも同じようにしていた。
「きれい、ですね」
明るい空に浮かび上がる多くのランタン。それを少し眺めた後に目をつむり手を合わせる。もうずいぶんと長い時間がたってしまったが、それでも今も願う。母上と兄上がどうか安らかに眠れますように、と。そしてできることならば、笑顔があふれるような来世を送っていますように。
目を開けるとすでにランタンは空高く浮かび上がっていた。
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