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第1章 幽霊探偵
第4話
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小春日和のある日。葉桜は、妻の死後初めて生身の女を抱いた。そそのかしたのは、ほかでもない琴絵だった。
きっかけは留守番電話だった。依頼を二つ片付けて事務所へ戻り、点滅する再生ボタンを押すと、若い女性の声が吹き込まれていた。
『ライターの加賀一咲と申します。幽霊案件を得意とする葉桜さんの特集記事を組みたいと考えております……』
(声はかわいいな)
頭に浮かんだのはそれだけだったが、琴絵に見抜かれた。住居にしている奥の部屋へ移動する間もなく襲われた。
「おいっ……まだ、仕事中……」
「仕事以外のこと、考えたでしょ」
「あの、なぁっ……」
妻は嫉妬深い。拗ねるだけならかわいいが、文字通り命を搾り取られる。デスクに寄りかかった体勢で、何とか自制心を保とうとした。
(やばい……今日、は……神経削られたから、コントロールがっ……)
二件とも凄惨な事件で、霊の恨みが深かった。琴絵の力のみならず、自分の精神も限界まで集中させた。何とか鎮めたものの、精魂尽き果てた。そこへ来て、幽体とはいえ愛する女に愛撫されれば、身も心も差し出したくなる。それこそ、魂を。
(もっと……二人でこの世にいたい……それじゃ駄目なのか? 琴絵っ……)
生と死の狭間に彼女を留めおきたいのは、男のわがままにすぎないのだろうか。精を吸って放つまばゆい光は、命の輝きではないのか。
(俺を吸い尽くしたら……生き返ったりしてな……ハハ、もう駄目だ。思考がおかしい……)
生前と決して変わることのない、細いウエストに手を伸ばした。そこは今、彼女の意志によって実体がある。
「康平さん……」
「琴絵」
自分の中のわずかばかりの理性を狂気と入れ替えようとした時、電話のコール音が響いた。留守番電話のアナウンス……ピーっという電子音。
『たびたびすみません、ライターの加賀と申します。東雲警部から、葉桜さんが明日、警視庁にみえるとお聞きしました。よろしければその時に、ご挨拶だけでもできたらと思います。よろしくお願い致します』
機械を通してであっても、生きている女の声は、正気をかき集める力をくれた。葉桜の意識の変化を感じ取った琴絵は、ぷいっと顔を背け、天井の向こうへ消えた。
「はぁ……」
彼女を傷つけたいわけじゃない。葉桜は身なりを整え、屋上へ向かった。
「琴絵。いるんだろ」
頭上は星空。帰ってきたのは日暮れ前だが、行為の間に思ったより時が過ぎていた。コツコツと靴音を響かせ、端まで行って手すりに手を乗せると、ふわりと細い指が重なった。体のほかの部分は見えない。
「怒るなよ。取材なんか受けないから」
「宣伝になるのに?」
声が脳に直接響く。無数の星のどれかひとつから降ってきたような錯覚を覚える。
「この五年間、そんなものなくたってやってこられた。お前のおかげだ。顔、見せてくれよ……寂しいからさ」
「加賀さんに会う?」
「会わないよ」
「会って」
「だから……え?」
「彼女、最近何度か、東雲警部と会ってる」
「ああ、そういう……」
面倒なことは片付けておけと言いたいようだ。邪な想像をした自分に苦笑する。本当に近頃は、理性などあってないようなものだ。
体の向きを変えて手すりに背を預けた。足の下には五階分の空間があるが、葉桜が使っている区画以外は空室だ。空虚を踏み、虚空と会話をしている。
(あー……やっぱり今日は……疲れた、な……)
怨霊の断末魔の叫びが、耳に残っている。琴絵がバリアを張ってくれたから直接のダメージはないが、精神が傷ついている。身体を蝕むのも時間の問題だ。
「気晴らしが必要でしょ? だから……ね?」
傍らに現れた妻が耳元で囁いたのは、不貞の誘い。罠だと感じたが、微笑みをもって答えた。
(健やかなる時も病める時も……狂う時も、一緒だ)
きっかけは留守番電話だった。依頼を二つ片付けて事務所へ戻り、点滅する再生ボタンを押すと、若い女性の声が吹き込まれていた。
『ライターの加賀一咲と申します。幽霊案件を得意とする葉桜さんの特集記事を組みたいと考えております……』
(声はかわいいな)
頭に浮かんだのはそれだけだったが、琴絵に見抜かれた。住居にしている奥の部屋へ移動する間もなく襲われた。
「おいっ……まだ、仕事中……」
「仕事以外のこと、考えたでしょ」
「あの、なぁっ……」
妻は嫉妬深い。拗ねるだけならかわいいが、文字通り命を搾り取られる。デスクに寄りかかった体勢で、何とか自制心を保とうとした。
(やばい……今日、は……神経削られたから、コントロールがっ……)
二件とも凄惨な事件で、霊の恨みが深かった。琴絵の力のみならず、自分の精神も限界まで集中させた。何とか鎮めたものの、精魂尽き果てた。そこへ来て、幽体とはいえ愛する女に愛撫されれば、身も心も差し出したくなる。それこそ、魂を。
(もっと……二人でこの世にいたい……それじゃ駄目なのか? 琴絵っ……)
生と死の狭間に彼女を留めおきたいのは、男のわがままにすぎないのだろうか。精を吸って放つまばゆい光は、命の輝きではないのか。
(俺を吸い尽くしたら……生き返ったりしてな……ハハ、もう駄目だ。思考がおかしい……)
生前と決して変わることのない、細いウエストに手を伸ばした。そこは今、彼女の意志によって実体がある。
「康平さん……」
「琴絵」
自分の中のわずかばかりの理性を狂気と入れ替えようとした時、電話のコール音が響いた。留守番電話のアナウンス……ピーっという電子音。
『たびたびすみません、ライターの加賀と申します。東雲警部から、葉桜さんが明日、警視庁にみえるとお聞きしました。よろしければその時に、ご挨拶だけでもできたらと思います。よろしくお願い致します』
機械を通してであっても、生きている女の声は、正気をかき集める力をくれた。葉桜の意識の変化を感じ取った琴絵は、ぷいっと顔を背け、天井の向こうへ消えた。
「はぁ……」
彼女を傷つけたいわけじゃない。葉桜は身なりを整え、屋上へ向かった。
「琴絵。いるんだろ」
頭上は星空。帰ってきたのは日暮れ前だが、行為の間に思ったより時が過ぎていた。コツコツと靴音を響かせ、端まで行って手すりに手を乗せると、ふわりと細い指が重なった。体のほかの部分は見えない。
「怒るなよ。取材なんか受けないから」
「宣伝になるのに?」
声が脳に直接響く。無数の星のどれかひとつから降ってきたような錯覚を覚える。
「この五年間、そんなものなくたってやってこられた。お前のおかげだ。顔、見せてくれよ……寂しいからさ」
「加賀さんに会う?」
「会わないよ」
「会って」
「だから……え?」
「彼女、最近何度か、東雲警部と会ってる」
「ああ、そういう……」
面倒なことは片付けておけと言いたいようだ。邪な想像をした自分に苦笑する。本当に近頃は、理性などあってないようなものだ。
体の向きを変えて手すりに背を預けた。足の下には五階分の空間があるが、葉桜が使っている区画以外は空室だ。空虚を踏み、虚空と会話をしている。
(あー……やっぱり今日は……疲れた、な……)
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