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第1章 幽霊探偵
第13話
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「まったく、何て声だ。まだ耳がおかしい」
「すみません……」
規制線の外には野次馬と報道陣。時間が経ち、多少、数が減ってきてはいるが。
部下の恐慌は、あれから地元警察が駆けつけるまで続いた。その中に大崎の同期がいて、「お前、またかよ。少し眠ってろ」と手刀で気絶させてくれたのは助かった。
「松井君に聞いたんだが、君はお化け屋敷も駄目なんだってな」
「ああいう、『何か』集まりそうな場所、苦手なんですよ……。サークルの合宿での話、聞きましたか」
「肝試しで組んで、えらい目に遭ったと言っていた」
「あいつ、鈍いんで。僕が行ってほしくない方にどんどん行くんです」
目を覚ましたものの大崎は中へ入れず、本来管轄外でもあるため、メインの捜査は松井たちに任せている。東雲は大崎のお守りをしながら、中から送られてくる画像を元に真相に迫ろうとしている。
「しかし……彼女がずっと彼のそばにいたのだとすれば、だ。なぜ君は、尾行した時にパニックを起こさなかったんだ?」
「知りませんよ。僕のアンテナ、いい加減なんで当てにしないでください」
「さっきは見事だったぞ」
「思い出させないでくださいっ」
悪いとは思いながらも軽口に付き合わせているのは、いやな感じが拭えないためだ。数時間経つが、琴絵は出てこない。
葉桜を追って、葉桜の行動を読んでここまで来たら、彼の妻がいた。幽霊だが。彼女は、葉桜が中にいる前提で問いかけた東雲の言葉を、その意味では否定しなかった。
――何をもって無事と言うかによるでしょうね。
――渡しません。
一縷の望みを捨てられずにいるのは、葉桜がこの五年、確かに同じ世界で生きていたからだ。
「怪奇小説じゃあるまいし……ん?」
新たな画像が届いた。添えられたメッセージを読みながら、血の気が引いていく。
『サイドテーブルの下にからくり。これ自体はオーナーの趣味か。床下収納に押し込まれたデイパック。中身は二枚目以降』
ベッド脇のテーブルに仕掛けがあり、床下に荷物が隠されていた、と。東雲は叫びたいのを堪えて妙な声を漏らした。
「警部? 警部! 真っ青ですよ! こっちへ……」
ペンションの裏手に、宿泊客用のベンチが置かれていた。野次馬の目から逃れられたのがありがたい。不安そうに見守る大崎を横に座らせ、画像を見るよう促した。
「アレは写っていないから」
「う……はい」
大崎は一枚一枚、画像と東雲の顔を見比べた。言いたいことはわかる。こちらの胸の内もお見通しだろう。
見覚えのあるデイパック。気に入ってよく着ていた休日用の服。そろそろ替えないとなあと笑っていた、端がほつれた財布。キーケースは、琴絵からの最初のプレゼント。そして……未使用の、帰路の特急券。日付は五年前。
「海へ行くと言ってたんだ……。琴絵さんが亡くなったのは、あいつの休暇の一日目だった。どうしてわかる? あいつは……今まで我々が見ていた彼は、二日間連絡が取れなかったが、ちゃんと現れて……」
「違和感はなかったんですか」
思い返し、首を横に振った。
「持ち物や服装の変化には、無論気付いた。特にキーケースはな。だが、琴絵さんの死を乗り越えるためだとばかり……」
「誰かがなりすましていた……いえ、今もなりすましている可能性は?」
「君なあ。怖がりのくせに核心を突いてくるじゃないか」
いた、と、いる。意味が大きく変わってくる。
「警部の顔色の方が正直ですよ……」
二人、海を眺める。生きている葉桜康平が最後に見た海は、何色だったのだろうか。
東雲のスマートフォンが着信を告げた。
「松井君だな。出てくれるか」
「はい。松井……ああ、見た。警部に確認してもらったよ。……そうだな。信じられないけど、手は尽くした方がいい……」
電話を終えた大崎は、重い声で「歯型で鑑定するそうです」と伝えた。東雲は頷き、
「ギリギリだな」と涙声になった。カルテの保存期間は五年だ。
「とにかく、待ちますか」
「それしかあるまい……」
一刻も早く真相を突き止めるのが職務だというのに、二人は願った。葉桜は、歯の治療なんかしていないかもしれない。通院歴があるとしても、その歯医者は今日、休みかもしれない。五年より前のことで、診療録が残っていないかもしれない……。
願い空しく結果が判明したのは二時間後。出てきた松井が直接二人に報告した。口を開く前に答えはわかった。この手のことに鈍いと言われる松井も、厳然たる事実に打ちひしがれている様子だ。
「葉桜君……なんだね」
「ええ。あの白骨体は、葉桜康平のものに間違いありません」
「じゃあ、一昨日、O市のホテルに泊まって行方をくらましたのは……べ、別人だよな!?」
「大崎、気持ちはわかるが事実から目を逸らすな。一連の事件の記録は俺も見た。O市の件もな。指紋、DNA鑑定……それに歯型。証拠がそろいすぎてる。同一人物だ」
悲鳴を上げる余裕すらなくふらりと倒れかけた青年を、両脇から支える。
「ったく……ほら、座れ」
「松井、だったらあの人は何なんだよ……ゾンビ? 幽霊? 実体あるの? ないの? 何で五年も……」
「さあな。俺はそっち方面はさっぱりなんだが……。お前から聞いた昨夜の話と合わせて考えると……夫婦喧嘩の落としどころが見つからないんじゃねーの?」
「じゃ、じゃあまた出てくる!? 仲直りさせればいいのかっ?」
「どうだろうな、旦那の白骨体を発見させたってことは……ま、喧嘩するほど仲がいいってね」
それじゃ困るんだよぉっと松井に掴みかかる大崎をベンチに残し、東雲は浜辺へ向かった。ただ歩きたかった。
「すみません……」
規制線の外には野次馬と報道陣。時間が経ち、多少、数が減ってきてはいるが。
部下の恐慌は、あれから地元警察が駆けつけるまで続いた。その中に大崎の同期がいて、「お前、またかよ。少し眠ってろ」と手刀で気絶させてくれたのは助かった。
「松井君に聞いたんだが、君はお化け屋敷も駄目なんだってな」
「ああいう、『何か』集まりそうな場所、苦手なんですよ……。サークルの合宿での話、聞きましたか」
「肝試しで組んで、えらい目に遭ったと言っていた」
「あいつ、鈍いんで。僕が行ってほしくない方にどんどん行くんです」
目を覚ましたものの大崎は中へ入れず、本来管轄外でもあるため、メインの捜査は松井たちに任せている。東雲は大崎のお守りをしながら、中から送られてくる画像を元に真相に迫ろうとしている。
「しかし……彼女がずっと彼のそばにいたのだとすれば、だ。なぜ君は、尾行した時にパニックを起こさなかったんだ?」
「知りませんよ。僕のアンテナ、いい加減なんで当てにしないでください」
「さっきは見事だったぞ」
「思い出させないでくださいっ」
悪いとは思いながらも軽口に付き合わせているのは、いやな感じが拭えないためだ。数時間経つが、琴絵は出てこない。
葉桜を追って、葉桜の行動を読んでここまで来たら、彼の妻がいた。幽霊だが。彼女は、葉桜が中にいる前提で問いかけた東雲の言葉を、その意味では否定しなかった。
――何をもって無事と言うかによるでしょうね。
――渡しません。
一縷の望みを捨てられずにいるのは、葉桜がこの五年、確かに同じ世界で生きていたからだ。
「怪奇小説じゃあるまいし……ん?」
新たな画像が届いた。添えられたメッセージを読みながら、血の気が引いていく。
『サイドテーブルの下にからくり。これ自体はオーナーの趣味か。床下収納に押し込まれたデイパック。中身は二枚目以降』
ベッド脇のテーブルに仕掛けがあり、床下に荷物が隠されていた、と。東雲は叫びたいのを堪えて妙な声を漏らした。
「警部? 警部! 真っ青ですよ! こっちへ……」
ペンションの裏手に、宿泊客用のベンチが置かれていた。野次馬の目から逃れられたのがありがたい。不安そうに見守る大崎を横に座らせ、画像を見るよう促した。
「アレは写っていないから」
「う……はい」
大崎は一枚一枚、画像と東雲の顔を見比べた。言いたいことはわかる。こちらの胸の内もお見通しだろう。
見覚えのあるデイパック。気に入ってよく着ていた休日用の服。そろそろ替えないとなあと笑っていた、端がほつれた財布。キーケースは、琴絵からの最初のプレゼント。そして……未使用の、帰路の特急券。日付は五年前。
「海へ行くと言ってたんだ……。琴絵さんが亡くなったのは、あいつの休暇の一日目だった。どうしてわかる? あいつは……今まで我々が見ていた彼は、二日間連絡が取れなかったが、ちゃんと現れて……」
「違和感はなかったんですか」
思い返し、首を横に振った。
「持ち物や服装の変化には、無論気付いた。特にキーケースはな。だが、琴絵さんの死を乗り越えるためだとばかり……」
「誰かがなりすましていた……いえ、今もなりすましている可能性は?」
「君なあ。怖がりのくせに核心を突いてくるじゃないか」
いた、と、いる。意味が大きく変わってくる。
「警部の顔色の方が正直ですよ……」
二人、海を眺める。生きている葉桜康平が最後に見た海は、何色だったのだろうか。
東雲のスマートフォンが着信を告げた。
「松井君だな。出てくれるか」
「はい。松井……ああ、見た。警部に確認してもらったよ。……そうだな。信じられないけど、手は尽くした方がいい……」
電話を終えた大崎は、重い声で「歯型で鑑定するそうです」と伝えた。東雲は頷き、
「ギリギリだな」と涙声になった。カルテの保存期間は五年だ。
「とにかく、待ちますか」
「それしかあるまい……」
一刻も早く真相を突き止めるのが職務だというのに、二人は願った。葉桜は、歯の治療なんかしていないかもしれない。通院歴があるとしても、その歯医者は今日、休みかもしれない。五年より前のことで、診療録が残っていないかもしれない……。
願い空しく結果が判明したのは二時間後。出てきた松井が直接二人に報告した。口を開く前に答えはわかった。この手のことに鈍いと言われる松井も、厳然たる事実に打ちひしがれている様子だ。
「葉桜君……なんだね」
「ええ。あの白骨体は、葉桜康平のものに間違いありません」
「じゃあ、一昨日、O市のホテルに泊まって行方をくらましたのは……べ、別人だよな!?」
「大崎、気持ちはわかるが事実から目を逸らすな。一連の事件の記録は俺も見た。O市の件もな。指紋、DNA鑑定……それに歯型。証拠がそろいすぎてる。同一人物だ」
悲鳴を上げる余裕すらなくふらりと倒れかけた青年を、両脇から支える。
「ったく……ほら、座れ」
「松井、だったらあの人は何なんだよ……ゾンビ? 幽霊? 実体あるの? ないの? 何で五年も……」
「さあな。俺はそっち方面はさっぱりなんだが……。お前から聞いた昨夜の話と合わせて考えると……夫婦喧嘩の落としどころが見つからないんじゃねーの?」
「じゃ、じゃあまた出てくる!? 仲直りさせればいいのかっ?」
「どうだろうな、旦那の白骨体を発見させたってことは……ま、喧嘩するほど仲がいいってね」
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