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第1章 幽霊探偵
第14話
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砂に刻まれる足跡。わざと波打ち際を歩いてみても、次の波が来れば痕跡は消えていく。昨夜の出来事も、葉桜探偵との五年間も、儚い夢だったのだろうか。それでは死んだ女たちのことと辻褄が合わなくなる……。
「真実は、琴絵さんが波のようにさらっていってしまったか……」
五年前に死んだ男を、現在起きた事件の容疑者として報告するわけにはいかない。
迷宮入りかと自嘲の笑みを浮かべた時、「こんにちは」と背後から声をかけられた。情けないことだが、びくっと震えてしまう。振り向くと、見知らぬ女が立っていた。
「ああ、どうも」
「今日は朝から騒がしいですね」
「ある事件を捜査しておりまして、うるさくして大変申し訳ない」
「いえ、御苦労様です。では」
「はぁ、どうも」
再び歩き出した女は、波打ち際へ足跡を刻む。波がそれを次々に消していく。黄昏時。人の顔が見分けにくくなり、魔と出会いやすい時間とも言われる。
「けいぶー! 今日はもう引き上げましょうよー」
半泣きの大崎に呼ばれ、ふと女の背から目を離した。上へ戻る途中で一度だけ振り返ると、女の姿が消えかけているような気がした。砂に刻まれるはずの足跡も、ここからは見えない――いや、刻まれていないのか。
(何を馬鹿な。さっきは確かに)
「けーぶーっ」
「わかった、わかった。今行くよ」
一日中恐怖と戦った部下にうまいものを食わせてやろうと、急ぎ足になった東雲には、女の冷え切った呟きは届かなかった。
「やっと死んでくれた……魂までも」
上へ戻ると、松井たちも引き上げる準備をしていた。
「よかったら夕食をご一緒に。うまい店があるんですよ。こいつのことも心配ですしね」
「おお、それはありがたい」
子供扱いするなよっとふくれた大崎は、威勢はいいが行動が伴わない。松井のコートの裾にしっかり掴まっている。
「はいはい。お前はこっちな。俺と一緒」
K県警のパトカー。助手席側のドアに誘導され、乗り込むために松井から手を離した大崎が、ぐらりとよろけた。
「あ……」
「孝信っ」
「大崎君っ」
地面に激突しそうになったのを、松井に抱えられ、東雲の腕に掴まって免れた。自分でもよほど驚いたのか、体勢を戻すまでに数秒あった。
「ふう……。ごめん」
「大丈夫かお前……。ホテルとってあるから、先に連れてってやろうか?」
「この状況で僕が一人になれると思う?」
「ま、無理だな」
「だろ? すみません、警部」
「いや。さあ、乗った」
「はい」
誰一人として、気付かなかった。
大崎は、落ち着いていた。
東雲はホッとして、自分が乗ってきた車に向かった。
運転席に座った松井は、怖がりの友人に、運転中も服を引っ張られることを覚悟していたが、そうはならなかった。大崎孝信なら、ペンションから目を逸らし、早く離れたがるはずだ。だが隣に座った男は、白骨体が発見された建物が完全に視界から消えるまで、ひたと見つめていた。自らの存在を、永遠にそこに刻み付けるかのように――。
「大変だったな。何なら、今夜は俺んとこに来てもいいぞ」
見かねた松井は、友人の頭をなでて労わった。恐怖が頂点を突破して、精神が崩壊する寸前なのかもしれない。目が離せない。
「ありがと。その方がいいかもなあ」
素直に甘えてくる様子に頬が緩んだ。今日の出来事は自分でもこたえているのだから、彼の体質ならなおさらだろう。今は遠慮しているようだが、寝る時は一晩中ひっついてくるに違いない。
運転しながら何度となく助手席に目をやれば、「ん?」と無邪気にこちらを見る。その瞳の奥に揺らめく異様な色を見抜けなかったのは、黄昏のせいなのか――。
「真実は、琴絵さんが波のようにさらっていってしまったか……」
五年前に死んだ男を、現在起きた事件の容疑者として報告するわけにはいかない。
迷宮入りかと自嘲の笑みを浮かべた時、「こんにちは」と背後から声をかけられた。情けないことだが、びくっと震えてしまう。振り向くと、見知らぬ女が立っていた。
「ああ、どうも」
「今日は朝から騒がしいですね」
「ある事件を捜査しておりまして、うるさくして大変申し訳ない」
「いえ、御苦労様です。では」
「はぁ、どうも」
再び歩き出した女は、波打ち際へ足跡を刻む。波がそれを次々に消していく。黄昏時。人の顔が見分けにくくなり、魔と出会いやすい時間とも言われる。
「けいぶー! 今日はもう引き上げましょうよー」
半泣きの大崎に呼ばれ、ふと女の背から目を離した。上へ戻る途中で一度だけ振り返ると、女の姿が消えかけているような気がした。砂に刻まれるはずの足跡も、ここからは見えない――いや、刻まれていないのか。
(何を馬鹿な。さっきは確かに)
「けーぶーっ」
「わかった、わかった。今行くよ」
一日中恐怖と戦った部下にうまいものを食わせてやろうと、急ぎ足になった東雲には、女の冷え切った呟きは届かなかった。
「やっと死んでくれた……魂までも」
上へ戻ると、松井たちも引き上げる準備をしていた。
「よかったら夕食をご一緒に。うまい店があるんですよ。こいつのことも心配ですしね」
「おお、それはありがたい」
子供扱いするなよっとふくれた大崎は、威勢はいいが行動が伴わない。松井のコートの裾にしっかり掴まっている。
「はいはい。お前はこっちな。俺と一緒」
K県警のパトカー。助手席側のドアに誘導され、乗り込むために松井から手を離した大崎が、ぐらりとよろけた。
「あ……」
「孝信っ」
「大崎君っ」
地面に激突しそうになったのを、松井に抱えられ、東雲の腕に掴まって免れた。自分でもよほど驚いたのか、体勢を戻すまでに数秒あった。
「ふう……。ごめん」
「大丈夫かお前……。ホテルとってあるから、先に連れてってやろうか?」
「この状況で僕が一人になれると思う?」
「ま、無理だな」
「だろ? すみません、警部」
「いや。さあ、乗った」
「はい」
誰一人として、気付かなかった。
大崎は、落ち着いていた。
東雲はホッとして、自分が乗ってきた車に向かった。
運転席に座った松井は、怖がりの友人に、運転中も服を引っ張られることを覚悟していたが、そうはならなかった。大崎孝信なら、ペンションから目を逸らし、早く離れたがるはずだ。だが隣に座った男は、白骨体が発見された建物が完全に視界から消えるまで、ひたと見つめていた。自らの存在を、永遠にそこに刻み付けるかのように――。
「大変だったな。何なら、今夜は俺んとこに来てもいいぞ」
見かねた松井は、友人の頭をなでて労わった。恐怖が頂点を突破して、精神が崩壊する寸前なのかもしれない。目が離せない。
「ありがと。その方がいいかもなあ」
素直に甘えてくる様子に頬が緩んだ。今日の出来事は自分でもこたえているのだから、彼の体質ならなおさらだろう。今は遠慮しているようだが、寝る時は一晩中ひっついてくるに違いない。
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