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第2章 若き刑事の苦悩
第2話
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その直後、ドアの外に人が集まり始めた。
「何だ? このドア。開かねーぞ」
「誰だよ、こんなところに鍵かけたのは」
「おーい、開けろー」
ドアを拳で叩いてみても、大声で呼んでみても反応がない。そのうちに、ドアノブは、右にも左にも回らなくなった。
「俺、一抜けた。心霊現象は苦手分野だ」
「大崎みたいなこと言ってんじゃねーよ。よし、ぶち破るか」
職場が職場なだけに、屈強な男がそろっている。開かない扉をタイミングを合わせて破るのはお手のものだ。何かの力が働いているのは明らかで少々手こずったが、十回目にぶつかって開けることができた。素早く身構え、立て籠もっていた人物に飛びかかれるようにした……のだが。
「誰もいない……?」
個室の中もすべて調べたが、人っ子一人いなかった。
大崎は謎の空間に浮かんでいた。入口も出口も見えない、トンネルのような場所だ。上下左右がうねうねと形を変えて気持ち悪い。閉塞感はなく、星のない宇宙空間に来たかのような感じでもある。
さっきまでいたトイレが無性に懐かしい。寒々とした古い庁舎の、決して快適とは言えない場所であっても、あそこには床があった。ただし、あの床に頬をつけて気絶したいとは思わないから、その意味ではホッとした。
目の前の幽霊は、「へぇ」と何やら感心している。きょろきょろしているところを見ると、初めての体験なのだろうか。大崎の視線を受けて、彼は優しく微笑んだ。
(人たらしなんだな)
東雲が必死で追ったのも、幽霊妻が敵意剥き出しで葉桜を守ろうとしたのも、今の笑顔で納得した。説明のつかないことが多すぎるが。
「どこへ行きたい? 連れてってやるぞ」
「……アパート。僕の」
この際、足が何かを踏みしめられるなら文句は言わないが、知っている場所の方がありがたい。
「よし、思い浮かべろ。俺は、こう、お前につかまってるから」
信じられないことだが、肩に手の感触が乗っかった。
(幽霊って通り抜けるもんだろ!? だけどこの人は死んでから五年も人間やってたし規格外なのか?)
「ああ、これな。琴絵の真似してみた。意識を集中させると、その部分が実体化する」
「僕の考えてること、読んだんですかっ」
「ほら、早く。家に帰ろうな」
「言われなくてもっ」
親のところに泊まるのは、なしだ。こんなのを連れて帰るわけにはいかない。狭いながらも楽しい我が家、アパートのベッドを思い浮かべた。
ふっと体が浮いたと思ったら、ふかっと柔らかなものに受け止められた。掛け布団の上だ。この間、新しくしたばかりのベッドカバー。
「帰ってきたー……」
脱力して、寝転がった。
「これは何とも、マメだな。通い妻でもいるのか?」
言いたいことはわかる。大崎の部屋は、整理整頓が行き届いている。窓も柱もピカピカで、窓辺には観葉植物。あまり水をやらなくてもいい種類だ。
「空気も綺麗だ」
葉桜の言うところの「綺麗」が何を指すのか想像したくもないが、そこはちょっと自慢できる。
「清浄なものを呼び込むには、衛生面に気を付けるといいって聞いて」
「この、雪の結晶柄の布団カバーは? 自分で買ったのか」
「母が送ってくれました」
「お袋さんか。いいな」
葉桜琴絵の両親は強盗犯に殺されたと、捜査資料で読んだ。犯人を捕まえることが、葉桜康平の悲願だった。首謀者の次は幹部をと、意気込んでいたという。それが、未練となっているのだろうか。
(どこから何を聞けばいいんだ……)
筋道を立てて、相手が言いたくないことも言わせる。言葉を引き出す。刑事としてのテクニックを駆使するチャンスだ。
だがこの幽霊は、聞かずともしゃべり出すタイプだった。空中に椅子があるかの如く足を組み、依頼人の話を聞く探偵のポーズで、青年をあやすように話し始めた。
「琴絵がな、俺の命がほしいと言ったんだ」
「何だ? このドア。開かねーぞ」
「誰だよ、こんなところに鍵かけたのは」
「おーい、開けろー」
ドアを拳で叩いてみても、大声で呼んでみても反応がない。そのうちに、ドアノブは、右にも左にも回らなくなった。
「俺、一抜けた。心霊現象は苦手分野だ」
「大崎みたいなこと言ってんじゃねーよ。よし、ぶち破るか」
職場が職場なだけに、屈強な男がそろっている。開かない扉をタイミングを合わせて破るのはお手のものだ。何かの力が働いているのは明らかで少々手こずったが、十回目にぶつかって開けることができた。素早く身構え、立て籠もっていた人物に飛びかかれるようにした……のだが。
「誰もいない……?」
個室の中もすべて調べたが、人っ子一人いなかった。
大崎は謎の空間に浮かんでいた。入口も出口も見えない、トンネルのような場所だ。上下左右がうねうねと形を変えて気持ち悪い。閉塞感はなく、星のない宇宙空間に来たかのような感じでもある。
さっきまでいたトイレが無性に懐かしい。寒々とした古い庁舎の、決して快適とは言えない場所であっても、あそこには床があった。ただし、あの床に頬をつけて気絶したいとは思わないから、その意味ではホッとした。
目の前の幽霊は、「へぇ」と何やら感心している。きょろきょろしているところを見ると、初めての体験なのだろうか。大崎の視線を受けて、彼は優しく微笑んだ。
(人たらしなんだな)
東雲が必死で追ったのも、幽霊妻が敵意剥き出しで葉桜を守ろうとしたのも、今の笑顔で納得した。説明のつかないことが多すぎるが。
「どこへ行きたい? 連れてってやるぞ」
「……アパート。僕の」
この際、足が何かを踏みしめられるなら文句は言わないが、知っている場所の方がありがたい。
「よし、思い浮かべろ。俺は、こう、お前につかまってるから」
信じられないことだが、肩に手の感触が乗っかった。
(幽霊って通り抜けるもんだろ!? だけどこの人は死んでから五年も人間やってたし規格外なのか?)
「ああ、これな。琴絵の真似してみた。意識を集中させると、その部分が実体化する」
「僕の考えてること、読んだんですかっ」
「ほら、早く。家に帰ろうな」
「言われなくてもっ」
親のところに泊まるのは、なしだ。こんなのを連れて帰るわけにはいかない。狭いながらも楽しい我が家、アパートのベッドを思い浮かべた。
ふっと体が浮いたと思ったら、ふかっと柔らかなものに受け止められた。掛け布団の上だ。この間、新しくしたばかりのベッドカバー。
「帰ってきたー……」
脱力して、寝転がった。
「これは何とも、マメだな。通い妻でもいるのか?」
言いたいことはわかる。大崎の部屋は、整理整頓が行き届いている。窓も柱もピカピカで、窓辺には観葉植物。あまり水をやらなくてもいい種類だ。
「空気も綺麗だ」
葉桜の言うところの「綺麗」が何を指すのか想像したくもないが、そこはちょっと自慢できる。
「清浄なものを呼び込むには、衛生面に気を付けるといいって聞いて」
「この、雪の結晶柄の布団カバーは? 自分で買ったのか」
「母が送ってくれました」
「お袋さんか。いいな」
葉桜琴絵の両親は強盗犯に殺されたと、捜査資料で読んだ。犯人を捕まえることが、葉桜康平の悲願だった。首謀者の次は幹部をと、意気込んでいたという。それが、未練となっているのだろうか。
(どこから何を聞けばいいんだ……)
筋道を立てて、相手が言いたくないことも言わせる。言葉を引き出す。刑事としてのテクニックを駆使するチャンスだ。
だがこの幽霊は、聞かずともしゃべり出すタイプだった。空中に椅子があるかの如く足を組み、依頼人の話を聞く探偵のポーズで、青年をあやすように話し始めた。
「琴絵がな、俺の命がほしいと言ったんだ」
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