TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

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第2章 若き刑事の苦悩

第3話

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 やるよ、と答えた。
 気が付いたら、大崎の中にいた。K県警のパトカーに乗り込むところだった。青年の意識を一時的に乗っ取る形になったことは申し訳ない。
 ――葉桜康平は、五年前に死亡。
 動かしようのない事実が明るみに出た。これまでのように探偵を続けることは、もはや不可能だ。
 琴絵は、死んだ夫に実体を持たせて働かせてきたわけだが、彼女はそうすることで、迷える魂を冥界へと送り届ける『仕事』をしていたのかもしれない。
 夫を死んだまま生かすことができた彼女なら、魂を取ることも自在のはず。では……彼女は失敗したのだろうか? あるいは、ためらったのか。
 怖がりの大崎が選ばれたのは気の毒とは思うが、実に心地がいい。おかげで霊として安定し、正常に憑りつくことができた――。

「正常って」
 選ばれてしまった若き刑事には、不満しかない。清浄なものどころか、正常に霊を呼び込むとは。
「僕がご飯を大量に食べたのは、あなたに乗っ取られてたせいか……」
 葉桜は苦笑した。人好きのする笑顔に引き込まれる。刑事として失格だ。
 額に手を当て、状況を整理する。彼は女性たちの死体を残して逃げ続けたが、手を下したのは幽霊妻だった……らしい。彼に落ち度があるとすれば、通報しなかったことぐらいか。
 幽霊の存在が前提で思考を組み立てることに、早くも慣れてしまっている。大崎孝信の根本が揺らぎかねない。むくっと起き上がり、深呼吸をしてから宣言した。
「はっきり言います。僕、あらゆるものの中で一番、幽霊が苦手です」
「らしいな」
「なのに、どうして! よりにもよって僕に憑くんですかぁっ」
 幽霊は肩を竦めた。
「琴絵が決めたのか、俺が咄嗟に逃げ込んだのか。どっちにしろ、お前しかいなかったんだろうな。警部はいろいろまずいし、あの松井ってやつもな。俺の存在、消されそうな感じだ」
 腑に落ちない。大いに抗議したい。
「一番弱い者に憑くなんてあんまりです」
「いや、強いんだよ。お前が一番」
「どういう意味で」
「俺みたいなのを感知する力」
「好きで感知してるわけじゃありませんっ。第一その言い方だと、感知できる人間がいるから幽霊は存在できるって言ってるようなもの……あれ?」
 何やら真実を言い当てたような。すぅっと下りてきた葉桜は、よくできましたと頭を撫でたそうな表情だ。
「感じることができない者には、『俺たち』は、存在しないも同じだ」
「じゃあ僕みたいな怖がりは……」
 見たくないし、いてほしくないのに、幽霊の存在を率先して肯定していると。口に出すのは悪い気がしたが、どうせ読まれているのだろう。
「うん、お前は実に波長がいいな。まあ、慣れてくれ」
 身勝手で、そのくせ思いやりがある。相棒にされた人間にとって、決して付き合いにくい相手ではない。こいつのための骨折りならと、絆されていく。死んだ加賀一咲の心情を、大崎はようやく悟った。若き美人ライターが、何で怪しげな探偵なんかにと疑問だったのだが……これは、危険人物だ。
 はぁ、とため息をついて、まっすぐに葉桜の目を見た。
 差し出された手は、感触はあるものの冷え切っていた。
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