TOKOSHIE

一条咲穂(花宮守から改名)

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第3章 桜が散る時

第15話*

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 琴絵が二度果てるまでの間に、魂からの情報で、事情が何もかもわかった。
「そうだったのか……」
 想像以上に凄まじかった。
 息を乱しているかわいい妻の、髪を、背中を撫でた。
「いろいろ、ごめんなさい……」
 消え入るような声だ。戸部に、悪霊に、隙を突かれたことを恥じているのだろう。
「俺に対して謝ることなんか、何もない。ありがとうな、守ってくれて。最高の奥さんだ」
 五年前、危険人物と知りながら戸部の部屋へ向かった琴絵。逮捕にこぎつければ夫婦の時間が増えるという期待もあっただろう。刺してくれと頼まれはしたが、殺害される瞬間に百パーセントの満足などあり得ない。恐怖も恨みも、心の奥底に潜んでいて当然だ。いつとり殺されてもおかしくない、緊張感のある関係を楽しんできた。愛してきた。妻は老婆の霊との契約を履行し、自分は戸部の逮捕を見届けることができた。本当にもう、終わりにしてよいのだ。
「ね、もう一回」
「……これで最後だぞ」
「うん……最後……」
 霊は、『想い』だ。意志が大きく作用する。消えたいと真剣に望めば、とっくに消えていただろう。自分たちは、共に生きることに執着してきた。生きる、に語弊があるのなら、存在と言い換えてもいい。共に、在ること。ならば、共に眠りにつくのもまたよし。二人でその意志を持って交わることが、この不思議な体験を終焉に導く。誰に、何に教えられるでもなく、互いに知っていた。
「琴絵……」
「ふふ、くすぐったい……」
 今までで一番、優しく抱いた。口づけ、絡まる舌、指先に伝わってくる震え……ひとつひとつの動作がカウントダウンだ。つながってからも、急いで動かず見つめ合った。
「康平、好き……」
「俺もだ……愛してる」
「あっ……」
 きゅっと中が締まった。好き――ただそれだけで、そばにいてくれた女。ひたむきで、危なっかしくて。腕の中で守ってやりたいのに、つかまえたと思ったら、蝶のようにひらひらと飛んでいく。「仕方のないやつ」と待っていると、今度は背中にぺったり甘えてくる。笑顔と温もりを、たくさんもらった。
「ありがと、康平……あ、あぁっ」
 絶頂が近い。命が終わる。一緒に、終わらせる。
「俺も、ありがとな……」
 波に攫われる。うねりに身を任せ吐き出したものが、琴絵を満たしていく。二人の体が、光に変わる。形も境目も、わからなくなっていく。
 ――よく休みなさい。
 聞こえたのは、話に聞く老婆の声か、琴絵の両親か。二人を見守ってくれた、優しい幽霊たちの声であったかもしれない。
 ――よかったですね、葉桜さん、琴絵さん!
 恵麻の中で彼女を守っているはずの、大崎の声までが、二人を見送ってくれた。謝りたい気持ちは尽きない。けれど今は、感謝を胸に抱いて昇っていこう。
 さようならは言わない。もう一度、「愛してる」と琴絵の魂に口づけた。光が、恥ずかしそうに揺れた。

 警視庁の窓から、東雲はその光を見ていた。
(逝ったか……安らかにな)
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