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第3章 桜が散る時
第17話
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桜が、早くも葉桜になろうとしている、四月のある日。東雲はひっそりと墓地を訪れていた。
見晴らしのいい丘の上に、その墓石は佇んでいる。懇意にしているこの寺に頼み込み、東雲が買い取った区画だ。悠久の時を知っているかのような桜の大木が、土の下の眠りを守っている。納められているのは、葉桜夫妻の遺骨と二人の結婚指輪だ。琴絵の遺骨と指輪は、葉桜と事務所で話した日、これだけはと頼まれて住居の方から持ち出したものだ。
墓石を洗い、花を手向ける。線香の香りの中、手を合わせる東雲の目には、光るものがあった。ぐすっと鼻をすすると、もう聞くことのできない若い部下の声が脳裏によみがえった。
『花粉症ですか』
鬼警部の異名に似合わず涙もろい上司を気遣い、よくティッシュを差し出してくれた青年。怖がりで、優しい気性の持ち主だった。彼の墓にも今朝参って、ひとしきり泣いてきた。
大崎の墓には先客があった。霊を祓われたあと昏睡状態にあり、つい先日意識を取り戻したばかりの杉下恵麻。彼女は、目を真っ赤にして祈りを捧げていた。東雲に頭を下げて去っていく背中には、想いを受け取っても返す術のない悲しみが漂っていた。今後のことは、探偵助手として関わった議員の夫人に請われ、手伝いに呼ばれたと聞いている。未来の首相候補の側近として、きっといい仕事をするだろう。
大崎は死に、その仇をとった葉桜康平も、目の前の墓石の下で安らかに眠っている。
「殺人犯には違いないが……君は大崎君と共に、あのかわいそうな女性を解放した。ほかは……皆、逝ってしまったがな」
二人の愛執に巻き込まれた加賀一咲も、若い命を散らした。戸部伸司の死も悔やまれる。
「一咲さん殺しの容疑は正式に晴れたよ。そのほかの女性たちの死についてもな。もともと、私が一方的に決めつけたことだ……どうか、許してほしい」
静かに語りかけながらも、東雲はいまだ、自分を許せずにいる。葉桜が、人を殺すはずがない――それもまた、思い込みだったのだが。少なくとも、連続殺人犯ではなかった。
「すまなかった……」
疑った相手は、すでにこの世のものではなかった。魂が未練を残していたからこそ、疑われた傷は深かったことだろう。
立ち上がって、墓石を撫でる。その手が震えた。ポタリと、堪え切れない涙が落ちる。
「なあ、また君に会いたいよ。幽霊でもいい……葉桜君……」
ひらひらと、花びらが二枚、手の甲に舞い降りた。
「葉桜君……琴絵さん」
再び飛んでいかないよう、花びらをそっと拾い上げて、手帳に挟んだ。空を見上げ、仲睦まじい生前の二人の姿と、最後の光を思い浮かべる。
「また来るよ」
墓石に刻んだ祈りの言葉を撫で、丘を下りていく。
二人の魂が鎮まるようにと、東雲が刻ませたその文字の上にも、ひらりと花びらが舞った。
『とこしえに、共に』
(完)
見晴らしのいい丘の上に、その墓石は佇んでいる。懇意にしているこの寺に頼み込み、東雲が買い取った区画だ。悠久の時を知っているかのような桜の大木が、土の下の眠りを守っている。納められているのは、葉桜夫妻の遺骨と二人の結婚指輪だ。琴絵の遺骨と指輪は、葉桜と事務所で話した日、これだけはと頼まれて住居の方から持ち出したものだ。
墓石を洗い、花を手向ける。線香の香りの中、手を合わせる東雲の目には、光るものがあった。ぐすっと鼻をすすると、もう聞くことのできない若い部下の声が脳裏によみがえった。
『花粉症ですか』
鬼警部の異名に似合わず涙もろい上司を気遣い、よくティッシュを差し出してくれた青年。怖がりで、優しい気性の持ち主だった。彼の墓にも今朝参って、ひとしきり泣いてきた。
大崎の墓には先客があった。霊を祓われたあと昏睡状態にあり、つい先日意識を取り戻したばかりの杉下恵麻。彼女は、目を真っ赤にして祈りを捧げていた。東雲に頭を下げて去っていく背中には、想いを受け取っても返す術のない悲しみが漂っていた。今後のことは、探偵助手として関わった議員の夫人に請われ、手伝いに呼ばれたと聞いている。未来の首相候補の側近として、きっといい仕事をするだろう。
大崎は死に、その仇をとった葉桜康平も、目の前の墓石の下で安らかに眠っている。
「殺人犯には違いないが……君は大崎君と共に、あのかわいそうな女性を解放した。ほかは……皆、逝ってしまったがな」
二人の愛執に巻き込まれた加賀一咲も、若い命を散らした。戸部伸司の死も悔やまれる。
「一咲さん殺しの容疑は正式に晴れたよ。そのほかの女性たちの死についてもな。もともと、私が一方的に決めつけたことだ……どうか、許してほしい」
静かに語りかけながらも、東雲はいまだ、自分を許せずにいる。葉桜が、人を殺すはずがない――それもまた、思い込みだったのだが。少なくとも、連続殺人犯ではなかった。
「すまなかった……」
疑った相手は、すでにこの世のものではなかった。魂が未練を残していたからこそ、疑われた傷は深かったことだろう。
立ち上がって、墓石を撫でる。その手が震えた。ポタリと、堪え切れない涙が落ちる。
「なあ、また君に会いたいよ。幽霊でもいい……葉桜君……」
ひらひらと、花びらが二枚、手の甲に舞い降りた。
「葉桜君……琴絵さん」
再び飛んでいかないよう、花びらをそっと拾い上げて、手帳に挟んだ。空を見上げ、仲睦まじい生前の二人の姿と、最後の光を思い浮かべる。
「また来るよ」
墓石に刻んだ祈りの言葉を撫で、丘を下りていく。
二人の魂が鎮まるようにと、東雲が刻ませたその文字の上にも、ひらりと花びらが舞った。
『とこしえに、共に』
(完)
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