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第一話 ある新年の朝①
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「物凄い量だな……」
新年を迎えた朝、ベッドから這い出てリビングに足を踏み入れて、開口一番発した言葉がそれだった。
ダイニングテーブルの上におよそ百枚以上ある年賀状の束が目についたからだ。昔から親しい友人以外には年賀状を書いてこなかった私には、およそ届かない量だ。
「ああっ、ごめん! それ伊涼さん宛の取ったら適当にその辺置いといて!」
キッチンから声が飛んできて、「ああ」とそちらを振り向くと、エプロン姿の安理が菜箸を持って何か盛り付けているところだった。
ほのかに出汁の良い匂いが漂ってくる。昨日から仕込んでいた雑煮だろう。
「何か手伝うか?」
「平気! 伊涼さんはゆっくり正月番組でも観てて」
手伝うか、とは言ったものの皿洗いくらいしかできないから、今は何の役にも立たない。
言われた通りダイニングテーブルの上の年賀状の束を手に、ソファに座ってテレビをつけた。観るつもりはなかったが、私がテレビをつけないと安理は一生テレビが観れない。
彼は私が騒がしいのが好きではないことから、観たいテレビ番組があっても一緒にいる時は遠慮してつけないのだ。そう気付いたのは、同居を始めて二ヶ月後のことだった。
何で遠慮するんだ、テレビが観たいなら言えばいいのにと言ったら、「伊涼さんがたくさんおしゃべりしてくれたらテレビなんか観なくても平気だよ」と笑った。
名田安理という男は、自分の意向より他者の意向を優先する、そういう男だ。だから、先程「正月番組を観る」ことを勧めたのは、彼の希望が漏れ出たもの。
結局は私がそういうサインを見逃さず、自分の許せる範囲のものならば、汲み取ってやればいい話なのだ。
「正月番組は何が面白いんだ?」
「どうだろ? 俺は漫才が好きだけど」
私は黙ってチャンネルを変えて、マイクスタンドの前で漫才師が話芸を披露している番組を映した。キッチンから安理が観ているのを横目で確認しながら。
「この人達何歳なんだろう? 俺の小さい頃からずっと観てるんだけどさあ。その時からおじいさんだったんだよね」
私が手元の年賀状を一枚ずつ確認し始めてすぐ、安理が煎茶を淹れて私の前に差し出した。白くて長い綺麗な手。男の手を綺麗だと思ったのは、彼が初めてだ。
「君が子供の頃なら十年前くらいだろう。その頃から老人だったのなら、八十前後なのでは?」
「そっかあ、めっちゃ元気だなあ。俺のじいちゃんはさあ、生まれた時にはもう居なかったから、元気なおじいさんってイメージあんまり湧かないんだけど、毎年観てるおじいさんが元気だと、何となく明るくなるね」
彼には私にはない感性がある。だから、私は「そうか」と答えるだけだ。ここで「そうだな」と言うと「絶対思ってないじゃん」と肩を肘で小突かれることになる。
他者から活力を貰えるということは、今まで一度もなかった経験だが、安理という人間が側にいるようになって解るようになった。だから、その点だけでも頷きたかったが、そうすると自滅するので正解は「そうか」以外にない。
「君のは仕事関係みたいだな」
「そう、個人的に衣装貸してもらってるショップとか仲良いスタイリストさんとか、スタッフさんとかね。事務所宛にはもっと来てると思うけど」
新年を迎えた朝、ベッドから這い出てリビングに足を踏み入れて、開口一番発した言葉がそれだった。
ダイニングテーブルの上におよそ百枚以上ある年賀状の束が目についたからだ。昔から親しい友人以外には年賀状を書いてこなかった私には、およそ届かない量だ。
「ああっ、ごめん! それ伊涼さん宛の取ったら適当にその辺置いといて!」
キッチンから声が飛んできて、「ああ」とそちらを振り向くと、エプロン姿の安理が菜箸を持って何か盛り付けているところだった。
ほのかに出汁の良い匂いが漂ってくる。昨日から仕込んでいた雑煮だろう。
「何か手伝うか?」
「平気! 伊涼さんはゆっくり正月番組でも観てて」
手伝うか、とは言ったものの皿洗いくらいしかできないから、今は何の役にも立たない。
言われた通りダイニングテーブルの上の年賀状の束を手に、ソファに座ってテレビをつけた。観るつもりはなかったが、私がテレビをつけないと安理は一生テレビが観れない。
彼は私が騒がしいのが好きではないことから、観たいテレビ番組があっても一緒にいる時は遠慮してつけないのだ。そう気付いたのは、同居を始めて二ヶ月後のことだった。
何で遠慮するんだ、テレビが観たいなら言えばいいのにと言ったら、「伊涼さんがたくさんおしゃべりしてくれたらテレビなんか観なくても平気だよ」と笑った。
名田安理という男は、自分の意向より他者の意向を優先する、そういう男だ。だから、先程「正月番組を観る」ことを勧めたのは、彼の希望が漏れ出たもの。
結局は私がそういうサインを見逃さず、自分の許せる範囲のものならば、汲み取ってやればいい話なのだ。
「正月番組は何が面白いんだ?」
「どうだろ? 俺は漫才が好きだけど」
私は黙ってチャンネルを変えて、マイクスタンドの前で漫才師が話芸を披露している番組を映した。キッチンから安理が観ているのを横目で確認しながら。
「この人達何歳なんだろう? 俺の小さい頃からずっと観てるんだけどさあ。その時からおじいさんだったんだよね」
私が手元の年賀状を一枚ずつ確認し始めてすぐ、安理が煎茶を淹れて私の前に差し出した。白くて長い綺麗な手。男の手を綺麗だと思ったのは、彼が初めてだ。
「君が子供の頃なら十年前くらいだろう。その頃から老人だったのなら、八十前後なのでは?」
「そっかあ、めっちゃ元気だなあ。俺のじいちゃんはさあ、生まれた時にはもう居なかったから、元気なおじいさんってイメージあんまり湧かないんだけど、毎年観てるおじいさんが元気だと、何となく明るくなるね」
彼には私にはない感性がある。だから、私は「そうか」と答えるだけだ。ここで「そうだな」と言うと「絶対思ってないじゃん」と肩を肘で小突かれることになる。
他者から活力を貰えるということは、今まで一度もなかった経験だが、安理という人間が側にいるようになって解るようになった。だから、その点だけでも頷きたかったが、そうすると自滅するので正解は「そうか」以外にない。
「君のは仕事関係みたいだな」
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