聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

文字の大きさ
4 / 44

3 討伐

しおりを挟む
 バタバタと騒ぐ声でシスイは目を覚ました。
 
(なんだろう? まだ暗いのに。あれ、ユークリッドがいない?)


 執務室へのドアが少し開いていて、光がそこから漏れている。音もそこからだ。
 のそのそとソファから降り、前足で器用にドアを開けて執務室に入った。
 
 ユークリッドは装備を終えたところだった。兜を脇に抱えている。これも装備を終えたアレックスが前に立っていて、シスイを見ると眉を下げて微笑んだ。
 
「すまんな、起きたのか。私はもう行く。今回はお前には留守番してもらいたい」
 
 出たり入ったり忙しそうにしていたマリーザも、気がついて引きとめてくる。
 
「そうよ。私と一緒に留守番しましょう?」
 
 シスイは急いでユークリッドのそばに走っていった。なんとしても着いていくつもりだ。ユークリッドは困った顔をしていたが、一瞬目を閉じてから言った。
 
「そうか、ついて来てくれるのか。危険なんだがな。しかし、お前が来てくれると助かる命もあるかもしれん」
 
 深く息を吐きだし、覚悟を決めた紫の瞳でこちらをじっと見る。それから手を一振りして走りだした。
 外に出て用意されていた馬に飛びのり、下で待っていた部下たちとともに駆けていく。遅れないようにシスイも必死に併走した。
 




 街の城壁を出ると荒野がしばらく続いていた。その向こうにこんもりした森が見え、森の上には巨大な影がさしている。
 
(なんだあれ、ひょっとしてドラゴン!? 勝てる訳ないじゃん! しかも上空だから不利だ!)
 
 そこで一旦立ち止まり、すぐ後から来た騎士たちや魔術師たちを待って合流する。騎士団長らしき男が数人出てきて、ユークリッドと話しはじめた。
 今回は第五騎士団の五十名と第三、第四騎士団の合わせて五十名、魔術師も二十名くらいいる。
 シスイは背中が冷たくなった。
 
(こんなに、こんなに人が。そりゃたくさんいないと倒せないだろうけど、全滅なんてしたら……そんなのイヤだ。

――お前が来てくれると助かる命もあるかもしれん

 ユークリッドはそう言った。

 知った顔がたくさんいる。この人たちみんながどうなるのか、自分が死ぬより恐ろしいと感じて身体に震えが走った。
 

 そのとき、打ち合わせをしていた騎士団長たちが、おのおの号令をかけ始めた。
 
「あれが目標のレッドドラゴンだ。街に入るのを阻止したい。必ずしも倒す必要はない。ここから先に行かせなければそれで良いのだ!」
 
 第五騎士団はもともと魔獣討伐部門のため、先行するようだ。魔術師数名の姿も見える。刺激しないよう、取りあえず騎士と魔術師混合の十名だけが斥候役でレッドドラゴンに近づいている。

 レッドドラゴンは尾の先までがビルの八階建てくらいの大きさで、その名の通り真っ赤な身体だ。大きな羽根と意外と長い四本足がついている。あれをどうにかできる気がしない。
 
(あ! リスベル! セザール!)
 
 少し離れたところから、ユークリッドはそれを見ていた。手綱を持つ手が白くなっている。本当は自分が行きたいところだが、指揮官の身では部下を送るほかはない。
 シスイもそのそばで、震えながら見ていた。
 
 レッドドラゴンは斥候に気づき、咆哮をあげた。魔術師がすかさず結界を張り、馬がフラつくだけで済む。残念ながらおとなしく帰ってはくれないようだ。敵意と重圧をひしひしと感じる。

(ラノベなら聖獣と話せて帰ってくれたりするのに。あんな大きなものに俺の浄化が効くのか?)
 
 試しに念話っぽいものも送ってみたが送れなかったのか、言葉がわからないのか通じた様子はない。
 
(うーん、無理か。俺って役立たずだなあ。何が聖獣だ)
 
 覚悟を決めて全面的に対決するしかなさそうだ。いつの間にかレッドドラゴンを半円で囲むように全員が集合している。
 いよいよだ。

 そして――――号令と同時に弓と魔法によるいっせい攻撃が始まった。


 シスイはレッドドラゴンがいくらか弱るまで待つように言われていた。少しは弱らないと浄化が効かないと判断されたのだ。無駄打ちする余裕はないだろう。
 幸いレッドドラゴンの魔法攻撃は、魔術師がほとんど防いでいる。
 リスベルも必死に防戦している。彼女は攻撃魔法も得意と聞いているが、余裕がなく防戦一方だ。
 
(リスベル、ユークリッド頑張って!!)
 
 ユークリッドは剣で攻撃してくる腕や尾などを捌いていた。
 シスイもそれらを避けつつ牙や爪で迎撃している。
 しかし、どれも大きなダメージを与えているようには見えない。次第にみんなの疲労の色も濃くなってきた。

(どうしよう、浄化を使ったほうがいいかな。ブレスなんて吐かれたらひとたまりもないんじゃ。……あっ!!)
 
 若い騎士を庇おうとしたアレックスが尾にやられて吹っ飛んでいくのが見えた。
 しかし誰も助けに行く余裕がない。
 
(このままじゃみんなやられる)
 
 
 そのときレッドドラゴンが口を開けて息を吸い込んだ。


「退避!! 退避!!」 
「シスイ逃げろ!!!」

 ユークリッドは後ろに駆けだし、アレックスを抱えようとした。
 
(ダメだーー!!!!『結界!!』)

 とっさに結界を張った。魔術師が放っていたのを真似してみたのだ。
 かろうじて薄い結界が張れ、それに魔術師たちが上がけしてくれたが、この火力の勢いでは破れるのも時間の問題だ。いつまで彼らの魔力が持つかわからない。
 シスイは目を瞑り、全力で浄化を放った。雪のようなものが舞い、幻想的な光景が広がる。
 
(足りない!!もっと!!もっと!!!)
 
 生命の危機を感じるほど力を使い果たしていたシスイだったが、更に絞りだすように浄化を使い続けた。

 
 ようやくレッドドラゴンが地上に落ちてきた。だがまだ息があるようだ。首をもたげようとしている。
 騎士たちが急いで走り寄り、剣を腹や首に突き刺し始めた。その中にはボロボロになったユークリッドの姿もあった。

 弱ったレッドドラゴンは、もたげようとしていた首をごろんと地面に下ろした。

 ほっとしたシスイはよろよろと歩いてぱたりと倒れた。首だけなんとか回し、ユークリッドを見つめる。

(ユークリッド……ユークリッド!)

 シスイは涙をぽろりと零した。
 リスベルが倒れたシスイに気がついて駆けよってくるのがぼんやりと見える。
 ユークリッドが叫ぶ声が聞こえた気がした。

 それから、何もわからなくなった。





 慧吾は目を開くとしばらくぼんやりとしていた。目じりに溜まっていた涙が、顔の横にすーっと流れた。
 
「ああ、夢か」

 とつぶやき、指先で涙を拭って脇に置いたスマホを見るとまだ七時だ。
 なぜだか身体が大きすぎて違和感がある。

「ここは日本で、今日から春休み。涼介と遊ぶ」

 声に出して言ってみたが、まだ胸がドキドキする。慧吾は起きあがって右手で拳を作り、ギュッと胸の辺りを掴んだ。

「えっ!?」

 鎖が下がっている。恐る恐る見下ろすと――――


 そこには『シスイ』と見慣れない文字で書かれているネームタグが。やっぱりあった。
 日本語ではないけど読める。『シスイ』と書いてある。

(どういうこと!? 夢じゃない!?)

 慧吾は混乱して息がうまく吐きだせなくなった。
 ようやく息が整うと、ユークリッドを思った。無事だろうか、もう会えないのだろうか、自分を探しているんじゃないだろうか。

(さっきまでそばにいたのに)

 ユークリッドの声、優しい紫の瞳、温かい手がまだそこにある気がする。
 もの凄い喪失感に襲われ、枕に顔を伏せた。時折嗚咽が聞こえてくる。
 しばらくして落ち着くと、帰ってきた実感も湧いてきた。やはり純粋にうれしい気持ちもあった。複雑だ。


 慧吾は気を取りなおして階段を降りた。その前に鏡を確認したらちゃんと黒目になっていた。リビングのドアを開けると、両親が朝食を食べていた。
 平和な日常の光景に足の力が抜け、また鼻の奥が痛くなってくるのを感じた。

「おはよう、早いわね。春休みでしょ?」
「おはよう、どこか出かけるのか?」
「おはよ。今日は涼介と遊ぶから」

 少し声が震えたが、ちゃんと返事ができた。ついじっと見てしまうが不審に思われないようにしなければならない。
 弟の祐吾はさすがにまだ起きてこない。朝食が済んでも降りてこなかったので、一旦部屋に戻ることにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

キモおじさんの正体は…

クラッベ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生し、ヒロインとなったナディア。 彼女はゲーム通りにいかない悪役令嬢のビビアンに濡れ衣を着せ、断罪イベントの発生を成功させる。 その後の悪役令嬢の末路は、ゲーム通りでは気持ち悪いおっさんに売られていくのを知っているナディアは、ざまぁみろと心の中で嘲笑っていた。 だけどこの時、この幸せが終わりを迎えることになるとは、ナディアは思っても見なかったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...