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3 討伐
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バタバタと騒ぐ声でシスイは目を覚ました。
(なんだろう? まだ暗いのに。あれ、ユークリッドがいない?)
執務室へのドアが少し開いていて、光がそこから漏れている。音もそこからだ。
のそのそとソファから降り、前足で器用にドアを開けて執務室に入った。
ユークリッドは装備を終えたところだった。兜を脇に抱えている。これも装備を終えたアレックスが前に立っていて、シスイを見ると眉を下げて微笑んだ。
「すまんな、起きたのか。私はもう行く。今回はお前には留守番してもらいたい」
出たり入ったり忙しそうにしていたマリーザも、気がついて引きとめてくる。
「そうよ。私と一緒に留守番しましょう?」
シスイは急いでユークリッドのそばに走っていった。なんとしても着いていくつもりだ。ユークリッドは困った顔をしていたが、一瞬目を閉じてから言った。
「そうか、ついて来てくれるのか。危険なんだがな。しかし、お前が来てくれると助かる命もあるかもしれん」
深く息を吐きだし、覚悟を決めた紫の瞳でこちらをじっと見る。それから手を一振りして走りだした。
外に出て用意されていた馬に飛びのり、下で待っていた部下たちとともに駆けていく。遅れないようにシスイも必死に併走した。
街の城壁を出ると荒野がしばらく続いていた。その向こうにこんもりした森が見え、森の上には巨大な影がさしている。
(なんだあれ、ひょっとしてドラゴン!? 勝てる訳ないじゃん! しかも上空だから不利だ!)
そこで一旦立ち止まり、すぐ後から来た騎士たちや魔術師たちを待って合流する。騎士団長らしき男が数人出てきて、ユークリッドと話しはじめた。
今回は第五騎士団の五十名と第三、第四騎士団の合わせて五十名、魔術師も二十名くらいいる。
シスイは背中が冷たくなった。
(こんなに、こんなに人が。そりゃたくさんいないと倒せないだろうけど、全滅なんてしたら……そんなのイヤだ。
――お前が来てくれると助かる命もあるかもしれん
ユークリッドはそう言った。
知った顔がたくさんいる。この人たちみんながどうなるのか、自分が死ぬより恐ろしいと感じて身体に震えが走った。
そのとき、打ち合わせをしていた騎士団長たちが、おのおの号令をかけ始めた。
「あれが目標のレッドドラゴンだ。街に入るのを阻止したい。必ずしも倒す必要はない。ここから先に行かせなければそれで良いのだ!」
第五騎士団はもともと魔獣討伐部門のため、先行するようだ。魔術師数名の姿も見える。刺激しないよう、取りあえず騎士と魔術師混合の十名だけが斥候役でレッドドラゴンに近づいている。
レッドドラゴンは尾の先までがビルの八階建てくらいの大きさで、その名の通り真っ赤な身体だ。大きな羽根と意外と長い四本足がついている。あれをどうにかできる気がしない。
(あ! リスベル! セザール!)
少し離れたところから、ユークリッドはそれを見ていた。手綱を持つ手が白くなっている。本当は自分が行きたいところだが、指揮官の身では部下を送るほかはない。
シスイもそのそばで、震えながら見ていた。
レッドドラゴンは斥候に気づき、咆哮をあげた。魔術師がすかさず結界を張り、馬がフラつくだけで済む。残念ながらおとなしく帰ってはくれないようだ。敵意と重圧をひしひしと感じる。
(ラノベなら聖獣と話せて帰ってくれたりするのに。あんな大きなものに俺の浄化が効くのか?)
試しに念話っぽいものも送ってみたが送れなかったのか、言葉がわからないのか通じた様子はない。
(うーん、無理か。俺って役立たずだなあ。何が聖獣だ)
覚悟を決めて全面的に対決するしかなさそうだ。いつの間にかレッドドラゴンを半円で囲むように全員が集合している。
いよいよだ。
そして――――号令と同時に弓と魔法によるいっせい攻撃が始まった。
シスイはレッドドラゴンがいくらか弱るまで待つように言われていた。少しは弱らないと浄化が効かないと判断されたのだ。無駄打ちする余裕はないだろう。
幸いレッドドラゴンの魔法攻撃は、魔術師がほとんど防いでいる。
リスベルも必死に防戦している。彼女は攻撃魔法も得意と聞いているが、余裕がなく防戦一方だ。
(リスベル、ユークリッド頑張って!!)
ユークリッドは剣で攻撃してくる腕や尾などを捌いていた。
シスイもそれらを避けつつ牙や爪で迎撃している。
しかし、どれも大きなダメージを与えているようには見えない。次第にみんなの疲労の色も濃くなってきた。
(どうしよう、浄化を使ったほうがいいかな。ブレスなんて吐かれたらひとたまりもないんじゃ。……あっ!!)
若い騎士を庇おうとしたアレックスが尾にやられて吹っ飛んでいくのが見えた。
しかし誰も助けに行く余裕がない。
(このままじゃみんなやられる)
そのときレッドドラゴンが口を開けて息を吸い込んだ。
「退避!! 退避!!」
「シスイ逃げろ!!!」
ユークリッドは後ろに駆けだし、アレックスを抱えようとした。
(ダメだーー!!!!『結界!!』)
とっさに結界を張った。魔術師が放っていたのを真似してみたのだ。
かろうじて薄い結界が張れ、それに魔術師たちが上がけしてくれたが、この火力の勢いでは破れるのも時間の問題だ。いつまで彼らの魔力が持つかわからない。
シスイは目を瞑り、全力で浄化を放った。雪のようなものが舞い、幻想的な光景が広がる。
(足りない!!もっと!!もっと!!!)
生命の危機を感じるほど力を使い果たしていたシスイだったが、更に絞りだすように浄化を使い続けた。
ようやくレッドドラゴンが地上に落ちてきた。だがまだ息があるようだ。首をもたげようとしている。
騎士たちが急いで走り寄り、剣を腹や首に突き刺し始めた。その中にはボロボロになったユークリッドの姿もあった。
弱ったレッドドラゴンは、もたげようとしていた首をごろんと地面に下ろした。
ほっとしたシスイはよろよろと歩いてぱたりと倒れた。首だけなんとか回し、ユークリッドを見つめる。
(ユークリッド……ユークリッド!)
シスイは涙をぽろりと零した。
リスベルが倒れたシスイに気がついて駆けよってくるのがぼんやりと見える。
ユークリッドが叫ぶ声が聞こえた気がした。
それから、何もわからなくなった。
慧吾は目を開くとしばらくぼんやりとしていた。目じりに溜まっていた涙が、顔の横にすーっと流れた。
「ああ、夢か」
とつぶやき、指先で涙を拭って脇に置いたスマホを見るとまだ七時だ。
なぜだか身体が大きすぎて違和感がある。
「ここは日本で、今日から春休み。涼介と遊ぶ」
声に出して言ってみたが、まだ胸がドキドキする。慧吾は起きあがって右手で拳を作り、ギュッと胸の辺りを掴んだ。
「えっ!?」
鎖が下がっている。恐る恐る見下ろすと――――
そこには『シスイ』と見慣れない文字で書かれているネームタグが。やっぱりあった。
日本語ではないけど読める。『シスイ』と書いてある。
(どういうこと!? 夢じゃない!?)
慧吾は混乱して息がうまく吐きだせなくなった。
ようやく息が整うと、ユークリッドを思った。無事だろうか、もう会えないのだろうか、自分を探しているんじゃないだろうか。
(さっきまでそばにいたのに)
ユークリッドの声、優しい紫の瞳、温かい手がまだそこにある気がする。
もの凄い喪失感に襲われ、枕に顔を伏せた。時折嗚咽が聞こえてくる。
しばらくして落ち着くと、帰ってきた実感も湧いてきた。やはり純粋にうれしい気持ちもあった。複雑だ。
慧吾は気を取りなおして階段を降りた。その前に鏡を確認したらちゃんと黒目になっていた。リビングのドアを開けると、両親が朝食を食べていた。
平和な日常の光景に足の力が抜け、また鼻の奥が痛くなってくるのを感じた。
「おはよう、早いわね。春休みでしょ?」
「おはよう、どこか出かけるのか?」
「おはよ。今日は涼介と遊ぶから」
少し声が震えたが、ちゃんと返事ができた。ついじっと見てしまうが不審に思われないようにしなければならない。
弟の祐吾はさすがにまだ起きてこない。朝食が済んでも降りてこなかったので、一旦部屋に戻ることにした。
(なんだろう? まだ暗いのに。あれ、ユークリッドがいない?)
執務室へのドアが少し開いていて、光がそこから漏れている。音もそこからだ。
のそのそとソファから降り、前足で器用にドアを開けて執務室に入った。
ユークリッドは装備を終えたところだった。兜を脇に抱えている。これも装備を終えたアレックスが前に立っていて、シスイを見ると眉を下げて微笑んだ。
「すまんな、起きたのか。私はもう行く。今回はお前には留守番してもらいたい」
出たり入ったり忙しそうにしていたマリーザも、気がついて引きとめてくる。
「そうよ。私と一緒に留守番しましょう?」
シスイは急いでユークリッドのそばに走っていった。なんとしても着いていくつもりだ。ユークリッドは困った顔をしていたが、一瞬目を閉じてから言った。
「そうか、ついて来てくれるのか。危険なんだがな。しかし、お前が来てくれると助かる命もあるかもしれん」
深く息を吐きだし、覚悟を決めた紫の瞳でこちらをじっと見る。それから手を一振りして走りだした。
外に出て用意されていた馬に飛びのり、下で待っていた部下たちとともに駆けていく。遅れないようにシスイも必死に併走した。
街の城壁を出ると荒野がしばらく続いていた。その向こうにこんもりした森が見え、森の上には巨大な影がさしている。
(なんだあれ、ひょっとしてドラゴン!? 勝てる訳ないじゃん! しかも上空だから不利だ!)
そこで一旦立ち止まり、すぐ後から来た騎士たちや魔術師たちを待って合流する。騎士団長らしき男が数人出てきて、ユークリッドと話しはじめた。
今回は第五騎士団の五十名と第三、第四騎士団の合わせて五十名、魔術師も二十名くらいいる。
シスイは背中が冷たくなった。
(こんなに、こんなに人が。そりゃたくさんいないと倒せないだろうけど、全滅なんてしたら……そんなのイヤだ。
――お前が来てくれると助かる命もあるかもしれん
ユークリッドはそう言った。
知った顔がたくさんいる。この人たちみんながどうなるのか、自分が死ぬより恐ろしいと感じて身体に震えが走った。
そのとき、打ち合わせをしていた騎士団長たちが、おのおの号令をかけ始めた。
「あれが目標のレッドドラゴンだ。街に入るのを阻止したい。必ずしも倒す必要はない。ここから先に行かせなければそれで良いのだ!」
第五騎士団はもともと魔獣討伐部門のため、先行するようだ。魔術師数名の姿も見える。刺激しないよう、取りあえず騎士と魔術師混合の十名だけが斥候役でレッドドラゴンに近づいている。
レッドドラゴンは尾の先までがビルの八階建てくらいの大きさで、その名の通り真っ赤な身体だ。大きな羽根と意外と長い四本足がついている。あれをどうにかできる気がしない。
(あ! リスベル! セザール!)
少し離れたところから、ユークリッドはそれを見ていた。手綱を持つ手が白くなっている。本当は自分が行きたいところだが、指揮官の身では部下を送るほかはない。
シスイもそのそばで、震えながら見ていた。
レッドドラゴンは斥候に気づき、咆哮をあげた。魔術師がすかさず結界を張り、馬がフラつくだけで済む。残念ながらおとなしく帰ってはくれないようだ。敵意と重圧をひしひしと感じる。
(ラノベなら聖獣と話せて帰ってくれたりするのに。あんな大きなものに俺の浄化が効くのか?)
試しに念話っぽいものも送ってみたが送れなかったのか、言葉がわからないのか通じた様子はない。
(うーん、無理か。俺って役立たずだなあ。何が聖獣だ)
覚悟を決めて全面的に対決するしかなさそうだ。いつの間にかレッドドラゴンを半円で囲むように全員が集合している。
いよいよだ。
そして――――号令と同時に弓と魔法によるいっせい攻撃が始まった。
シスイはレッドドラゴンがいくらか弱るまで待つように言われていた。少しは弱らないと浄化が効かないと判断されたのだ。無駄打ちする余裕はないだろう。
幸いレッドドラゴンの魔法攻撃は、魔術師がほとんど防いでいる。
リスベルも必死に防戦している。彼女は攻撃魔法も得意と聞いているが、余裕がなく防戦一方だ。
(リスベル、ユークリッド頑張って!!)
ユークリッドは剣で攻撃してくる腕や尾などを捌いていた。
シスイもそれらを避けつつ牙や爪で迎撃している。
しかし、どれも大きなダメージを与えているようには見えない。次第にみんなの疲労の色も濃くなってきた。
(どうしよう、浄化を使ったほうがいいかな。ブレスなんて吐かれたらひとたまりもないんじゃ。……あっ!!)
若い騎士を庇おうとしたアレックスが尾にやられて吹っ飛んでいくのが見えた。
しかし誰も助けに行く余裕がない。
(このままじゃみんなやられる)
そのときレッドドラゴンが口を開けて息を吸い込んだ。
「退避!! 退避!!」
「シスイ逃げろ!!!」
ユークリッドは後ろに駆けだし、アレックスを抱えようとした。
(ダメだーー!!!!『結界!!』)
とっさに結界を張った。魔術師が放っていたのを真似してみたのだ。
かろうじて薄い結界が張れ、それに魔術師たちが上がけしてくれたが、この火力の勢いでは破れるのも時間の問題だ。いつまで彼らの魔力が持つかわからない。
シスイは目を瞑り、全力で浄化を放った。雪のようなものが舞い、幻想的な光景が広がる。
(足りない!!もっと!!もっと!!!)
生命の危機を感じるほど力を使い果たしていたシスイだったが、更に絞りだすように浄化を使い続けた。
ようやくレッドドラゴンが地上に落ちてきた。だがまだ息があるようだ。首をもたげようとしている。
騎士たちが急いで走り寄り、剣を腹や首に突き刺し始めた。その中にはボロボロになったユークリッドの姿もあった。
弱ったレッドドラゴンは、もたげようとしていた首をごろんと地面に下ろした。
ほっとしたシスイはよろよろと歩いてぱたりと倒れた。首だけなんとか回し、ユークリッドを見つめる。
(ユークリッド……ユークリッド!)
シスイは涙をぽろりと零した。
リスベルが倒れたシスイに気がついて駆けよってくるのがぼんやりと見える。
ユークリッドが叫ぶ声が聞こえた気がした。
それから、何もわからなくなった。
慧吾は目を開くとしばらくぼんやりとしていた。目じりに溜まっていた涙が、顔の横にすーっと流れた。
「ああ、夢か」
とつぶやき、指先で涙を拭って脇に置いたスマホを見るとまだ七時だ。
なぜだか身体が大きすぎて違和感がある。
「ここは日本で、今日から春休み。涼介と遊ぶ」
声に出して言ってみたが、まだ胸がドキドキする。慧吾は起きあがって右手で拳を作り、ギュッと胸の辺りを掴んだ。
「えっ!?」
鎖が下がっている。恐る恐る見下ろすと――――
そこには『シスイ』と見慣れない文字で書かれているネームタグが。やっぱりあった。
日本語ではないけど読める。『シスイ』と書いてある。
(どういうこと!? 夢じゃない!?)
慧吾は混乱して息がうまく吐きだせなくなった。
ようやく息が整うと、ユークリッドを思った。無事だろうか、もう会えないのだろうか、自分を探しているんじゃないだろうか。
(さっきまでそばにいたのに)
ユークリッドの声、優しい紫の瞳、温かい手がまだそこにある気がする。
もの凄い喪失感に襲われ、枕に顔を伏せた。時折嗚咽が聞こえてくる。
しばらくして落ち着くと、帰ってきた実感も湧いてきた。やはり純粋にうれしい気持ちもあった。複雑だ。
慧吾は気を取りなおして階段を降りた。その前に鏡を確認したらちゃんと黒目になっていた。リビングのドアを開けると、両親が朝食を食べていた。
平和な日常の光景に足の力が抜け、また鼻の奥が痛くなってくるのを感じた。
「おはよう、早いわね。春休みでしょ?」
「おはよう、どこか出かけるのか?」
「おはよ。今日は涼介と遊ぶから」
少し声が震えたが、ちゃんと返事ができた。ついじっと見てしまうが不審に思われないようにしなければならない。
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