聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

文字の大きさ
35 / 44

32 ジルとの再会と、できちゃった

しおりを挟む
 いつかと同じようにシスイは、北の森の小屋の前にこわごわと立っていた。なんとなく聖獣になっている。なんとなくだ。
 それからのろのろと歩いてそっと小屋を覗く。

「わふっ!?」

 突如として与えられた衝撃に、シスイはふっとんで横倒しに倒れてしまった。シスイの眷属である銀狐の魔獣、銀毛だ。いくら聖獣でも油断をしているところに大きな上位魔獣の頭突きではひとたまりもない。倒れているシスイにさらにジャンピング頭突きをかまさんと、銀毛はシスイに狙いを定め、軽くぴょんぴょんと跳ねている。

――やめろって! 悪かったよ。遅くなったな、銀毛。

 銀毛はぷいと横を向いたままシスイの横に座り、今まで何も悪いことなんかしたことありませんという顔をしている。

――だからごめんて。おまえ相変わらずだな。ここを守ってくれててありがとうな? ジルも守ってくれてたんだろ?

「きゃん!」

 銀毛は得意げに鼻をつんとシスイに向けた。シスイはその鼻をぺろりと舐めてやった。嫌がられた。


「どうしたの? お客様?」

 聞きたかった声が居間のほうから聞こえてくる。シスイはピクリと耳を動かした。それから……再会をどれだけ恐れていたかも忘れ、気づくとジルの前に駆けだしていた。そうしてジルの驚いた顔が一瞬見えたと思ったら、今はもう首しか見えない。ジルがシスイの首に飛びついたのだ。
 それからジルはゆっくりと頭を起こし、シスイの目を見ながらゆっくりと耳の後ろを掻いた。

 ジルは……ジルは変わっていなかった。ずっと待ってくれていたのだ。
 レヴィンから「たまに息災を伝える便りが届くがあれ以来会ってはいない」と聞いていたから、ほんとうに元気で暮らしているのか不安だった。元気そうでシスイはほっとした。

「シスイ様……やっと帰ってきてくれたのね」

 鼻声だ。シスイは頭をジルの手に擦りよせた。

(また泣かせてしまった……)

 でも……ジルが泣いているのが申し訳なくて、うれしくて、かわいい。
 ……もしかしたらこれが愛しいということなのかもしれない。たぶん初めからそうだったのだ。慧吾はとうとう認めた。だからきっとエンクリッドが彼女に近づくのが気にいらなかったのだ。どうせすぐに別れがくると、なんとも思っていないフリをしていただけで……。
 ただ、ジルのほうは慧吾にはほとんど面識がなく、前のときも突然訪れなくなったシスイを待っていてくれたのだ。今回もジルが待っていたのは男性の自分ではないのかもしれない。そう後ろ向きに考えたシスイは人化せず、そのまま聖獣でいることにした。

 ジルはしばらくして泣きやむと、シスイの鼻をやさしくつまんだ。

「もう、遅いわよ。どこへ出かけていたの?」

 聖獣のままでいて良かった、とシスイはまだ瞳の潤んでいるジルのアップを見てそう思った。これは人では享受できないし、たとえ幸運にも享受できたとしても自分には耐えられない。しかし現実はシビアだ。

「シスイ様、あの……人にはなってくれないの? あ、もしかしてなれなくなったとか!?」

 ジルは悪い想像をしたらしく、両手を口に当ててサーッと青ざめた。反射的にシスイは人化し、慧吾の姿になった。そしてすぐに我に返った。

「あ、しまった」
「シスイ様! 良かった! ……しまった?」

 よろこんでいたジルは、慧吾の発したひとことを聞きとがめた。

「あ、いやだって、聖獣のほうが良かったんじゃないかと思って」
「え? どうして? シスイ様はシスイ様だし、聖獣のお姿のままだったらお話できないわ」
「……シスイは癒やし系だから。俺、普通でしょ? レヴィンみたいだったらいいけどさ」
「んー? そう?」

 ジルは小首を傾げた。

 ジルには慧吾がどんな姿でどんな容姿でも構わないようだ。しかし裏を返せば慧吾が自分で気にするほど、彼女が慧吾の容姿に興味を持っていないということでもある。
 慧吾は力なく言った。

「はは、自意識過剰だったね」
「シスイ様はどちらのお姿でも癒やし系でかわいいわ」
「…………。かわいい……」

 言えば言うほど墓穴を掘っていく。やはり人間として、男としては見られてないかもしれない。

(うう、もうやめよう。どっちにしても手に届かない人だ。いつ消えるかわからない俺にどうこうできる相手じゃないよ。せめて好きに転移できたらな……うん?)

「とにかく座って。夕飯食べるでしょ? 何か作るわ」
「はい」

 慧吾はおとなしく席についた。一時間くらい銀毛にお手を仕込んだり、銀色のふわふわの毛並みをブラッシングしたり、それに飽きて本を読んだりして過ごしていると、いい匂いとともにジルが料理を運んできた。具だくさんスープと肉の煮込みと焼きたてパンだ。

「いい匂いだね。楽しみだ」
「初めて人間用のご飯を食べてもらえるわね。心のこりがひとつ減ったわ」
「ぐ、スミマセン」

  声を引きつらせる慧吾に、銀毛の前に焼いた肉と薄味のついた茹で野菜を置いていたジルは、表情をやわらげて自らも席についた。

「もういいのよ、とにかく召しあがって」

 食べはじめた慧吾は、幸せそうに頬をゆるめた。

「おいしい。とってもおいしくて幸せだ」
「私の料理でそんなにシスイ様を幸せになるなんて……。なんならずっとここにいてくれてもいいのよ?」

 慧吾は喉を詰まらせそうになった。咳をひとつふたつして、呼吸を整えてから慎重に聞く。

「俺がここに住んでいいってこと? ジルといっしょに?」

 それに対してジルは何でもないように答える。

「だって、ここはもともとシスイ様のお家でしょう? 二階にもう一部屋空いているし」
「ですよね!」

(そんなことだろうと思った!)

 慧吾は気持ちがスーッと落ちついたので食事を続けた。食事が終わってのんびりしているとき、ジルは再び慧吾に伝えた。

「ほんとに、泊まってくれると嬉しいわ。だってずっと待ってたんだもの。それにもう夜だし」

(!! 俺をどうしたいの!?)

 今度は人型だったため、慧吾は赤くなった頬を隠すことができない。恥ずかしくなり、慧吾は片手で顔の下半分を覆ってごまかした。
 なんとなく断りづらくなり、じゃあとりあえず今夜だけなんていいわけしながら、二階を借りることにした。と言っても、もともと慧吾の部屋である。廊下を挟んで向かい側がジルの部屋だ。浄化をかけ、きれいにしてから今夜はそこで休むことにした。


(と、忘れるところだった!)

――レヴィン! 聞こえる!?
――聞こえるよー! って別に大声じゃなくていいのか。

 今日のことやこれからのことをレヴィンに報告する必要がある。

――今はジルのところだ。とりあえず今夜はここに泊まるよ。
――そう。ずっといたらいたらどうだい? そこだと人型でいられるんだろう?
――レヴィンまで……。
――私の家でも構わないが。
――う、うん。よく考えてみるよ。

 レヴィンの家も落ちつく家だったが、何にせよ侯爵家だ。ここのようにはいかない。しかし女性と二人きりというのもジルのためにならない気がする。恋人ができたら? しかしすでにほかの男性には渡せないに違いない。邪魔をしまくるだろう。それではジルはずっとひとりきりのままなのか?

 ぐるぐると悩んでいたら、レヴィンが明日は王宮に来るようにと言ってきたので了承した。朝九時にレヴィンの邸に迎えにいくことになり、慧吾は念話を切った。

 それから慧吾はさきほど思いついた実験をしようと魔石を取りだした。机の上に並べ、ステータスをもう一度見てみる。

「やっぱり」

 時空魔法がMAXになっている。もしかして自力で日本に帰れるのではないだろうか。しかしそれにも時間の歪みやこちらに来るときはどうするのか、という問題がある。

 日本からこちらに来るときは同程度の時間が進んでいるようにしたい。が、こちらから日本に行くときは転移した時点の時間にするか、進ませるか選べたほうが良い。なぜかというとここから出て外で人化すれば時間が進み、日本でも進んでしまう。しかしそれではあちらで行方不明の時期ができてしまう。外で人化して時間が進み、日本で転移時点に戻るとすると、どんどん年齢の差異が広がってしまう。調整できるように選ぶことができればそちらのほうがいいだろう。
 もうひとつの問題は魔力が足りるのか、ということだ。MAXになると日本でもスキルレベルは下がらない。ただそれでも魔力が足りるかどうかはわからない。MAX以前では瀕死状態になった。MAXなら安全とは限るまい。

 慧吾は確実に安全にこちらに渡りたいのだ。


 と、いうことで!!

「できちゃった」

 転移魔法を込めた魔石ができました。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...