聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

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33 二人でいっしょに

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 転移魔法を込めた魔石、仮に『転移石』と呼ぶことにしたそれを慧吾は握りしめた。

 別に今すぐどこかへ転移しようというのではない。異世界転移で使用するため、もっと多くの魔力を込めようとしているのだ。これ以上入らないという手応えがあるまで魔力を込めた。
 まずはこの魔石ひとつでどこまで行けるか転移してみよう。行けるところまで行って、まだまだ余裕がありそうだったら何度か往復する。

 ということはひとつだと途中で戻れなくなってジルを心配させてしまう。いくつか作らなければと決めた慧吾はもう休むことにした。そんなにいちどには作れないらしい。これからも試行錯誤を続けていくつもりだから今日無理することもない。
 すっかり夜も更けたころになって、慧吾はベッドに入った。


 とんとんとん。どこかでノックの音がする。

「シスイ様。シスイ様起きてー」

(かわいい声だ。幸せ~)

 寝ぼけていた慧吾は次の瞬間「ぐぅえっ!!」と声をあげた。腹に二本の何かが乗っている。二本の銀色の何かがブッスーと腹に刺さっている。

「あ、起きたー?」と、慧吾の部屋の入り口付近からジルの声が聞こえる。
「キャーン」と、慧吾の腹の上付近から銀毛の声がする。

「おまえかよ! 足をどけてくれ。腹に穴が開きそうだ。……イテテテッ!」

 足を降ろす際に力を入れたらしく一層の圧力が慧吾の腹にかかった。もしやわざと……。

「いや銀毛。起こしてくれてありがとう」

 お礼を言って銀毛を見ると、銀毛は無邪気な顔で慧吾の前にしっかと立っている。慧吾は目をぱちぱちさせ、それから頭をぶんぶん振った。

「そんなまさかね。わざとなんて……すぐ降りるから下に行っててよ」

 簡単に身支度を済ませて階段を降りる。ジルは朝食を並べているところだった。

「おはよう。寝坊しちゃったよ」
「疲れてたのね。今日は家にいられるの?」

 席についた慧吾にジルはパンを渡しながら聞いてきた。

「あ、ごめん。王宮に行って殿下に顔を見せて来るよ。報告することもあるんだ」
「ううん。家にいるなら食べたあとでシスイ様が部屋でゆっくり休めるかなと思っただけよ。まだ眠そうだから」

 心配してくれてうれしいような、もっと寂しがってほしかったような、さんざん待ってくれていた人に自分勝手にも複雑な気持ちになる慧吾だった。めんどくさい男である。

「でも、できたら早く帰ってきて? ごちそうを準備しておくわ」
「はい、すぐ帰ります」

 何だったら行きませんと答えるところだった。しぶしぶながら、王宮に行く支度をして(ローブを着て聖獣になっただけ)レヴィンのところに転移する。

――来たよー。

 門のところで念話を送るとレヴィンがひとりで出てきた。
 王宮に行くため、側近用のきらびやかな制服を着ている。近衛の赤い制服とは色違いで、紺色の生地に金糸でうつくしい刺繍が施されている。キラキラした金髪に映えて、朝から麗しいことである。

「おはようシスイ」
――おはよう。レヴィンかっこいい! イケメン!
「ありがとう。……イケメン?」
――面倒だから転移で行くよー。
「わかった。こちらの隅から転移しよう」




 白い大きなもっふもふの、首に抱きつきたくなるような犬が王宮に突然ふっと現れた。
 前にいた文官がギョッとしている。シスイはその文官に「わふ!」と謝罪をした。呆然としている文官を尻目にどんどん進んでいく。文官は後ろにいるレヴィンに気づいて「聖獣様?」とつぶやき、慌ててシスイを良く見ようとしたが、ご機嫌に揺れる尾が見えるばかりであった。

 前方に見知った人物を見つけてシスイは後ろから飛びついた。その人物は前のめりに二、三歩よろめき、首を回して腰のあたりに乗った二本の白い足の重みを認めた。

「シ、シ、シ……」
「わっふ!」

 シスイは両手を彼の腰から下ろしきちんとおすわりをした。頭をペコリと下げる。

「シスイ殿! 来て下さったんですね! 来られるとは伺っておりましたが!」

 その人物――ディカルド・キリオス宰相は拝みださんばかりに感激している。
 王宮に来たら自分に連絡しろって言ってたから会えて良かったけれど、こんなによろこんでくれるなんてシスイは意外に思った。

 「さあさあ行きましょう! 王太子様がお待ちです!」

 キリオス宰相は、さっそくぎゅうぎゅうと、おすわりしているシスイの背中を押した。ありがたく思っているわけではなさそうだ。この様子では単に王子のために喜んだのだろう。
 わかったわかったと尾をふりふりし、宰相に導かれるままに、リーンハルトとレヴィンのもとへ向かった。

「シスイ殿! 変わりなく……」

 リーンハルトはシスイを見るなり立ちあがった。その後の言葉はなく絶句している。どうやら彼にもかなり心配をかけていたようである。
 シスイはリーンハルトの手に頭をやさしく擦りつけた。リーンハルトは無言でシスイの頭を撫でている。くうんと鳴くと、リーンハルトはひとしきりシスイの耳の後ろを掻いたり背中を掻いたりし、シスイも嫌がらず触られるがままだ。
 それを見ていた側近のルークが口を挟んだ。

「殿下はずっとずっと心配しておいでで、レヴィンの行く末についてのシスイ殿とのお約束も申し分なく果たされました」

 リーンハルトはシスイのコアなファンであった。王族の先祖のもとにくり返し現れ、守ってくれた、その伝説のシスイに会えたのだ。たとえ自分の守護者にならなかったとしてもだ。シスイはリーンハルトのことも守ると言ってくれた、それだけでじゅうぶんなのだった。
 身分もあってレヴィンやジルのように親しくはなれなかったが、シスイがいなくなったときに居合わせたこともあり、彼にとっても気落ちするできごとであった。

 シスイはリーンハルトに礼を尽くすため人化し、フードを取った。

「リーンハルト、俺の願いをこんなに過分に配慮してくれて、ほんとにありがとうございました。恩にきます」

 シスイは頭を深く下げた。そしてそのままじっと動かない。

「頭をお上げください。レヴィンは優秀な男ですから当然のことをしたまで」

 リーンハルトは毅然として答えた。だが目の縁が赤くなっている。それから歓迎の言葉を述べた。

「よく帰ってきてくださった。レヴィンも心強かろう」

 リーンハルトがレヴィンに視線をやるとレヴィンは力強く頷く。リーンハルトは次にシスイの召喚の件について質問してきた。

「レヴィンからいろいろ聞き及んでおる。何やらドランス帝国から召喚されそうになったとか」
「ああ、それでこちらの世界へ来たみたいだ。それはいいんだけど、追われているからそのうちなんとかしなきゃな」

 リーンハルトは即答した。

「滅ぼそう」
「待って! ちょっと待って!」

 似たもの主従である。

「まあ、おいおいそれはなんとかするよ。ついでにこちらの国にも手出ししないようにしてくるから」

 その場の全員が息を呑む。シーンとした中で誰かがポツリと漏らした。

「もしかして……殲滅……」
「そんなわけあるかい! ……大丈夫。誰にもかすり傷ひとつ負わせないから」

 みんな、ほっとしたように互いの顔を見合わせている。いやまさか、いくらなんでもそれは、おかしいと思った、いや君が言いだしたんでしょと目で会話している、かのようだ。

 それから久しぶりの語らいをしばらく楽しんだ。リーンハルトは新しくできた家族の話を幸せそうにしていて慧吾もうれしく思った。

 昼食もいっしょにというリーンハルトの誘いをまた今度と断って、仕事中のレヴィンをおいて慧吾だけ家に戻ることにした。残った全員の訳知り顔な視線を受けながら。



「ただいまー」

 言ってから、ジルの家にただいまと帰れるのっていいなと胸が温かくなった。このままずっとここにいたい、と希望を持ってしまうほどに。

「おかえりなさい」

 ジルは居間に入ってきた慧吾に薄桃色の目を柔らかく和ませ、台所に戻っていった。

「俺死ぬのかな」

 何言ってんだという顔で、銀毛が尾で慧吾の頭をばんばんとはたく。それにより慧吾は身体の硬直がとけ、ジルを手伝いに台所に急いで行った。
 新婚のように並んで昼食の準備をしている二人。そう思っているのは自分だけだろうなと思いちらりと横目でジルを見る。ジルは味見用の皿にスープを少し入れているところだった。

「薄かったかしら? シスイ様は薄味と濃い味どっちが好き?」
「え、う、うん。薄味かな」
「じゃあちょうどいいわね」

 言いながらまだ何かの調味料を足している。ジルは慧吾の顔を見ながら朗らかに言った。

「こうやって誰かと台所に立つのも楽しいわね」
「そうだね」
「だったら……」

 ジルはそこで口をつぐみ、急に元気な声を出してニッコリとした。

「さあ、できたわ! 運びましょう」

 二人(と一匹で)とる食事もとても楽しくておいしいものだった。
 
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