聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

文字の大きさ
36 / 44

33 二人でいっしょに

しおりを挟む
 転移魔法を込めた魔石、仮に『転移石』と呼ぶことにしたそれを慧吾は握りしめた。

 別に今すぐどこかへ転移しようというのではない。異世界転移で使用するため、もっと多くの魔力を込めようとしているのだ。これ以上入らないという手応えがあるまで魔力を込めた。
 まずはこの魔石ひとつでどこまで行けるか転移してみよう。行けるところまで行って、まだまだ余裕がありそうだったら何度か往復する。

 ということはひとつだと途中で戻れなくなってジルを心配させてしまう。いくつか作らなければと決めた慧吾はもう休むことにした。そんなにいちどには作れないらしい。これからも試行錯誤を続けていくつもりだから今日無理することもない。
 すっかり夜も更けたころになって、慧吾はベッドに入った。


 とんとんとん。どこかでノックの音がする。

「シスイ様。シスイ様起きてー」

(かわいい声だ。幸せ~)

 寝ぼけていた慧吾は次の瞬間「ぐぅえっ!!」と声をあげた。腹に二本の何かが乗っている。二本の銀色の何かがブッスーと腹に刺さっている。

「あ、起きたー?」と、慧吾の部屋の入り口付近からジルの声が聞こえる。
「キャーン」と、慧吾の腹の上付近から銀毛の声がする。

「おまえかよ! 足をどけてくれ。腹に穴が開きそうだ。……イテテテッ!」

 足を降ろす際に力を入れたらしく一層の圧力が慧吾の腹にかかった。もしやわざと……。

「いや銀毛。起こしてくれてありがとう」

 お礼を言って銀毛を見ると、銀毛は無邪気な顔で慧吾の前にしっかと立っている。慧吾は目をぱちぱちさせ、それから頭をぶんぶん振った。

「そんなまさかね。わざとなんて……すぐ降りるから下に行っててよ」

 簡単に身支度を済ませて階段を降りる。ジルは朝食を並べているところだった。

「おはよう。寝坊しちゃったよ」
「疲れてたのね。今日は家にいられるの?」

 席についた慧吾にジルはパンを渡しながら聞いてきた。

「あ、ごめん。王宮に行って殿下に顔を見せて来るよ。報告することもあるんだ」
「ううん。家にいるなら食べたあとでシスイ様が部屋でゆっくり休めるかなと思っただけよ。まだ眠そうだから」

 心配してくれてうれしいような、もっと寂しがってほしかったような、さんざん待ってくれていた人に自分勝手にも複雑な気持ちになる慧吾だった。めんどくさい男である。

「でも、できたら早く帰ってきて? ごちそうを準備しておくわ」
「はい、すぐ帰ります」

 何だったら行きませんと答えるところだった。しぶしぶながら、王宮に行く支度をして(ローブを着て聖獣になっただけ)レヴィンのところに転移する。

――来たよー。

 門のところで念話を送るとレヴィンがひとりで出てきた。
 王宮に行くため、側近用のきらびやかな制服を着ている。近衛の赤い制服とは色違いで、紺色の生地に金糸でうつくしい刺繍が施されている。キラキラした金髪に映えて、朝から麗しいことである。

「おはようシスイ」
――おはよう。レヴィンかっこいい! イケメン!
「ありがとう。……イケメン?」
――面倒だから転移で行くよー。
「わかった。こちらの隅から転移しよう」




 白い大きなもっふもふの、首に抱きつきたくなるような犬が王宮に突然ふっと現れた。
 前にいた文官がギョッとしている。シスイはその文官に「わふ!」と謝罪をした。呆然としている文官を尻目にどんどん進んでいく。文官は後ろにいるレヴィンに気づいて「聖獣様?」とつぶやき、慌ててシスイを良く見ようとしたが、ご機嫌に揺れる尾が見えるばかりであった。

 前方に見知った人物を見つけてシスイは後ろから飛びついた。その人物は前のめりに二、三歩よろめき、首を回して腰のあたりに乗った二本の白い足の重みを認めた。

「シ、シ、シ……」
「わっふ!」

 シスイは両手を彼の腰から下ろしきちんとおすわりをした。頭をペコリと下げる。

「シスイ殿! 来て下さったんですね! 来られるとは伺っておりましたが!」

 その人物――ディカルド・キリオス宰相は拝みださんばかりに感激している。
 王宮に来たら自分に連絡しろって言ってたから会えて良かったけれど、こんなによろこんでくれるなんてシスイは意外に思った。

 「さあさあ行きましょう! 王太子様がお待ちです!」

 キリオス宰相は、さっそくぎゅうぎゅうと、おすわりしているシスイの背中を押した。ありがたく思っているわけではなさそうだ。この様子では単に王子のために喜んだのだろう。
 わかったわかったと尾をふりふりし、宰相に導かれるままに、リーンハルトとレヴィンのもとへ向かった。

「シスイ殿! 変わりなく……」

 リーンハルトはシスイを見るなり立ちあがった。その後の言葉はなく絶句している。どうやら彼にもかなり心配をかけていたようである。
 シスイはリーンハルトの手に頭をやさしく擦りつけた。リーンハルトは無言でシスイの頭を撫でている。くうんと鳴くと、リーンハルトはひとしきりシスイの耳の後ろを掻いたり背中を掻いたりし、シスイも嫌がらず触られるがままだ。
 それを見ていた側近のルークが口を挟んだ。

「殿下はずっとずっと心配しておいでで、レヴィンの行く末についてのシスイ殿とのお約束も申し分なく果たされました」

 リーンハルトはシスイのコアなファンであった。王族の先祖のもとにくり返し現れ、守ってくれた、その伝説のシスイに会えたのだ。たとえ自分の守護者にならなかったとしてもだ。シスイはリーンハルトのことも守ると言ってくれた、それだけでじゅうぶんなのだった。
 身分もあってレヴィンやジルのように親しくはなれなかったが、シスイがいなくなったときに居合わせたこともあり、彼にとっても気落ちするできごとであった。

 シスイはリーンハルトに礼を尽くすため人化し、フードを取った。

「リーンハルト、俺の願いをこんなに過分に配慮してくれて、ほんとにありがとうございました。恩にきます」

 シスイは頭を深く下げた。そしてそのままじっと動かない。

「頭をお上げください。レヴィンは優秀な男ですから当然のことをしたまで」

 リーンハルトは毅然として答えた。だが目の縁が赤くなっている。それから歓迎の言葉を述べた。

「よく帰ってきてくださった。レヴィンも心強かろう」

 リーンハルトがレヴィンに視線をやるとレヴィンは力強く頷く。リーンハルトは次にシスイの召喚の件について質問してきた。

「レヴィンからいろいろ聞き及んでおる。何やらドランス帝国から召喚されそうになったとか」
「ああ、それでこちらの世界へ来たみたいだ。それはいいんだけど、追われているからそのうちなんとかしなきゃな」

 リーンハルトは即答した。

「滅ぼそう」
「待って! ちょっと待って!」

 似たもの主従である。

「まあ、おいおいそれはなんとかするよ。ついでにこちらの国にも手出ししないようにしてくるから」

 その場の全員が息を呑む。シーンとした中で誰かがポツリと漏らした。

「もしかして……殲滅……」
「そんなわけあるかい! ……大丈夫。誰にもかすり傷ひとつ負わせないから」

 みんな、ほっとしたように互いの顔を見合わせている。いやまさか、いくらなんでもそれは、おかしいと思った、いや君が言いだしたんでしょと目で会話している、かのようだ。

 それから久しぶりの語らいをしばらく楽しんだ。リーンハルトは新しくできた家族の話を幸せそうにしていて慧吾もうれしく思った。

 昼食もいっしょにというリーンハルトの誘いをまた今度と断って、仕事中のレヴィンをおいて慧吾だけ家に戻ることにした。残った全員の訳知り顔な視線を受けながら。



「ただいまー」

 言ってから、ジルの家にただいまと帰れるのっていいなと胸が温かくなった。このままずっとここにいたい、と希望を持ってしまうほどに。

「おかえりなさい」

 ジルは居間に入ってきた慧吾に薄桃色の目を柔らかく和ませ、台所に戻っていった。

「俺死ぬのかな」

 何言ってんだという顔で、銀毛が尾で慧吾の頭をばんばんとはたく。それにより慧吾は身体の硬直がとけ、ジルを手伝いに台所に急いで行った。
 新婚のように並んで昼食の準備をしている二人。そう思っているのは自分だけだろうなと思いちらりと横目でジルを見る。ジルは味見用の皿にスープを少し入れているところだった。

「薄かったかしら? シスイ様は薄味と濃い味どっちが好き?」
「え、う、うん。薄味かな」
「じゃあちょうどいいわね」

 言いながらまだ何かの調味料を足している。ジルは慧吾の顔を見ながら朗らかに言った。

「こうやって誰かと台所に立つのも楽しいわね」
「そうだね」
「だったら……」

 ジルはそこで口をつぐみ、急に元気な声を出してニッコリとした。

「さあ、できたわ! 運びましょう」

 二人(と一匹で)とる食事もとても楽しくておいしいものだった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

キモおじさんの正体は…

クラッベ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生し、ヒロインとなったナディア。 彼女はゲーム通りにいかない悪役令嬢のビビアンに濡れ衣を着せ、断罪イベントの発生を成功させる。 その後の悪役令嬢の末路は、ゲーム通りでは気持ち悪いおっさんに売られていくのを知っているナディアは、ざまぁみろと心の中で嘲笑っていた。 だけどこの時、この幸せが終わりを迎えることになるとは、ナディアは思っても見なかったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...