聖獣様は愛しい人の夢を見る

xsararax

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39 トーリア迷宮

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 『黒狼』と慧吾の一行は、ダンジョンの入口に降りたった。特に出入りの見張りや規制などはないようだ。比較的小さいからかもしれない。

「よし、行くぞ」

 勇者っぽいリーダージャスの気合いでみんなぞろぞろと入っていく。地下一階はたいした魔獣はおらず、素人でも鉱石や薬草を取りに入るくらいである。中は不思議と真っ暗ではなく、ほんのりとした明るさだ。それも目が慣れたら不自由なく見えてくる。

「一階は大蜘蛛とオオコウモリだけだ」

 ジャスの解説どおり、大蜘蛛とオオコウモリがたまに出るくらいだった。剣士の二人が打ちはらいながら進む。そのあとを魔術師のイオと慧吾が魔石を拾いながら追う形だ。慧吾は正直この大蜘蛛が気持ち悪すぎて剣士におまかせして良かったと思った。
 ここのオオコウモリはなんと食料を探しに外に出てしまうのだそうだ。ただ外にいるオオコウモリは人など無視して忙しく食料探しをしており、めったに襲われることはない。ダンジョンの中では縄張りに入ったことで巣を守るために襲うということだった。
 大蜘蛛のほうは薬草を主食としていて縄張りから外には出ないそうだ。

 地下二階に降りると水たまりが随所にあり、落ちないよう足元に気をつけて歩かなければならなかった。
 ここに出る魔獣はスライムだ。このスライムは捕まえて持っていくといい値段で売れる。汚物をキレイにしてくれるからだ。今回は魔石が必要なのでどんどん狩っていく。スライムは減りすぎると増殖するので狩りすぎにはならない。スライムが減るとスライムの餌が増え、結果スライムも増えると考えられている。

 地下三階からは急に魔獣が強くなった。双頭の犬オルトスだ。ジャスとパリスの二人でオルトス一頭の頭をそれぞれ倒さなければならない。しかも意外に素早い動きにより剣士二人を手間取らせた。
 イオが慧吾を守るように前に立ち結界を張った。こちらへオルトスが近づくと風魔法で切りさいている。慧吾はすきを見てサッと魔石を拾っていた。それでは結構時間がかかってしまうと感じた慧吾はイオに提案した。

「俺が結界を張る。俺のことは守らなくていいから攻撃に加わってくれ」
「でも……」
「大丈夫だ。見て」

 慧吾は証拠を見せるために大きめの頑丈な結界を張る。するとイオは目をまん丸にして慧吾の張った結界をぽかんと眺めた。そして混乱したように結界を指さした。

「ちょ、なに、え?」
「俺は大丈夫なんで、攻撃お願い」

 イオは後ろを何度も振りかえりつつ攻撃に加わった。魔力切れを起こさないよう、最小限の風魔法で二人の剣士と連携してうまく立ちまわっている。イオが加わってから討伐の速度が一気に上がった。さすがBランクパーティだ。瞬く間に三階を制覇し、合計で二十頭以上のオルトスを倒した。

 四人は地下四階に降りる前に階段でひと休みすることにした。イオが慧吾の隣にすとんと座る。

「ケイって有名な魔術師なの?」
「え、なんで? そんなことないよ」
「だってあんな強固な結界見たことないよ。ジャス、パリス、次もケイに頼もうよ」

 魔術師でないジャスとパリスは今ひとつピンとこないようで、慧吾をじろじろと観察した。

「そんなにすごそうには見えないな」

 とジャスは結論づけたが、やはりイオの判断を信用することにしたらしい。

「でもイオがそういうならすごいんだろう。俺は魔術師じゃないからな。ケイ、また頼めないか」
「うーん、こう見えて結構忙しいんで時間が合えばな」
「おう、頼んだぞ」


 四階の魔獣はハルピュイアだった。ハルピュイアは女性の顔のついた大きな鳥だ。慧吾の想像を裏切り、女性と言われれば女性か? というくらいなものだ。そして鳥だから当然飛ぶ。ここではイオの風魔法が主力戦力だ。慧吾は魔力が続くのか心配したのだが、イオは天才と言っていいような魔術師で魔力も膨大なのだと、イオの代わりに警護に来たパリスに聞かされた。今まではアレでも温存していたんだそうだ。

「イオはまだ若いのに優秀なんだなあ」

 慧吾が感心していると、パリスがふんと鼻を鳴らした。

「若いってあれでも十七だ。成人している」
「そうなのか? 若く見えるな。人のことは言えないが」

 言っている間にもイオが風魔法で一頭を落とし、ジャスがそれを仕留めている。楽勝ムードが漂いはじめたころ、イオが突然ただならぬ大声をあげた。

「何かくる!」

 張りつめた緊張の中、バサバサという羽音とともに大きな影が慧吾たちの上に落ちた。慧吾は目を眇めて見あげた。

 ――――鳥の頭、獅子の身体をしたグリフォンだ。鋭い嘴と爪であらゆるものを引裂き『魔王の使い』の異名を持っている。

「なぜこんなところに……」

 唇をぎりりと噛みしめ、イオがグリフォンを落とそうと風魔法を使ったが、グリフォンはまったく意に介さない。翼のひと振りで払いのけてしまった。その煽りを受けてイオが吹きとんで壁に叩きつけられた。自身で張っていた結界も壊れてしまったようで、怪我をしたのかぐったりと動かなくなった。

「イオ!」

 ジャスとパリスの二人が叫んで駆けつけようとするが、グリフォンは翼で風を起こし、それを許さない。その鋭い爪でイオを掴もうとイオの頭上に舞いおりた。とっさに慧吾はイオに結界を張った。グリフォンは強固な結界に弾かれ、不思議そうに首を傾げている。
 何度挑んでも割れない結界に、グリフォンはとうとう諦め標的をパリスに変えた。慧吾はパリスとジャスにも結界を張り、イオの元に急いで走った。イオの状態を調べると頭から少なくない量の出血をしている。慧吾は迷わずヒールを使った。頭の傷が塞がったのを確認した慧吾はイオをそっと横たえた。ほかに外傷は見当たらないようだ。この様子だと血が戻れば問題なく快復しそうであった。

「イオの応急手当はした! 今行く!」

 慧吾はグリフォンに襲われている二人のところへ戻った。来るなとかなんとか怒鳴っているようだが無視だ。

「イオを休ませないといけない。二人で倒せそうか?」
「無理だ。……イオを、連れて、逃げろ!」

 ジャスがグリフォンの足に切りつけながら合間に切れ切れに叫ぶ。グリフォンの足には当たってはいるが刃が通っている様子はない。

「じゃ、俺が倒してもいい?」
「は!?」

 ジャスとパリスはものすごい勢いで振りかえった。しかし慧吾はもうグリフォンしか見ていない。そして慧吾が何かをしたようには見えなかったというのにグリフォンは急に動きを止めた。足元からパリパリと氷で覆われていく。とどめを刺しにジャスが飛びだそうとしたのを慧吾が制した。

「ちょっと待って」
「なぜだ! 今のうちに……」

 揉めていると頭の上から何かを弾くような不吉な音がしてきた。慧吾は慌てて二人の腕を引いてその場から逃げた。少し離れて止まりグリフォンを示す慧吾。ジャスとパリスは息を呑んでグリフォンを見つめた。
 氷に亀裂がピシリと入る。みるみるうちに亀裂は四方八方に広がった。パリスは氷魔法が破られたとばかり思い拳を握りしめた。ところが――――。

 氷が完全に割れたとたん、そこにはグリフォンの姿はなく、代わりにコロンと魔石がひとつ落ちていた。

「え……」

 二人の冒険者は何があったのかわからず、魔石を拾う慧吾を呆然と眺めているだけだった。こちらに戻ってくる慧吾はさぞかし得意に……なってはいなかった。むしろすっかり小さくなっていた。

「早く倒せば良かった。そうしたら……」

 と目を閉じたイオの顔を覗きこんでいる。慧吾はイオの髪を顔から払ってやった。

「ごめんな、イオ。俺が魔法を使うのを迷ったばかりに」

 慧吾が後悔の滲んだ声で話しかけると、イオのまぶたが震え、青い目がぼんやりと開いた。

「イオ!」

 パリスが身体を起こそうとしたイオの背に手を入れて支えた。

「う……、何が。……!! グリフォンは!?」

 頭を急に動かしたイオはめまいがしたのか目を閉じて呻いた。

「心配するな、ケイが倒した。それより大丈夫か?」

 パリスの言葉にイオはパッチリと目を開けた。

「ケイが? ……やっぱり有名な魔術師だったんでしょ! Dランクなはずがないよ」
「いや……魔術師としては無名だ。というか有名になるのは嫌かなあ」

 黒狼の三人は奇妙なものを見る目をした。冒険者は名を売ってナンボの商売だ。

「変わったヤツだな。それじゃこうしよう。このグリフォンはたまたま弱っていたのを俺たち三人で倒したことにする。それでいいか?」
「あ、でもギルド長だけにはそれも含めて相談して……いっそ味方になってもらおうかなと。勝手ですまないな」
「わかった。アンタは恩人だ。気にするな」

 勇者っぽく爽やかにジャスは笑った。慧吾は丁寧に礼を述べた。

 イオが頭を持ちあげようとしたのをパリスが支え、座らせた。血がべったり後頭部についているのを見てパリスが眉を顰め、傷の場所を探った。そしてますます眉間のシワを深めた。

「傷が……」

 ジャスもイオの頭に手を伸ばした。同じように髪の間を探っている。

「あれ、傷が……ない?」
「え? そういえば痛くない……なんで!?」

 イオは慧吾に視線を移した。つられるようにあとの二人も慧吾を見る。

「あ、そう、ポーション! 上級ポーションを持ってて! ほらね」

 収納から慧吾はジル特製ポーションを出して掲げた。市販品より効くのは本当のことである。市販品は軽い病気や小さな傷しか治せないのだ。これは何しろ聖女様特製の品だ。よく見せるようにみんなから言われたが慧吾は特製品だからと断った。

「そんなものまで持ってるなんて」
「いや、たまたま知りあいがくれてね」

 黒狼のメンバーは引きつった顔をしている。うわ引かれたマズイと慌てて言い訳をはじめる慧吾だった。


「さて、そろそろ出るか」

 ここで切りあげ、帰路につくことになった。帰りはパリスがイオを背負い、慧吾も攻撃に加わって一気に進む。
 馬車の迎えまでもう少しあるため、出口付近で待機だ。その間に魔石を数えると大小合わせて二百個は越えていた。ノルマは達成だ。
 馬車に乗りこんで2時間後、トーリアの街に到着することができた。もとの予定ではここで一泊する予定だったのだが大事をとって二泊する。暇ができた慧吾はレヴィンに連絡を取ることにした。ギルド長のことも根回しを頼まなければなるまい。
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