タチバナ

ルン

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9 side アズサ

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 なんとか意識は保っていたが、それでも体の全てが痛みで溢れかえり立ち上がることはできなかった。

「ウホーーー!」

 マウントゴリラは勝利の雄叫びをあげた。

 (...さっきのあの窪みは間違いなく落とし穴。まるで子供が作ったような拙い物だけれどこんなところに子供が来るとも思えない。だからこれを作った犯人はどう考えても、いま私の目の前にいるあのモンスターしかいない………)

 アズサは体を押さえながら必死にその考えに至る。

 (きっと最初から私は誘い込まれていた。私の攻撃で相手が引いていたのではなく、相手がこの罠のある場所まで私を誘いこんでいた。そんな事にも気付かずに私はただあいつを追い詰めていると思い込んでいた)

 『訓練と実践じゃ全然違う』

 アズサはナオトの言葉を思い出していた。

 (あなたの言った通りねタチバナ君。私はまるで理解していなかった。冷静さを欠き、無闇矢鱈に突っ込み、結果相手の罠にまんまと嵌まる)

 マウントゴリラは横たわるアズサのもとへゆっくりと近づいて来る。

「ウホホホー」

 その雄叫びを間近でアズサは聞く。それは自分を死へと誘う死神の足音。なのになぜかあまり恐怖を感じてはいなかった。

 いや、感じなかったのではない。ただ、それ以上の後悔にかき消されていただけだった。

 他人(ナオト)の助言を聞かず、1人でやれると過信し、結果今こうして、起き上がる事さえ出来ずにいる自分の状況に。

 (...だとしても私はこんな所で終わるわけにはいかない...)

 後悔をしてもなおアズサは諦めるということはしなかった。ろくに手足も動かせはしなかったがそれでも立ち上がった。彼女の心はまだ折れてはいなかった。

「負けない...こんな所で私は!」

 右手に小さくも鋭い氷の槍を作り出した。マウントゴリラはアズサの前で大きく振りかぶった。その攻撃を避ける体力も受け止める魔力ももうなかった。

 だからもうアズサは既に覚悟を決めていた。攻撃が来ると同時にほんの一瞬早く相手の喉元に突き刺すカウンター。

 こんな満身創痍の状態でそれが成功する確率が極めて低いことは分かっていた。それでもアズサは諦めなかった。たとえ1%の望みもなかったとしても。

「...私にはまだやらなくちゃいけないことがある。こんなところで死んではいられない!」

 そしてとうとうマウントゴリラが腕を振り下ろそうとしたちょうどその時、コツンと何か石ころのような小さなものがマウントゴリラの顔に当たった。

 アズサがその物体が飛んできた方向に目を向けると、ある一人の男が怯えながら立っていた。

「あなたは!」

 そこに立っていたのは先程アズサが助けた、商人の父親だった。手には商売道具と思われる木製の剣のようなものを持っていた。

「なぜ、ここに来たの!」

 アズサは痛む体を無視して声を上げる。

「あ、あ、あんたを助けにきたんだ!」

 商人の父親は震えながら答える。

「無理に決まっているでしょう。何の訓練もしていないただの人間があれに勝てるわけがない!」

「そ、それでも俺はあんたを助ける」

 そう言って商人の父親は持っていた木製の剣を構えながらマウントゴリラに向かって突撃する。

「おぉぉぉぉ!!」

 商人の父親は力一杯マウントゴリラに何度も何度もその木製の剣を叩きつける。マウントゴリラはその一打一打を全て食らう。

 どうしてマウントゴリラが反撃をしなかったかはアズサにはわからなかった。しかし、もしもモンスターに感情というものがあるのなら、マウントゴリラは確かに笑っているようにアズサには見えた。

 その笑みは商人の攻撃が全くの無意味だと商人自身が気付くまで、そして商人が絶望する瞬間まで待つというサイコパスのような笑みだった。とうとう商人の力が尽き、攻撃が止む。

「はぁ、はぁ、どうだこんちくしょう」

 しかし、当然のことながらマウントゴリラにはほとんどダメージは入っていない。マウントゴリラは優しく振りかぶり、行商人の顔を平手打ちする。

「ウッホ!」

「ぶっ...」

 商人は後ろに吹き飛んだ。それでも商人はよろよろと立ち上がり、マウントゴリラに向かって再び攻撃する。

 そして再び商人は吹き飛ばされる。何度も何度も吹き飛ばされては立ち上がった。しかし、さすがにこの商人も、もう限界だった。

「もうやめなさい!」

 アズサは叫んだ。商人の元に近寄ろうにも体が言う事を聞かなかったから叫ぶしかなかった。一歩一歩が鉛のように重かった。

 それでも商人はアズサの言葉に耳を傾けはしなかった。そして再びモンスターに突っ込み、再度商人は吹き飛ばされた。

「どうして、なぜ、逃げないの!」

 アズサは再び声を上げる。

「お...俺は商人です...商売で大事なのは金と金とのやりとりなんかじゃない! 人と人とのやりとりだ!! あんたは俺を助けてくれた、だったら、俺があんたを助けないわけにはいかない!!!」

 そう言って商人は再び、マウントゴリラに目掛けて突っ込んで行く。

「商売魂なめんじゃねーーーー!!!」

 商人はそう叫びながら勢いよく駆けていった。けれど、もうその商人が限界だということは分かっていた。

 アズサは持っていた氷の槍を手放し残っていた最後の力を振り絞り、もともと枯れ木と一緒にくっついて残っていたマウントゴリラの氷を媒介として、マウントゴリラの体全体を絡めとるような氷を生成しマウントゴリラの動きを止めた。

「ウホっ!」

「どうして貴方達親子はそんなに自分勝手なの! 少しは他人の話を聞きなさい!」

 マウントゴリラはその氷を壊そうと、全身に力を入れる。

「だっ、だったらあなたも!」

「私のことはいいから早く逃げなさい!本当にもうこれ以上は持たない...」

 マウントゴリラに絡まるようにくっついているアズサの氷はビキビキとヒビが入り始める。

「早く…行きなさい...」

 とうとう、マウントゴリラの全身に絡んでいたアズサの氷は粉々に砕け散った。

「ウホーーー!」

 マウントゴリラはアズサと商人の目の前まで近寄る。そして腕を大きく振りかぶる。

 アズサと商人は息を呑んだ。これで何もかも全てが終わりだと思って。

 瞬間マウントゴリラの体が宙に浮いて後ろに吹っ飛ばされドスンという音とともにマウントゴリラは背中から地面に落ちた。

 商人は何が起きたか理解出来ていなかった。しかし、アズサは理解した。

「……待たせすぎよ...さっさと駆けつけなさいと言ったこと、忘れたの」

「………億が一にもないんじゃなかったのかよ」

 マウントゴリラは蹴り飛ばされた。駆けつけたナオトによって。
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