真実の愛の為に

ひづき

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3)逃げられない






 婚約解消宣言の翌日には、第三王子が実は男色家で、婚約者の従者に告白して襲いかかり返り討ちに遭ったという噂が、王都中に広まっていた。誇張こそあれ、概ね本当のことなので仕方ない。

 お嬢様は大変仕事が早くていらっしゃる。

 愛娘を傷つけられた公爵は、心労により、これ以上国に尽くすのは無理ですと、涙ながらに議会で崩れ落ち、爵位を返上すると宣言した。憔悴している愛娘と、移住を希望する者たちのみを連れ、亡き妻を偲び隣国へ居を移すことも合わせて宣言し、止めようとする輩を撒き散らして一時的に姿を隠した。

 旦那様も大変仕事が早くていらっしゃる。

「もう、お嬢様とお呼びする必要はないですね、リロンド様」

「アーヴィンになら何て呼ばれようが構わないけどな」

 お嬢様の弟君、旦那様のご子息がニヤリと笑う。女装するとお嬢様そっくりの彼は、男装すると意地の悪い表情ばかり見せる悪ガキだ。

 お嬢様のフリを始めた頃は12歳だった彼も、14歳となった今では骨格に男性らしさが出てきており、手脚の露出で正体がバレる恐れがあった。

 いくら可愛い顔立ちとはいえ、元々無理のあった作戦だと思う。思春期の少年に女装して婚約破棄されて来いと命じる旦那様も頭が湧いているとしか思えなかった。

 対する少年リロンド様も頭がおかしかった。

『コイツを嫁にくれるなら、やる』

 あれは迷いのない返答だった。

 いや、俺は男なんだけど???嫁???という疑問をスルーして、旦那様はその要求を呑んだのだ。

『早熟すぎる!お前が18歳になるまでアーヴィンに手を出さぬのなら許可しよう』

『二十四時間手元に置いて観賞していいなら我慢するよ、親父』

『許可する』

 頭のおかしい父子の会話だった。そこにアーヴィンの意志は欠片もなかった。

 彼が18歳になるまであと4年。長いような、短いような複雑な心境だ。隣国行きの船旅はゆったりとして、心地の良い風を運んでくる。風が優しくて、つい忘れがちだが、こうしている間にもリロンド様は隙あれば俺の尻を揉もうとしてくるので油断ならない。

「あの、俺、男なんですが!」

「毎日一緒に風呂入ってんのに何を今更?」

 逃げようとすると腰にしがみつかれる。船のデッキでこのやり取り、傍から見れば不審だろうが、旦那様名義で貸し切りのため、身内しかいない。批難する者もいないし、助けてくれる者もいない。

「俺、4歳も年上なんですが!」

「そうだね?」

 だから何?と、心底不思議そうな顔をされると、まるで俺がおかしな事ばかり言っているかのように錯覚する。

「マジで俺を嫁にする気なの?」

「え、今更聞く、それ?」

 一目惚れしたんだから仕方ないだろう。臆することなく、リロンド様は耳元で囁いてくる。逃げようにも、がっしり捕まって離して貰えない。

 大恩ある旦那様のため、お嬢様のために、犠牲になったのは俺の一生である。

 まだ少し、抗いたいと思う。自身の男としての矜恃のために。

 ───逃げ出していない時点で、だいぶ絆されてはいるのだが。





 隣国にて。

 本物のリローザお嬢様は、隣国でお世話になった伯爵家の令息と恋仲になり、恙無く婚約が成立した。元々親戚なので理解もあり一連の騒動など障害にはならなかった。

 国と爵位を捨てた旦那様は、伯爵領の代理領主として地方で生き生きと精力的に領地改革に勤しんだ。まるで若返ったかのようにさえ見える程に生き生きと。余程ストレスを溜め込んでいたようだ。

 リロンド様は元々の留学先に復学し、同時に商会を立ち上げた。俺はリロンド様の専属世話係になった。

 ───というかもう、実質、嫁?奴隷?

 まず隣国に到着するなり、リロンド様と二人暮しになることを告げられ、戸惑い、縋るように旦那様とお嬢様を見遣ると全力で目を逸らされた。

 案内された屋敷は幸いこじんまりとしていたが、俺の部屋という名目の書斎のようなものはあるのに、寝室は一つ。ベッドも一つ。メインの浴室が別にあるのに、寝室にもシャワールームが併設されている。一番恐ろしいのは、この寝室の鍵だろう。内側からは一切操作不能で、外側からしか施錠も解錠もできない。

「オレから逃げようとしたら…、わかるな?」

「……………」

 俺は曖昧に、にへら、と笑って誤魔化した。機嫌を損ねたら監禁されるのは確実。それだけで済むのかという懸念がある。他にも鬼畜な仕掛けがありそうで恐ろしい。

 例えば、あの棚をズラしたら開脚固定椅子が出てきたりとか、ボタンか何かを押すと天井から空中拘束のための鎖や手錠が下りてきたりとか…?

 疑いの目を四方八方に向けていると、リロンド様は目が眩みそうなほどに美しく微笑みかけてきた。

 心の声を読まれてる!?

 しかも、あらかた正解してるっぽい!!

「俺は、リロンド様のモノです」

 ドキドキと胸が高鳴るのは恐怖故だと思いたい。迫ってくる口付けを避けられないのも、立場故だと思いたい。

 リロンド様が18歳になるまで、猶予はあと4年ほど。

 逆に俺はこの環境下で4年も待てるのだろうか………





[完]



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