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しおりを挟む死ぬ時になって、ようやく時間は有限なのだと気づいた。死にゆく己が彼の重荷になることを思えば好きだなんて言えなくて、でも言いたくて。
葛藤と息苦しさの中、「来世でまたお前に会いたい」と縋るように伝えた。
「───全部、お忘れになって下さい」
そう答える声音は優しくて。
優しいが故に残酷で。
その返事が抜けない棘となって魂に突き刺さる。死への恐怖よりも、棘の痛さに涙が出た。
───というのが、レーヴェルの中にある一番古い記憶だ。恐らく〝前世〟なのだろう。
そのせいなのか、なんなのか。学園入学時に出会った当初から容貌を認識出来ない人物が1人いる。名前を聞いても正しく聞き取れない。漠然と、男性で、自分より少し背が高いんだな、という概要だけはわかる。だが、それだけなのだ。それ以上の特徴が全く認識出来ない。
「なんでお前って───には塩対応なの?」
名前が聞き取れない、つまり、アイツのことなのだなと解釈する。
「いや、だって、いても全く存在感なくて気づけないんだよ」
なにせ存在を認識出来ない。認識した後も意識しないとそこに奴がいるのだということが頭からすっぽり抜けてしまう。結果、無視する形になり、アイツを好ましく思う連中からレーヴェルは睨まれている。生意気だとか、そんな幼稚な手法を使ってまで彼の気を引きたいのかとか。好き勝手言われている。
「あの───が存在感ないって…。もっとマシな言い訳しろよ。流石に無理があるだろ」
仲の良い友人にさえ信じて貰えず苦言を呈される。誰にも理解して貰えない。しかも、今世ではアイツの方がレーヴェルより身分が上らしいので尚更肩身が狭い。
「おい、レーヴェル!お前いい加減にしろよ!言ってる傍から何無視してるんだ!!」
目の前の友人に怒鳴られ、レーヴェルはようやく自分がアイツに話しかけられたのだと気づいた。振り向けば背後にアイツらしき、漠然とした背格好しか認識出来ない人物がいて。それより離れたところでレーヴェルに批難の視線を向ける人々がいる。
「来期から留学すると聞きました。本当なのですか?」
前置きなく、否、あってもレーヴェルには聞き取れなかったのかもしれないが、アイツはそんなことを問いかけてきた。表情はわからない。声音も平坦で感情は読めない。
「事実です」
そして、そのまま生きる。この国に帰ってくるつもりはない。
成人してもアイツを認識できるようになる見込みは無い。自分より身分の高いアイツを認識できないままでは、恐らくこの国の社交界ではやっていけないだろう。今は学生という身分だからこそ見逃されているだけだと、周囲から言われなくてもわかっている。
「行かないで下さい」
腕を掴まれても、レーヴェルの心は揺らがない。周囲の人間は、何故貴方様を無視するソイツを引き止めるのか!と驚きを露わに2人を見ている。人が大勢いるお昼時の廊下で話すことではないだろうとレーヴェルも思ったが、場所を変えようとすると相手を見失う可能性が高いので仕方ない。
「貴方には関係ありませんよね?」
あの時、死なないでくれと、いっそ縋ってくれたなら良かったのに。そんなことが心に浮かんだが、過ぎたことだ。
忘れたくても忘れられなくて。それでも努力した弊害が、相手を正しく認識できないという不具合で現れて。彼を一方的に愛したのは前世のことなのだ、もう自由になりたい。忘れたい。
それなのに───
「貴方様を、レーヴェル様をお慕いしております」
ザワっと、周囲が動揺する。レーヴェルの心も動揺する。
「俺は、もう、お前のことなんか忘れた」
「逃げないで下さい」
咎めているように聞こえて、耳を塞ぎたくなった。お前に俺を咎める権利なんてないだろうと怒鳴り散らしたい。
「忘れろって言ったのはお前だ!今更俺に構わないでくれ!」
ついうっかりレーヴェルが前世?で言われた言葉を理由にして拒んだら、あの2人は以前付き合っていたらしいとか、セフレだったらしいとか、噂が一人歩きして広まってしまった。
お陰でレーヴェルがアイツを無視しても批難されることがなくなった。代わりに好奇心旺盛な奴に問い詰められたり、相談に乗るよと野次馬根性見え見えで声をかけられることが増えた。
アイツは諦めていないようで。隙あらば留学するなと説得に来ている、らしい。意識しなければ認識出来ないので、それらの言葉はレーヴェルに届かない。いい加減話を聞いてやったらどうだとアイツに同情する人間の声だけがうるさい。
忘れなくては。そう思うのに、死ぬ間際に言われた言葉を未だに覚えている。ちゃんと忘れていたら、アイツのこともその他大勢と同じように認識して、会話をして、友人くらいにはなれただろう。何故中途半端に記憶が残っているのだろうか。
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