不当に扱われるメイドと不遇の王子達

ひづき

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7 強引な人達

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「そうそう。今度、我が家で開くお茶会で伯爵令嬢アリネリアをお披露目するから………、うん、まぁ、頑張れ」

 やや投げやりにウィルが言う。励ましているようには聞こえず、アーネは眉をひそめた。

「頑張れ…?何を?」

「母上の相手」

「─────?」

 どうして茶会で身内の相手を頑張る必要があるのか。この時のアーネは理解できなかった。





「可愛い!可愛いわ、アーネちゃん!」

 大絶賛しながら大はしゃぎする養母に、アーネは笑顔を引き攣らせる。

 お茶会のためのドレスを買いに街へと連れ出され。高級ブティックで試着を重ねること6時間。店側が用意した軽食がなかったら空腹を理由に中断できたのに!と恨めしくなるほど、ひたすら試着、試着、試着。

「今回は時間が無いからオーダーメイドできなくて残念だけど、既製品コレ既製品コレで楽しいわね!」

 試着の必要性がわからなくなるほど、試着した服を今のところ全てお買い上げしている養母は元気いっぱいだ。庶民向けの店と異なり値札がないので一体総額いくらになるのか、アーネには想像もつかない。

「明日は靴とバッグ、そうね、宝飾品も見たいわねぇ」

 明日!?

 聞こえてきた単語にアーネは動揺を隠せない。

「邸宅にお持ちしますか?」

 普通は商人が品を持って家を訪れるのが一般的な高位貴族の買い物である。家ならまだ寛げるかもしれないし、店側が持参する品にも限りがあるはずだ。祈るようにアーネは店側の提案に期待を寄せた。

「明日も娘を連れて来るわ。一通り品を揃えておいてね」

 養母は上機嫌で即答である。容赦がない。

 ウィルの口にした、意味の無い上辺だけの〝頑張れ〟は、〝耐えろ〟という意味だったのだと知った。

「あの、お母様、ちょっとお手洗いに行って参ります…」

 一休みしたい。その一心でアーネは言い逃げするように返事を待たずにVIPルームを抜け出した。養母の隣りに座っても一休みはできただろうが、休んでいるはずの合間も養母は話し続けるだろう。とても気が休まるとは思えなかった。

 ブティックのはずなのに、伯爵家並に広い造りの高級店は廊下まで品がある。窓を縁取る白枠に、さりげなく金の装飾が蔦を描いていた。綺麗だな、と。

 指でなぞりつつ見入っていると、突然「なんで!」という金切り声が廊下に響いた。

 何か揉め事だろうか。

 アーネが声の方を振り向くと、見覚えのある女性が顔面蒼白になりつつ、頬を引き攣らせている。

「───ハーリス子爵令嬢」

 エストの影武者として毒を摂取し、単なる体調不良のフリをしてその場を離れようとしていたウィルを、アーネに押し付けた人物だ。ある意味、今、アーネがここにいるのは、彼女のお陰とも言えるだろう。ウィルが死にかけたことを考えれば、感謝なんて例え嘘でもできないが。

 ハーリス子爵令嬢はお仕着せ姿だ。そのお仕着せは王宮メイドのものではない。入店後あちらこちらで見掛けた、この店の下働きの者が共通して着ているデザインである。

「なんで、アンタが───!」

 ガツガツと歩み寄ってきたハーリス子爵令嬢の手がアーネの胸ぐらを掴む。アーネの首元で華奢なネックレスが弾けるように跳ねた。

 どう反応すべきか、アーネは悩む。以前は殴られても逆らってはいけなかったが、今のアーネは伯爵令嬢で、店の客だ。抵抗すべきなのだろう。しかし、抵抗とは一体どうすればいいのだろうか。今まで受け身で流してきた分、抗う方法をアーネは知らない。

「仕事も解雇クビ、実家からは縁切りされたわ!当然婚約も破棄された!全部、アンタのせいよ、アーネ!」

「───え!婚約してたのに男漁りしてたんですか!?」

 男漁り───ターゲットは当然、高位貴族の見目麗しい男性だ。仕事は男漁りのオマケかな?ってくらい、色目を使うのに忙しくしているイメージしかない。

「べ、別にいいじゃない!それとこれは別よ!」

「婚約者に不誠実だった時点で捨てられても仕方ないですよ」

 アーネに言わせれば自業自得だ。アーネのせいにされても呆れる、というか、困る。

 ハーリス子爵令嬢───元子爵令嬢か?は、不意に表情を消した。

「───アンタは?アンタは私を恨むとかないの?」

「え?貴女を?何で?───あ。お兄様には謝罪して欲しいと思ってます」

 素直な気持ちを伝えただけなのに、元子爵令嬢(?)は憎いとばかりに顔を歪める。

「偽善?私を憐れんでるの?」

「いいえ?」

 王城で過ごした日々を思い出す。不当に仕事を押し付けられ、虐げられ、利用される日々。

「あの日々を甘んじて受け入れてきたのは、他の誰でもないわたくしだから。誰かを恨むのは筋違いだと納得しているからですよ」

「はぁ?」

 理解できないとばかりに、元子爵令嬢(仮)は声を荒らげた。掴んでいたアーネの胸ぐらを離すなり、今度は両肩を掴んで前後に揺さぶってくる。

「信じられない!アンタ、本当に大丈夫なの!?感情死んでない!?怒っていいのよ!怒りなさい!」

 変な命令だなぁとアーネは笑った。

「そんなことを言われましても………」

 そもそもアーネには怒り方がわからない。怒られたことはあるが、怒ったことがない。


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