不確定要素は壊れました。

ひづき

文字の大きさ
7 / 11
その後の彼ら。

しおりを挟む



 父は、母にしか興味が無い。

 品物の目利きも、売れる売れないを餞別する感性も、計算の速さも、全て商人として一流なのに、それらは全て、母を手に入れるためだけに発揮したのだという。手に入れたら「飽きたから商売はもういいかな」とか言い始める。父にとって商売は手段の1つでしかない。

 母が望めば、父は何でもするのだ。その“何でも”の中にたまたま商売が入っていた。本当にそれだけなのだ。母が「貴方と一緒にお仕事できたら嬉しい」と呟くだけで父は全力で動き出す。───言葉一つで父を自在に操る母の方が怖い。

 グレイルはそんな両親の元に産まれた。





 目の前の、ふわふわとした銀色の髪を手櫛で梳く。10年間欠かさず行っていたお陰で、グレイルの愛しい愛しい主人はグレイルの手櫛を当たり前のものとして受け入れている。疑問すら抱いていない。

 主人を、シェノローラ第一王女殿下と呼ぶことで今まで危うい均衡を保っていた。越えてはならない一線を越えないように。

 でも、それももう、表向きだけでいい。

「シェノローラ第一王女殿下」

「2人きりなのに、もう外面モードなの?」

 鏡越しにむくれる彼女に、内心悶絶する。もう主従じゃなくて婚約者なんだと、こういう時に実感する。かわいい。主として相応しくあろうと気を張っていた時には決して見せなかった幼さや可愛らしい欲望をぶつけてくる。

「あまり俺を甘やかさないで、シェラ。仕事したくなくなるだろ」

 もう従者ではない。それでも彼女の身支度を手伝うのは単なる趣味と独占欲だ。彼女が自分以外によって綺麗になるなんて許せない。彼女のことになると極端に心が狭くなるのだ。

 将来王配として必要となることを学ぶために、現在は国王夫妻の秘書のようなことをしている。執事兼補佐官のような状況である。シェノローラの傍を離れる時間は苦痛だが、これもシェノローラが望む未来を手に入れるためだ。

 グレイルがシェノローラを手に入れる決心をしたのは、今から15年前。



 最愛の王妃の初産が成功したお祝いに特別なものをプレゼントしたいと、国王は、王弟であり大規模な商会を営んでいるグレイルの父に依頼をした。

 当時5歳のグレイルは、物心つくより前から両親と仕入れのために世界中を旅し、数ヶ国語をマスターしていた。人間の汚さも、裏社会特有の取り引きも、既に父に同行して学んでいた。母も父同様変わっており、グレイルが人を殺そうが、何をしようが、「生きているならいい」「揉み消せる範囲ならいい」という人だった。

 そんなグレイルが父と共に城に来たのは単なる思いつきでしかない。

 王妃は産後の肥立ちから体調を崩して寝込んでおり、会えなかった。代わりに会ったのが、産まれたばかりのシェノローラ第一王女だった。まだ目も見えない、小さな小さな赤ちゃん。それを一目見てグレイルは心の赴くまま決めたのである。

「僕、彼女と結婚します」

 それを聞いた父は国王陛下に向き直った。

「兄さーん!うちの子、お婿さんにあげるねー」

「要らん!」

「いやいや、うちの家系の特性わかってるでしょ?一度決めたら手段を選ばないよ。兄さんを殺してでも奪うよ、この子は。諦めて平和的に受け入れなよ」

「まだ5歳だろう。殺すだなんて大袈裟な───」

「─────」

 じ、と見つめてくる国王の目を見つめ返す。見つめ返された国王はダラダラと汗をかきはじめた。

「お前の家はどういう教育してるんだ!!」

「え。商売に必要な算術に、帳簿の付け方。あとは仕入れ旅が快適になるように、料理、毒精製、洗濯、盗賊の殺し方、馬車や船の操縦、地図の読み方と書き方、サバイバル術、水泳、語学、体術、剣術、弓矢に吹き矢に投擲───」

「おかしなのが混じってる」

「そう?」

 常識だよねぇ?とボヤく父に、グレイルは返答できない。なにせ、その父の教育しか知らないので、どのあたりが非常識なのか判断できない。

「毒精製って何だ」

「僕達もやったでしょ?」

「毒“耐性”はやったな。“精製”はやっていない」

「似たようなもんでしょ?」

「お前は息子を何に仕立てあげようとしてるんだ!商人の域を越えてる…」

「僕みたいに裏も表も仕切る大商人、かな?」

 国王は頭が痛いのか、目眩でもするのか、額を手で押さえてよろける。何か憂いがあるのなら、それは取引の材料となる。

「シェノローラが手に入るなら何でもやります。誰を殺しますか?どこかの組織でも潰しますか?」

「商人じゃなくて殺し屋の発想だろう!」

 国王は渋ったが、恋に盲目・猪突猛進、手段をえらばない王族の気質を嫌という程把握しているためか、最後には深い溜め息と共に折れた。

「目の届かないところで暴走されても困る。未来の王配候補として、城で教育を受けることが条件だ」

「いいよー。今日から置いていくね!荷物は後で届けさせるから安心して」

「いや、今日でなくても───」

 母親への相談とか、色々あるのではと国王は呻く。生きていれば別にいいという方針の母なので、定期的に手紙を書けば問題ないとグレイルも判断した。そうでなかったとしても、父が怒られるだけのこと、自分には関係ないともいう。父は、父自身以外のことで母が怒ると、例え息子のことでも酷い嫉妬をする面倒な人だ。夫婦で互いに相殺するだろうし、いざとなれば母が城まで会いに来るだろう。最早父の頭には母を独占できるという喜びしかない。グレイルも、両親の傍より、シェノローラの傍にいたかった。

 それから5年間。同じ城内にいるのに、まだ会わせるのは早いと主張する国王の命によって一度もシェノローラに会わせて貰えなかったのは誤算だった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒見役の少女が愛を知った日

ふくろうまる
恋愛
 家に居場所を持たず、自由気ままに生きてきた貴族の次男ルーカス。 感情を捨て、毒見役として静かに生きる少女マリア。 決して交わるはずのなかった二人は、城の廊下と毒見前のわずかな待機時間で言葉を交わす。冗談めかして距離を詰めるルーカスと、戸惑いながらも少しずつ心を揺らすマリア。 これは―― 生きる意味を求める青年と、失った感情を取り戻し始める少女が紡ぐ、静かで不器用な救済の物語。

置き去りにされた聖女様

青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾 孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう 公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする 最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで…… それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。

毒姫の婚約騒動

SHIN
恋愛
卒業式を迎え、立食パーティーの懇談会が良い意味でも悪い意味でもどことなくざわめいていた。 「卒業パーティーには一人で行ってくれ。」 「分かりました。」 そう婚約者から言われて一人で来ましたが、あら、その婚約者は何処に? あらあら、えっと私に用ですか? 所で、お名前は? 毒姫と呼ばれる普通?の少女と常に手袋を着けている潔癖症?の男のお話し。

春告げ鳥

朝山みどり
恋愛
春告げ鳥が鳴く季節、わたしは一人の男性と出会った。彼の穏やかな笑顔と声には、いつも春告げ鳥の鳴き声が重なっていた。その春、彼は戦争へ向かい、「笑って待っていてね」と言い残して去る。振り返らなかった背中を、わたしは今も忘れられない。呼び止めなかった後悔を胸に、わたしは毎年、春告げ鳥の声を聞きながら待ち続けた。 年月が流れ、体は衰え、終わりが近いことを静かに悟るようになる。今年の春、いつもより早く春告げ鳥が鳴き、窓の外に彼の姿が現れる。若い頃のまま、照れたように笑い、迎えに来たのだと自然に理解できた。待つことは苦ではなく、人生そのものだった。約束どおり笑って待ち続けたわたしは、春告げ鳥の声に背中を押され、再会の笑顔へと歩み出す。今年の春告げ鳥は、少し早く、それでちょうどよかった。 なろうにも投稿しております。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

身分違いの恋

青の雀
恋愛
美しい月夜の晩に生まれた第1王女ベルーナは、国王と正妃の間に生まれた初めての娘。 権力闘争に巻き込まれ、誘拐されてしまう。 王子だったら、殺されていたところだが、女の子なので、攫ったはいいものの、処理に困って、置き去りにされる。 たまたま通りすがりの冒険者家族に拾われ、そのまま王国から出る。 長じて、ベルーナの容姿は、すっかり美貌と品位に包まれ、一目惚れ冒険者が続出するほどに 養父は功績を讃えられ、男爵の地位になる。 叙勲パーティが王宮で開かれ、ベルーナに王子は一目ぼれするが、周囲は身分違いで猛反対される。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

処理中です...