休眠Ω、強制覚醒

ひづき

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 和佐かずさ青砥あおとより3歳ほど年下らしい。よく喋る男だが喧しいとは思わない。落ち着いた声音で穏やかに話すからかもしれない。無理に返事を求めない割に、きちんと青砥あおとの反応を見て話題を変える。手際よく料理を取り分け、追加の飲み物を頼んで。これはモテる男だと青砥あおとは実感してしまった。

「───そう言えば青砥あおとさん」

 酔ってきたのかもしれない。間にチェイサーも挟んでいたのだがペースが早かっただろうか。頭がぼーっとしてきた。だから、和佐かずさの口角が吊り上がったことに気づかなかった。

「んー?」

「もうあんな女とは婚約破棄しますよね?」

「…いや、本人と話し合ってからじゃないと」

 和佐かずさの言い分しか聞いていない。いくら絶望的であっても一方の言い分だけを鵜呑みにすることはしたくない。半分眠い頭でも気持ちは揺らがなかった。本当に好きで。本当に愛していた。だから、彼女の口から真実が聞きたい。

「そういうと思って準備してきましたから、まぁ、いいですけど。やっぱり面白くないなぁ」

「…?」

 和佐かずさの言葉が理解できず、首を傾げる。

青砥あおとさん、運命のツガイって知ってます」

「うんめい…?それって、あれか、アルファとかオメガってやつ?」

「はい」

 キラキラと、何かを期待するような目で頷く男が可愛い大型犬に見えて、青砥あおとはへにゃりと笑い返す。

「都市伝説だろ?」

 男女という生物学的性別と同時に存在するという“第二の性”、それがα、β、Ωという三種類の性別だ。実は男性の身体には子宮の名残がある。名残、つまり退化しているから孕むことは出来ない。しかしΩならば男性であっても身体の成長と共に子宮が育って妊娠が可能となる。一方、女性の陰核は男性器の名残であり本来なら射精機能を持たないが、αならば例え女性であっても成長と共に種付けが可能となる。

 第二などと呼んでいるが、人体に残る痕跡を見る限り、男女の区分以前に存在したのがα、β、Ωという括りだというのが定説だ。それらは人間が知性を持つ前に存在していた、優秀な遺伝子を残すことに特化した性別なのだという。つまり本能だ。確実に優秀な遺伝子を遺すという本能から、αとΩは何億分の一という確率で特異的に惹かれ合う“運命のツガイ”というものを見出すらしい。自分の遺伝子をこれ以上なく高められる唯一無二の存在として本能のまま惹かれずにはいられない。

 既に多くの人が眉唾物か他人事だと思っている“第二の性”だが、実は今でも上流階級や特権階級と呼ばれる人間達の中にはα性やΩ性を持つ者が多くいるらしい。

「未だにαとΩで子を為すことに拘っている家も世の中にはあるんですよ」

「庶民には関係ない話だな」

「それは…、どうでしょうね。先祖返りで“第二の性”に目覚めたら巻き込まれると思いませんか?」

 とにかく優秀な遺伝子の塊であり、それを遺すという使命のため、生まれながらの支配者であるα。

 同じく優秀な遺伝子の塊であり、より優秀な遺伝子を得るべく容姿に恵まれて生まれてくるΩ。

 そのどちらにもなれない劣等種のβ。

 どうせ自分はβに違いないと青砥あおとは自嘲した。

「そしたら君はきっとαだろうなぁ」

 男性αも、女性Ωも、第一と第二の性が合致しているのだから、本人も自分がそうとは気づかないのではないか。それとも当事者にしか分からない特性でもあるのだろうか。

 青砥あおとは何故こんな話題になったのだろうと訝りながらも、瞼の重さに耐えられず目を閉じた。



 □ □ □ □ □



「───当初の予定通りだ、進めろ」

 和佐かずさは部下の返事を聞く前に電話を切る。イエスしか認めない、だから聞く必要はない。どこまでも冷たい声音、これが自分だと和佐かずさは確認すると思いがけず笑みが浮かんだ。

 初めて実物の青砥あおとと接して、優しく穏やかに話す自分に心底驚いた。まさか自分にそんな声が出せるだなんて微塵も思わなかったのだ。

 和佐かずさが選定した、青砥あおとの代理人弁護士が動き出す。もちろん婚約破棄と、それに伴う慰謝料請求の為だ。あの女が複数の男と不貞関係を持ったという証拠も準備済み。接触禁止令の申し立ても行い、女には青砥あおとの前から消えて貰う。

 色彩がないかのような室内。寝台の上には青砥あおとがスーツ姿のまま眠っている。

「俺のΩ、俺の運命」

 まずはΩとして覚醒して貰わなくては。現代の男Ωは基本的にΩの本能ごと子宮が冬眠状態にある。Ωとして覚醒させ、子宮を起こさないと発情期も来ない。発情期が来ないとツガイになれないし、孕むことも出来ない。

 休眠状態にあるΩのフェロモンは酷く薄い。それでも感じ取れたのは運命のツガイだからに他ならない。もし和佐かずさがαとして覚醒していなかったら青砥あおとを見つけられなかった。まさに奇跡だし、今でも幸運に涙しそうだ。気づかないまま擦れ違った挙句に阿婆擦れと結婚なんてされていたら…、考えるだけで背筋が凍る。

 青砥あおとのスーツを脱がせていく。下着も何もかも全て脱がせ、現れた裸体を前に、口の中に唾液が広がっていく。食べたい、欲しい。そんな動物的な欲求を押し殺して青砥あおとにバスローブを着せた。ただのバスローブではない。和佐かずさが数回着用し、わざと洗わずにαとしての匂いを染み付かせた物だ。

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