ぐるっと回ってワンと鳴け

ひづき

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ぐるっと回ってワンと鳴け

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 高校生の時、苦手な男性教諭がいた。常に微笑みを絶やさず、穏やかさを手放さない、絵に書いたような優しい人。生徒から人気はあった。だけど、どうにも胡散臭くて苦手で。関わりを避けたまま卒業した。

 あれから5年経っている。

 何故今更そんな関わりのない人物を思い出しているのかと、一輝カズキは現実逃避を止めて目の前にピントを合わせた。

「テメェみたいなケツ毛ジャングルな粗チン野郎に未練なんかあるわけねぇだろ、バーカ!俺にはもう若い男がいるんだ、引っ込め、カス!!」

 右腕で一輝カズキの肩を抱き、左手は怯む相手に向けられている。しかも中指を立てて威嚇している。そんな男が、あの苦手だった先生に瓜二つなのだ。

 仕事帰りに繁華街を歩いていただけなのに同性カップルの痴話喧嘩に巻き込まれ、逃げ道に使われている。勝手に新しい恋人役に仕立て上げられ、一輝カズキの表情は無である。恋人どころか全く知らない人…だと思いたい。

「おい、行くぞ」

 中性的ではないが綺麗な容貌の男性だ。笑わないと人間味がなくて迫力がある。そんな男性が恋人に向けるような甘い蕩ける笑みを向けてくるのだ、ナニコレコワイ。記憶にある清らかな聖人のような笑みとは雲泥の差がある。あれは胡散臭かったが、これは騙されたくなる。どのみち信じられないし、信じてはいけない類のものだ。分かっているのに流されるまま目の前にあったホテルに連れ込まれた。エントランスをくぐるまで背後で捨てられた男が吠えていたが、そんなことを認識する余裕がないほど一輝カズキの頭は飽和状態である。



 部屋の入り口で呆然と立ち尽くす一輝カズキをよそに、男は室内に一つしかないベッドへ勢い良く座った。スプリングの軋む音が生々しい。

「アンタ、ノンケだろ?悪かったな、巻き込んで」

 一切取り繕わない表情が、視線が、一輝カズキに向けられる。一輝カズキは生唾を飲み込んだ。先程の満面の笑みはどこへ行ったのか。表情の温度差が、高低差が凄い。それでも目の前の投げやりな表情の方が信用出来る。

「あの、八品ヤシナ先生、です、よね」

「…チガイマス、せんせ、なんかじゃ、アリマセン」

 急に酔いが回ったかのような舌っ足らずで否定される。

「先生も人間だったんだな」

「は?どういう意味だ、いや、どういう先生と間違えてやがる?ですか?」

 口調が混乱を物語る。別人だと主張したい八品ヤシナの隣に一輝カズキが腰を下ろすと重みでマットレスのバネが軋んだ。悲鳴のような掠れた音に、分かりやすく八品ヤシナの身体が強ばる。

「常に一定の笑顔を崩さない、作り物みたいで気味の悪い先生がいたんだ」

「あ゛?」

「今の、取り繕わない姿の方が好きかも」

 人間味があって、ちゃんと裏表があって、胡散臭くない。その方が親しみが持てる。一輝カズキにとってはその程度の意味しかない。

「……………やば」

 右手で胸元を、左手で口元を抑え、八品ヤシナが呻く。

「やばい?何が?」

「いま、俺の心臓キュンってした」

 目まで潤ませて何を言い出すのか。聞かなきゃ良かったと後悔しても遅い。ググッと距離を詰められて一輝カズキは仰け反る。

「そ、それは、不整脈とか、ほら、心筋梗塞とかかも」

「いーや、これは恋だ!付き合おう!」

 常に穏やかさを失わなかった物静かな教師の思い出が粉々になるかのよう。こんなに大きな声を張り上げる人ではなかったはずだ、多分。

「ぇ、あ、いや、男はちょっと…」

「安心しな。ちゃんと男の抱き方を手取り足取り実践で教えてやる」

「何ひとつ安心できない!」

 のしかかってくる重さを受け止めきれず倒れ込む。八品ヤシナはペロリと自身の唇を撫でつつ、邪魔な前髪を耳にかけてみせる。そんな仕草に一輝カズキまでドキドキしてきた。

 ス、と、自然な流れで近付いてきた八品ヤシナの顔を慌てて掌をかざし遮る。れろっと、かざした掌を舐められ、驚き、「ふひゃ!?」と変な声が出た。くすくすと八品ヤシナが笑うから、一輝カズキはますます羞恥から顔を耳の先まで紅潮させる。

 このままだと喰われる。一輝カズキは危機感を募らせ、煮え滾る脳味噌をフル回転させて対応を考えるが、最早空回りしかしない。

「こ、こういうことは、結婚してからじゃないと!!」

「あ゛ぁ゛?結婚?じゃあ、なに?お前、童貞なの?」

 キレ気味な口調とは裏腹に、八品ヤシナの長い指が優しく一輝カズキの股間を撫でる。服越しに一輝カズキの指先はそこに集まる熱を拾い、硬度を増すそれに愉悦の表情を浮かべた。

「…すみません、うそです、童貞じゃありません」

 もうダメだと一輝カズキは目尻に涙を浮かべて負けを認める。降参だという呟きは容赦なく鼻で笑われ一蹴された。





「く、」

「あ…!んっ、は、はっ、んん」

 ぬるぬるとした狭く温かい筒状の臓器に急所を包まれ、根元の締めつけと、その先のふわふわとした柔らかさに一輝カズキは小さく呻く。一輝カズキの陰茎を尻穴で咥えて腰を必死に振る八品ヤシナは微かな喘ぎ声を漏らしながら一輝カズキの太さと硬さを楽しんでいるようだ。恍惚とした表情、その瞳は熱に浮かされ、焦点が定まっていない。

 筋肉がつきにくいのか、細く頼りない躰。ぷっくりとした乳首の膨らみが殊更厭らしく強調されている。堪らずに吸い付くと「ひゃあっ」と可愛らしい悲鳴が降ってきた。ぶるりと痙攣するかのように震えながら肩を掴む手が、指が、爪が食い込んで痛い。そんな抗議を無視して一輝カズキは舌先で先端を転がし、ちゅぱちゅぱ吸って弾力を堪能する。

 優位に立って腰を振っていた八品ヤシナはいつの間にか動きを止め、どうやら身悶えることしか出来ないようだった。それでもキュンキュン締め付けるのは治まらないので、一輝カズキの欲は育つばかり。

「も、そこばっか、やっ」

 そこばかりが嫌だと言うなら、隣側に吸い付けばいい。乳頭は二つあるのだから。

「ちが、ああッ」

 乳首の問題では無かったらしい。じゃあ…と八品ヤシナの陰茎を撫でてみる。だらだらと先端から液体を零して、ふるふる震える様は健気だ。先端をくるくるなぞると、いやいやと首を左右に振りながら八品ヤシナは上半身をぴたりと一輝カズキの身体に寄せ、ギュッとしがみついて来た。

 一輝カズキの手が弱点から離れ、安堵したのか八品ヤシナの身体から力が抜ける。その隙に、一輝カズキ八品ヤシナの直腸を突き破る勢いで激しく突き上げた。

「ひ、やぁぁぁっ、ば!だ!はげしッ、んひゃ」

 ばか、だめ、はげしすぎる。たぶん、そう言っている。ぎゅぎゅぎゅっと内壁のうねりに搾り取られ、一輝カズキも余裕なく唇を噛み締めて吐精した。

「?、ん?」

 ゴムの中で弾け、直ぐに硬度を取り戻した為、八品ヤシナは状況がわからないらしく、動きが鈍った一輝カズキに不思議そうな顔をするだけ。

 涙と涎でぐじゅぐじゅになり八品ヤシナは酷い顔をしている。無防備なとろんとした眼差しは幼いのに、紅潮した肌の色香は一輝カズキを誘っている。

 人形のような先生の、学生時代の記憶が、目の前の泣き顔に塗り潰されていく。もうあの頃気味が悪いと思っていた表情が思い出せない。

 とん、とん、と。一輝カズキはゆっくり八品ヤシナを揺さぶり始めた。

「う、あ、それ、いぃ」

「ねぇ、先生は、もう俺のもの?」

「よびかたぁっ」

 突然吠えた八品ヤシナを躾ける様に激しく突き上げてみると途端に「あうっ」と声を上げて萎れる。つい虐めたくなる反応だ。

「先生が名前呼んでくれたら、俺も名前で呼ぶから」

「なまえ……………?」

 名乗っていないのを承知した上での意地悪だが、思い出そうと必死になるあまり眉間に皺を寄せる。これも学生には見せない表情だと思うと一輝カズキは緩む頬を制御出来なくなる。

「ほら、本当はセンセイって呼ばれたいんでしょ!」

「ゃ、ちが…、あ、いく、いってる、のに、や」

 内部で存在を主張する隆起した箇所をコスコスと陰茎の先で撫でてやると、びくんびくんと身体を跳ねさせて軽度な絶頂を断続的に繰り返す。八品ヤシナは止まらない快楽の波に負けてぐずぐずと泣き、今度は鼻をすすり出した。

「先生の泣き顔、堪らなく興奮します」

「ふへ…?」

 あの澄まし顔を泣かせたかった、なんて。当時は気付かなくて良かった。もし学生の時に道を踏み外していたらと考えるとゾッとする。





 待ち合わせ先に現れた八品ヤシナを、一輝カズキは「先生」と呼ぶ。

 八品ヤシナは憮然とした表情で一輝カズキの靴を踏みつけた。避けずに敢えて踏まれながら一輝カズキが照れたように笑い返すと、今度は睨まれた。

「いい加減にしろよ」

「嫌です。先生だって俺に虐められるの好きでしょう?」

「ばーか」

 文句を言うだけで否定しないのだから、ある意味分かりやすい。何であんなに苦手だと思っていたのか、もう思い出せない。

「大好きです、先生」



[完]
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