追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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第五十六話  野外訓練

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私は武術の授業恒例の野外演習に来ています。
1泊2日の森での野営訓練です。
騎士団の騎士が護衛についてますが命に危険が無い限りは手を出しません。
もちろんフィルとステラも一緒です。
2年生には単なる授業の演習ですが監督生見習いにとっては試験です。
2年生から監督生の試験を受けられます。
武器や魔法の訓練は授業か訓練場以外では許されていません。
訓練場の使用は週に2日の開放日か先生か監督生の同伴時しか私的な利用は許されません。
学園には広大な訓練場があり、監督生の同行時のみ使用が許される場所もあります。
監督生とは訓練の監督や指導、非常時の助っ人要員です。
監督生の試験は知識、武術、危機管理等難易度は高いですが、卒業後に騎士を目指すなら取得していると有利です。
家門によっては入団試験資格は監督生のみと限定していることもあります。
監督生の資格と武術大会の成績がわかりやすい評価です。
ビアードは厳しい入団試験を用意しているので、騎士道精神を持ち、身元がしっかりしている方なら誰でも歓迎しますよ。
受かるかはわかりませんが。
監督生の資格は武門貴族の嫡男なら必ず取るべきともいわれています。もちろんビアード公爵もターナー伯爵も持ってましたよ。
私は武術で落ちるので受けてませんが、フィルは武術の授業と監督生の試験を同時に受けています。
監督生見習いは2年生の3人一組のチームに一人がつき、円滑に演習が終わるように手助けすることが役目です。
武術の授業の野外演習は協調性と順応力を学ぶためです。また貴族子息は野営経験はほとんどありません。王宮騎士団への入団試験には野外試験もあるので野営経験があると受かりやすいそうです。
フィルは狩りが得意で野営は慣れているので、エイベルよりも頼りになります。
お前らが慣れすぎなんだと言う声が頭に響きましたが気のせいでしょう。一応エイベルにも野営の基本は教えてありますよ。
野営経験のないステラは心配でしたが準備する時から楽しそうで、今も愛らしい笑顔を浮かべているので一安心です。
寝る場所も食べ物も確保したのであとはのんびりするだけです。
フィルが熊を捌いたので、魔法で処理し毛皮を敷いて寝転がりました。もちろん捌く様子はステラには見せていませんよ。

「昼寝してれば?」

空は雲一つない快晴でポカポカ陽気、まさにお昼寝日和です。
最近は忙しかったです。フィルに甘えてステラを誘ってお昼寝しましょう。
フィルが訓練しているので、何かあれば起こしてくれるでしょう。
いつでもどこでも鍛錬を怠らない、自分は弱いと思い込んでいたフィルの成長に笑みが零れます。生前はあまり印象がありませんが、きっと立派な騎士になったんでしょう。フィルの成長を嬉しく思いながら目を閉じました。
しばらくするとフィルに起こされて食事の準備を始めました。
学園から調味料等はしっかり用意してきました。鍋に肉や魚、野菜をいれて、煮込みます。
火属性のフィルがいるので火加減の調整もばっちりです。
水と火の魔法は相性が悪いですが水と火の魔法があると野営は楽です。獣避けの結界で覆ってあるので安全です。

「やはり、ここは余裕だね」
「先生、良ければどうぞ」


見回りに来たエメル先生に料理をおすそ分けすると、笑顔でめしあがられました。
今日の鍋も自信作ですよ。
新鮮な食材は美味しく、豪華な晩餐の料理に負けないほど絶品だと私は思います。
先生方は見回りなんてしてたんですね。
生前は訓練中に意識を失ったので知りませんでしたわ。

「楽しんでいるようだな」
「はい。久しぶりにゆっくりさせてもらってます」
「野営訓練を楽しむとは。他の生徒は苦労しているよ」
「騎士を目指すなら、野営は簡単にこなして欲しいですわ」
「学園でふさわしい言葉ではないが、さすがビアード。厳しいな」
「ビアードは王国最強の騎士の育成を目指してますから」

ビアード公爵は騎士を徹底的に鍛えてます。命を捧げるではなく生き抜く覚悟と諦めない心を持ち惨めでもいいから役目を全うして帰ってくるようにという教えですわ。
私の役目は彼らが力を発揮できるように場を整えることと後方支援。
一番大事なのは帰ってくるべき場所を守る事と帰りたいと思える場所を作る事。

「ビアードは大きくなりそうだ」
「精一杯頑張ります」

私は離れて行く先生を見送りました。
フィルの火と結界のおかげで安全なので寝ずの番はいりません。フィルは気配に敏感ですし、三重の結界で覆ったので侵入があれば気づきます。
私達は暖かい結界の中、フカフカの熊の皮の上で三人並んで寝転びました。三人で一緒に眠るのは久々ですわ。ビアードの草原に三人で寝転がり空を見上げてた頃が懐かしい。ビアード領での日々は平穏そのものでしたわ。平穏な時間のおすそ分けに、お土産に熊の毛皮を持って帰ればエイベルは喜ぶでしょうか。

***

目を醒ますとフィルがいません。辺りはまだ暗くステラはぐっすり寝ています。

「フィル?」

火の前にいるフィルの隣に座ります。

「起きたのか」
「はい。何を物思いにふけってるんですか?具合悪いですか?」
「いや、レティシアとバカやれるのもそろそろ終わりかと」

いつまでも子供のままではいられませんがフィルと過ごすのは楽しいです。

「私はバカなことなどしたことありませんよ。今のように自由に二人で出掛けることは学園を卒業したらできませんね。その頃にはフィルにも婚約者がいますか?」
「さぁな。俺は家のためになる令嬢を選ぶだけだ」
「好いた令嬢が頼りないなら私が教育してさしあげます。騎士の妻の心得はお母様より指導されてます」
「兄上の件があるから」

声が暗いフィルは珍しいです。フィルのお兄様は魔力がなく、愛した女性と結ばれるために廃嫡を選びました。

「フィルなら家を託せると思ったから家を出るという答えを選んだんでしょう。令嬢としてはいけませんが、家よりも自分を選んでもらえるほど想いを捧げられるなんて素敵です。愛人にできるのに、しなかったお兄様の心意気は女性としては憧れますわ」 
「レティシアも憧れる?」

家を捨ててまで添い遂げたいものは理解に苦しみます。生前に追いかけてきてくれたリオに嬉しくても家を捨てさせたことへの罪悪感は消えませんでした。私もリオが迎えに来たら迷わず帰りたいですが、ビアード公爵令嬢今の私は手を取れないこともわかっています。胸がツンと痛みますが、泣きたい気持ちを我慢して明るく笑います。

「いいえ。ビアード公爵令嬢には不要です。でもエイベルに相談されたら送り出します。エイベルが家よりも選びたいものがあるなら私が婿をとり跡を継ぎビアードを守ります」
「エイベル様はありえないだろう」
「人生は何があるかわかりませんわ。フィルが伯爵を継いで、奥様に夢中になり愚かなことをするなら私が叱ってあげます。奥様の社交も手伝ってあげます。どちらの令嬢が好きなんですか?」
「は?」
「恋の相談ですよね?協力してあげますわ」

好きな相手と結ばれる方法もあります。令嬢ではなく殿方には選択できる道は多く嫡男なら尚更です。平民でも養子縁組できますし。言葉は悪いですが伯爵家ならいくらでも手を回せますよ。それに名門カーソン伯爵家嫡男なら公爵令嬢でも手にいれられます。

「違う。俺の初恋はもう終わったよ」

知りませんでした。あんなに一緒にいたのに。でもフィルが言わないのなら叶わない相手。すでに婚姻されている方は嫡男の嫁として迎え入れられませんわ。未婚で清い令嬢は絶対条件ですもの。

「初めて聞きました。教えてくれれば協力しましたのに・・。
誰にも言わずに秘めたい想いもありますわね。レティシアはフィルのお友達です。歳を重ねても何があってもかわりません。嫡男の重圧に押し潰されそうになったら弱音は聞いてあげますよ」
「そのあとにビアード公爵令嬢に叱責されるだろう?」
「フィルが情けないままなら否定はしません。ありえませんが、家を捨てるならうちが引き取って差し上げます」
「逃げないよ。血生臭い世界でも」
「目を背けずに前に進むだけですね」
「そうだな。エイベル様にできないことは俺が請け負う」
「私が二人のいない間はしっかり守ります。苦手も補いますわ」
「「両家と王国の繁栄のために」」

重なる声に二人で笑ってしまいました。フィルはいつもはふざけていますが、時々真面目になります。
お互いに抱える物は違いますが押しつぶされないように二人で頑張ろうと決めました。
私は何があってもフィルを信じます。それにフィルも私を信じてくれます。
お互いに違うから補えます。同じ目標を持って進めるお友達はフィルが初めてです。今世の親友と言われればフィルです。
素で向き合える人がいるのは楽なんです。フィルのおかげで友人の少ない今も楽しく過ごせます。ステラも大好きです。この二人と出会えたことに感謝しています。

起きてきたステラと一緒に作った食事をおえて、まだ時間があるのでお土産を採集しましょう。フィルにステラを預けて熊を倒して処理していると笑い声が聞こえました。

「相変わらずお前らは見事だな。今度うちの見習いに森での過ごし方仕込んでくれないか?」

大柄な青年は監督生の試験官の一人のデール・スミス様です。
学園で優秀な成績を残し、先生に望まれた卒業生は研究員の資格を授けられ時々授業の手伝いにきます。武門名家の筆頭はビアード公爵家、次点はスミス公爵家です。派閥は違いますが、ビアード公爵とスミス公爵は友人であり良いお付き合いをしています。
スミス公爵家は火の精霊サラマンダー様を信仰する一族で火属性を守っています。
地は王家、火はスミス、風はビアード、水はルーンが始祖の一族と言われています。デール様は精悍な顔立ちで令嬢に人気があるんですが、ビアード公爵家として必要なお付き合いなので親しくしています。

「かしこまりました。デール兄様、代わりに純度の高い魔石をくださいませ」
「あれか」
「はい。普段はうちの騎士達に魔石を使っていますが、デール兄様の魔石の効果が一番ですわ。エイベルが寂しがっているのでお暇な時に」
「強くなったか?」
「いずれはデール兄様を超えますわ。覚悟なさいませ」
「勝ちは譲らない」
「強さに貪欲なのが武門一族ですわ。切磋琢磨し昇りつめる。落とし合うなんて望みません」
「派閥争いか・・。巻き込まれてるんだろう?マートンとレティシアがやり合ってると」
「デール兄様のお耳にまで・・。気にしないでくださいませ。そろそろ行かないといけませんね。では後日ビアードでお待ちしてますわ」

熊の処理もおえたのでデール様に礼をして待ち合わせ場所に向かいます。中々豊作でしたわ。
ビアード公爵領は国内で一番魔物が多い場所です。そのためスミス公爵家は魔物のいる森での過ごし方を学ぶために時々ビアードに騎士を預けます。
武門貴族は協力し合うものなのでビアード公爵は見返りを求めません。ですが、私は火の魔石をお願いします。デール様の作る純度の高い火の魔石は貴重で使い道を豊富です。
待ち合わせ場所には汚れ疲労の色が濃い生徒が多いですが、怪我人もなく無事に授業を終えました。
お土産の熊の毛皮を渡すとエイベルが眉間に皺が寄ったのは残念ですが野外訓練で意識を失わなかったのは初めてです。
自分が成長できている気がして顔が緩んでしまいました。
デール様にお会いしたことを話すのを忘れましたわ。でも大丈夫でしょう。
お互いに高め合うという武門貴族の考えは気持ちが良く好きです。
文官一族も武門貴族を見習って仲良く高めあえればいいのに。言い争いをするよりも読書をするほうが有意義とは気づかないなんて愚かですわ。文官貴族のほうが武門貴族よりも優れると思っている方々も。求められる役割が違うので優劣など競えませんわ。
私はビアード公爵令嬢になるまで、武門一族を見下す文官一族の存在を知りませんでしたわ。
ルーン公爵がターナー伯爵家から妻を迎え入れたのことへの苦言を聞いていましたが、身分ではなく武門貴族というのが気がかりでしたのね。
クロード殿下の婚約者時代に血が薄くルーンの過ちと陰で囁かれた意味がようやくわかりましたわ。気にしませんけど。
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