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元夫の苦難 10
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最近、少しだけレティシアとの距離が近づいた気がする。
そしてレオ様とレティシアは友人で、恋愛感情はないとわかって安堵した。
放課後は変装して過ごすレオ様には驚いたけど、立場上は仕方ない。
授業以外での魔法の使用は俺が責められる立場ではないし、問題さえ起こさないなら咎めない。
休養日にレティシアを誘うと初めて了承の返事をもらった。
兄上から貰ったサーカスのチケットに目を輝かせたが、社交以外ではビアード領を外出できないらしい。
ビアード公爵夫妻の信頼を得る方法を考えないとだよな。
一緒に過ごせるだけでいいけど、せっかくなら好きな場所に連れ出して喜ばせたい。
レティシアとの待ち合わせより大分早い時間にビアード領を訪ねる。
ウォントのおかげでビアード領民とは顔見知りで挨拶されるので笑顔で挨拶を返す。
馴染みの食堂に行くとお盆を持った女将に暖かく迎えられた。
「久しぶりだね。今日は一人かい?」
「頼みがある。昼にまた来るから彼女に、これを使った料理を出してくれないか?」
蜂蜜の瓶を渡すと女将に笑われた。
ここの主人は若い頃は王宮の厨房で働いていたので、材料さえあれば希望の料理を用意してくれる。
設備にお金を使うなら、料理の研究にお金を使いたいという変わり者だ。
ただ王宮で嫌な貴族をたくさん見たため、貴族嫌いらしい。
主人は厨房から出てこないからほとんど会うことはない。
主人の嫌いな貴族にビアード公爵家だけは当てはまらないらしい。
領民のために駆けまわるビアード兄妹の人気は凄まじく、顔を知らないのは赤子くらい。
俺も兄上もこんなに領民に慕われていないし、そこまで顔を覚えられていないだろう。
「うまく誘えたかい?」
「ああ。余りはもしもお嬢様が来たら出して差し上げてくれ」
「お嬢様がうちにくるとは思えないけど、」
「ここの料理は美味いからいずれ来るんじゃないかな。彼女と初めて出かけるんだが、良い場所知らないか?」
「西にある公園の花が見頃だよ。ボートもあるし、初デートにはいいんじゃないかい?」
「誘ってみるよ」
女将にお釣りはいらないと銀貨を先払いして別れた。
待ち合わせ時間が近づいたので市の入り口で待っているとローブを着たレティシアがウォントと一緒に歩いてきた。
二人っきりがよくても彼女の身分だと護衛騎士が必要だよな。ウォントって戦えるのか?
「お待たせしてすみません。お忍びなのでローブ姿でお許しください」
「レティシア様はローブを脱いだら領民に囲まれますものね」
「頼りにしていただけるのは嬉しいんですが、おもてなしできなくなってしまいますから」
ウォントと楽しそうに笑っているレティシアの言葉に戸惑った。
おもてなし?
もしかして、俺はまた勘違いをしたんだろうか。レティシアと過ごせるならなんでもいいかと思い、レティシアの手を取ると抵抗なく受け入れられる。手を繋ぐことに全く抵抗がないのか。
外装が綺麗とは言えない食堂に着くと驚いた顔で見られ、戸惑う気持ちもよくわかり思わず笑ってしまった。
レティシアを席にエスコートすると女将に笑われた。
注文してすぐに料理が運ばれてきたから女将があらかじめ席も料理も用意してくれていたようだ。
レティシアの前の皿に盛られた蜂蜜のパイやパンに目を輝かせ、幸せそうな顔で食べる姿はこの上なく可愛い。
「まさかビアードにこんな高級な店が」
古びた食堂をうっとりと高級な店と言うレティシアを見て女将がまた笑っている。
蜂蜜は俺が用意したことは言わない。マールにも蜂蜜菓子が食べられる店があるので誘うとあっさり断られる。
食後の紅茶を飲み終えて一息ついたレティシアがきょろきょろして女将を見つけて、手をあげた。
近づいてきた女将に銀貨を渡そうとしている。
「もうお代はいただいてるからいらないよ」
「行こうか」
戸惑うレティシアの手を引いて強引に連れ出した。
「お代払います」
「後輩に御馳走されるのは勘弁してほしい」
レティシアは苦笑して頷く。
女将に聞いた公園を目指して歩きながらさり気なくリオのことを聞くと楽しそうに語っている。
彼女が呼ぶリオという名前の響きだけはいつも特別に聞こえる。
ビアード領だからなのか、いつもより表情豊かに饒舌で話す様子は格別に可愛いく顔が緩みそうになるので何度か手で口元を覆って隠した。
手を繋いで歩いていると少女が勢いよくレティシアのローブを掴んだ。
レティシアに縋りつく少女に俺とウォントを残してついていこうとするので同行した。
俺をもてなすために護衛を置いて行こうとするのはまずいだろう!?
ビアード領を出ないという約束を律儀に守るよりも護衛を離す方がまずいとは思わないんだろうか…。
少女の案内で家に入ると女性が倒れていた。
レティシアは女性に近づきそっと体に触れたレティシアが息を飲み、一瞬悲痛な顔をして首を横に振る。
治癒魔法も万能ではない。
助けてと縋る少女にレティシアが頭を下げている。なんでレティシアが謝るの?
少女に謝りながら、女性の血をハンカチで拭って丁寧に体を綺麗にしていく。
少女の泣き声と責める声が響き、しばらくすると男が駆け込んできた。
レティシアは男の声に顔を上げた。
「申しわけありません。私にできることはありません。最期の時間を」
「わかりました」
「お父さん、どうして!!お母さん、なんで助けてくれないの!!」
「レティシア様、失礼しました」
男は少女を抱き上げてレティシアに頭を下げた。レティシアは礼をして静かに家から出て行くので追いかける。
「マール様、どうしますか?」
いつもの上品な笑みを浮かべ問いかける彼女の手を引いて、人目のない森を目指す。
森に入ってウォントに視線を向けると離れてくれたので虚ろな瞳のレティシアを抱きしめる。
穏やかな顔で俺を見上げる彼女が無理をしていることはわかった。いつも俺に向けられている彼女の穏やかな顔は社交用に作った顔だから。
「泣いていいよ」
「泣きません。よくあることなので気にしないでください。せっかく来ていただいたのに碌なおもてなしも、できてませんね」
穏やかな顔に笑みを浮かべたいつもと変わらない声で話す様子は虚しい。
彼女のリオになら甘えてくれたんだろうか…。
「リオになら言えるのか?」
目を大きく開けて、下を向いて目を閉じた。
目を開けて顔をあげると感情の読めない静かな瞳で見つめられる。
瞳が細められ、美しい笑みを浮かべたままゆっくりと赤い唇が開く。
「いいえ。ビアード公爵令嬢ですから。家のことで甘えは許されません」
声に迷いはない。
少女の家で見た悲痛な顔、理不尽に責められてるのに自分の所為だと思っている気がしてならなかった。
「いつか壊れるんじゃないか」
「そんなに弱くはありません。心配不要ですわ」
美しい笑顔なのに痛々しくてたまらなかった。
感情の読めない全てを拒絶するような美しい笑みを浮かべるレティシアにリオならどうするんだろう。
「リオなら」
「マール様、その考え方はやめてください。貴方とリオは別人です。私はリオになってほしいとは思いません。」
リオのフリができない俺はどうすればいいんだろう。
「俺は君のために何もしてあげられないから」
「私、蜂蜜が好きなんです。調べてくれてありがとうございました。」
「え?」
「嬉しかったです。それだけで十分ですわ」
さっきまでの人形のような美しい笑みではなく優しい笑みで微笑みかけられた。
なんで傷ついてる彼女に俺が慰められてるんだろう。
「そうじゃなくて、」
「頂いた本も。何より私のリオを否定しないでもらえることに救われてますわ」
「え?」
「リオのフリをしたのは心配したからでしょ?あの時は悲しくて思いつきませんでした。ただ冷静になればわかります。弱った私を放っておけなかったと。マール様は誰にでも優しい方ですから」
勘違いしてないか?
俺が騙したのは自分のためだ。
優しいからでもない。まず俺は優しくない。彼女の中で俺の言葉はどう解釈されてるんだろうか…。
レティシアに胸を押され、腕から抜け出し、穏やかな顔を向けられている。
「帰りましょう。碌なおもてなしもできずに申し訳ありません。よければどうぞ」
差し出された袋の中にはハンカチが入っていた。
「これは?」
「深い意味はありません。ウォントがお世話になったお礼です。不要でしたら処分してください」
おもてなしってそういうことか。
今日は彼女にとってはお礼だったのか。
マールの紋章が刺繍されたハンカチ。
上手くはないけど、彼女が刺繍を入れたならどんな美しい刺繍よりも価値がある。
慰めたかったのに、情けない。
俺が情けない顔してるのが悪いのか。笑顔を浮かべて感謝を告げるとレティシアがふんわりと笑った。
人のことばかりの優しすぎる彼女が壊れず笑っていられるためにどうすればいいんだろうか。
***
学園に帰りビアードに面会依頼を出すと寮の部屋に訪ねて来た。
領民の女性の遺体の話をすると呆れた顔を向けられる。
「大丈夫だ」
「は?」
「落ち込んでも傷ついても自分で昇華させて前を向くのがレティシアだ」
どこが大丈夫なんだよ…。
落ち込んで傷つく前提ってなんなんだよ。
「一人一人に心を傾けすぎじゃないか」
ビアードがため息をついた。
「レティシアの治癒魔法の練習を領民相手にしたのはまずかったか。あいつの性格なら傷病者がいればすっ飛んでいくから結果は変わらないか。領民にも治癒魔法は万能でもないし、安易に頼るべきではないとは教えているがわかってもらうことは難しい。領主一族は領民にとっては絶対だ。魔法が効かずに助けられなかったレティシアを激しく責める家族を騎士が止めたことがあった。ただあいつは自分が責められることで気持ちが楽になる。家族が自身を責めるよりずっといいからやめてほしいって拒む。治癒魔法は自分の領分だからレティシアの命に危険がない限り手を出すなと護衛に命じている」
許したのかよ!?
治療して責められても、相手の気持ちが楽になるならっておかしいだろうが。
そこは諫めるべきだろう!!
レティシアに我慢させるんじゃなくて、無理矢理でも領民に正しい認識を教えつけろよ。領主一族が絶対ならできるだろうが!!
「レティシアが傷つけられる理由にはならないだろうが」
「頑固なんだよ。バカみたいにお人好しで、自分に無頓着。あいつが傷つかないためには、領民に豊かな暮らしをおくらせ、俺達が重傷をおわずに帰ってくるくらいしかできない」
「いつか壊れるんじゃないか」
「俺の妹はすぐに落ち込むけど心は強い」
全然心が強いようには見えないんだが…。
強いなら落ち込まないし。
「妹に振り回されずに、支えられ、バカを止められるのが最低条件だ。父上が婚姻させる気があるのか怪しいけど」
「は?」
「お前に任せる気はないから安心しろ。ウォントが世話になったな」
ビアードが部屋を出ていった。
ビアードの目は大丈夫なんだろうか。
領民に不満を持たれないって無理だと思うけど…。
ビアードがレティシアに対して頼りにならないことがよくわかった。
そして真面目で人の期待に答えようとするレティシアが心配で堪らない。
剣のように、心も鍛えれば鍛えるほど強くなるとかバカなこと思ってるわけじゃないよな…。
レティシアは人を見る目がないかもしれない。
あれを一心に信頼するのはまずくないか?
そしてレオ様とレティシアは友人で、恋愛感情はないとわかって安堵した。
放課後は変装して過ごすレオ様には驚いたけど、立場上は仕方ない。
授業以外での魔法の使用は俺が責められる立場ではないし、問題さえ起こさないなら咎めない。
休養日にレティシアを誘うと初めて了承の返事をもらった。
兄上から貰ったサーカスのチケットに目を輝かせたが、社交以外ではビアード領を外出できないらしい。
ビアード公爵夫妻の信頼を得る方法を考えないとだよな。
一緒に過ごせるだけでいいけど、せっかくなら好きな場所に連れ出して喜ばせたい。
レティシアとの待ち合わせより大分早い時間にビアード領を訪ねる。
ウォントのおかげでビアード領民とは顔見知りで挨拶されるので笑顔で挨拶を返す。
馴染みの食堂に行くとお盆を持った女将に暖かく迎えられた。
「久しぶりだね。今日は一人かい?」
「頼みがある。昼にまた来るから彼女に、これを使った料理を出してくれないか?」
蜂蜜の瓶を渡すと女将に笑われた。
ここの主人は若い頃は王宮の厨房で働いていたので、材料さえあれば希望の料理を用意してくれる。
設備にお金を使うなら、料理の研究にお金を使いたいという変わり者だ。
ただ王宮で嫌な貴族をたくさん見たため、貴族嫌いらしい。
主人は厨房から出てこないからほとんど会うことはない。
主人の嫌いな貴族にビアード公爵家だけは当てはまらないらしい。
領民のために駆けまわるビアード兄妹の人気は凄まじく、顔を知らないのは赤子くらい。
俺も兄上もこんなに領民に慕われていないし、そこまで顔を覚えられていないだろう。
「うまく誘えたかい?」
「ああ。余りはもしもお嬢様が来たら出して差し上げてくれ」
「お嬢様がうちにくるとは思えないけど、」
「ここの料理は美味いからいずれ来るんじゃないかな。彼女と初めて出かけるんだが、良い場所知らないか?」
「西にある公園の花が見頃だよ。ボートもあるし、初デートにはいいんじゃないかい?」
「誘ってみるよ」
女将にお釣りはいらないと銀貨を先払いして別れた。
待ち合わせ時間が近づいたので市の入り口で待っているとローブを着たレティシアがウォントと一緒に歩いてきた。
二人っきりがよくても彼女の身分だと護衛騎士が必要だよな。ウォントって戦えるのか?
「お待たせしてすみません。お忍びなのでローブ姿でお許しください」
「レティシア様はローブを脱いだら領民に囲まれますものね」
「頼りにしていただけるのは嬉しいんですが、おもてなしできなくなってしまいますから」
ウォントと楽しそうに笑っているレティシアの言葉に戸惑った。
おもてなし?
もしかして、俺はまた勘違いをしたんだろうか。レティシアと過ごせるならなんでもいいかと思い、レティシアの手を取ると抵抗なく受け入れられる。手を繋ぐことに全く抵抗がないのか。
外装が綺麗とは言えない食堂に着くと驚いた顔で見られ、戸惑う気持ちもよくわかり思わず笑ってしまった。
レティシアを席にエスコートすると女将に笑われた。
注文してすぐに料理が運ばれてきたから女将があらかじめ席も料理も用意してくれていたようだ。
レティシアの前の皿に盛られた蜂蜜のパイやパンに目を輝かせ、幸せそうな顔で食べる姿はこの上なく可愛い。
「まさかビアードにこんな高級な店が」
古びた食堂をうっとりと高級な店と言うレティシアを見て女将がまた笑っている。
蜂蜜は俺が用意したことは言わない。マールにも蜂蜜菓子が食べられる店があるので誘うとあっさり断られる。
食後の紅茶を飲み終えて一息ついたレティシアがきょろきょろして女将を見つけて、手をあげた。
近づいてきた女将に銀貨を渡そうとしている。
「もうお代はいただいてるからいらないよ」
「行こうか」
戸惑うレティシアの手を引いて強引に連れ出した。
「お代払います」
「後輩に御馳走されるのは勘弁してほしい」
レティシアは苦笑して頷く。
女将に聞いた公園を目指して歩きながらさり気なくリオのことを聞くと楽しそうに語っている。
彼女が呼ぶリオという名前の響きだけはいつも特別に聞こえる。
ビアード領だからなのか、いつもより表情豊かに饒舌で話す様子は格別に可愛いく顔が緩みそうになるので何度か手で口元を覆って隠した。
手を繋いで歩いていると少女が勢いよくレティシアのローブを掴んだ。
レティシアに縋りつく少女に俺とウォントを残してついていこうとするので同行した。
俺をもてなすために護衛を置いて行こうとするのはまずいだろう!?
ビアード領を出ないという約束を律儀に守るよりも護衛を離す方がまずいとは思わないんだろうか…。
少女の案内で家に入ると女性が倒れていた。
レティシアは女性に近づきそっと体に触れたレティシアが息を飲み、一瞬悲痛な顔をして首を横に振る。
治癒魔法も万能ではない。
助けてと縋る少女にレティシアが頭を下げている。なんでレティシアが謝るの?
少女に謝りながら、女性の血をハンカチで拭って丁寧に体を綺麗にしていく。
少女の泣き声と責める声が響き、しばらくすると男が駆け込んできた。
レティシアは男の声に顔を上げた。
「申しわけありません。私にできることはありません。最期の時間を」
「わかりました」
「お父さん、どうして!!お母さん、なんで助けてくれないの!!」
「レティシア様、失礼しました」
男は少女を抱き上げてレティシアに頭を下げた。レティシアは礼をして静かに家から出て行くので追いかける。
「マール様、どうしますか?」
いつもの上品な笑みを浮かべ問いかける彼女の手を引いて、人目のない森を目指す。
森に入ってウォントに視線を向けると離れてくれたので虚ろな瞳のレティシアを抱きしめる。
穏やかな顔で俺を見上げる彼女が無理をしていることはわかった。いつも俺に向けられている彼女の穏やかな顔は社交用に作った顔だから。
「泣いていいよ」
「泣きません。よくあることなので気にしないでください。せっかく来ていただいたのに碌なおもてなしも、できてませんね」
穏やかな顔に笑みを浮かべたいつもと変わらない声で話す様子は虚しい。
彼女のリオになら甘えてくれたんだろうか…。
「リオになら言えるのか?」
目を大きく開けて、下を向いて目を閉じた。
目を開けて顔をあげると感情の読めない静かな瞳で見つめられる。
瞳が細められ、美しい笑みを浮かべたままゆっくりと赤い唇が開く。
「いいえ。ビアード公爵令嬢ですから。家のことで甘えは許されません」
声に迷いはない。
少女の家で見た悲痛な顔、理不尽に責められてるのに自分の所為だと思っている気がしてならなかった。
「いつか壊れるんじゃないか」
「そんなに弱くはありません。心配不要ですわ」
美しい笑顔なのに痛々しくてたまらなかった。
感情の読めない全てを拒絶するような美しい笑みを浮かべるレティシアにリオならどうするんだろう。
「リオなら」
「マール様、その考え方はやめてください。貴方とリオは別人です。私はリオになってほしいとは思いません。」
リオのフリができない俺はどうすればいいんだろう。
「俺は君のために何もしてあげられないから」
「私、蜂蜜が好きなんです。調べてくれてありがとうございました。」
「え?」
「嬉しかったです。それだけで十分ですわ」
さっきまでの人形のような美しい笑みではなく優しい笑みで微笑みかけられた。
なんで傷ついてる彼女に俺が慰められてるんだろう。
「そうじゃなくて、」
「頂いた本も。何より私のリオを否定しないでもらえることに救われてますわ」
「え?」
「リオのフリをしたのは心配したからでしょ?あの時は悲しくて思いつきませんでした。ただ冷静になればわかります。弱った私を放っておけなかったと。マール様は誰にでも優しい方ですから」
勘違いしてないか?
俺が騙したのは自分のためだ。
優しいからでもない。まず俺は優しくない。彼女の中で俺の言葉はどう解釈されてるんだろうか…。
レティシアに胸を押され、腕から抜け出し、穏やかな顔を向けられている。
「帰りましょう。碌なおもてなしもできずに申し訳ありません。よければどうぞ」
差し出された袋の中にはハンカチが入っていた。
「これは?」
「深い意味はありません。ウォントがお世話になったお礼です。不要でしたら処分してください」
おもてなしってそういうことか。
今日は彼女にとってはお礼だったのか。
マールの紋章が刺繍されたハンカチ。
上手くはないけど、彼女が刺繍を入れたならどんな美しい刺繍よりも価値がある。
慰めたかったのに、情けない。
俺が情けない顔してるのが悪いのか。笑顔を浮かべて感謝を告げるとレティシアがふんわりと笑った。
人のことばかりの優しすぎる彼女が壊れず笑っていられるためにどうすればいいんだろうか。
***
学園に帰りビアードに面会依頼を出すと寮の部屋に訪ねて来た。
領民の女性の遺体の話をすると呆れた顔を向けられる。
「大丈夫だ」
「は?」
「落ち込んでも傷ついても自分で昇華させて前を向くのがレティシアだ」
どこが大丈夫なんだよ…。
落ち込んで傷つく前提ってなんなんだよ。
「一人一人に心を傾けすぎじゃないか」
ビアードがため息をついた。
「レティシアの治癒魔法の練習を領民相手にしたのはまずかったか。あいつの性格なら傷病者がいればすっ飛んでいくから結果は変わらないか。領民にも治癒魔法は万能でもないし、安易に頼るべきではないとは教えているがわかってもらうことは難しい。領主一族は領民にとっては絶対だ。魔法が効かずに助けられなかったレティシアを激しく責める家族を騎士が止めたことがあった。ただあいつは自分が責められることで気持ちが楽になる。家族が自身を責めるよりずっといいからやめてほしいって拒む。治癒魔法は自分の領分だからレティシアの命に危険がない限り手を出すなと護衛に命じている」
許したのかよ!?
治療して責められても、相手の気持ちが楽になるならっておかしいだろうが。
そこは諫めるべきだろう!!
レティシアに我慢させるんじゃなくて、無理矢理でも領民に正しい認識を教えつけろよ。領主一族が絶対ならできるだろうが!!
「レティシアが傷つけられる理由にはならないだろうが」
「頑固なんだよ。バカみたいにお人好しで、自分に無頓着。あいつが傷つかないためには、領民に豊かな暮らしをおくらせ、俺達が重傷をおわずに帰ってくるくらいしかできない」
「いつか壊れるんじゃないか」
「俺の妹はすぐに落ち込むけど心は強い」
全然心が強いようには見えないんだが…。
強いなら落ち込まないし。
「妹に振り回されずに、支えられ、バカを止められるのが最低条件だ。父上が婚姻させる気があるのか怪しいけど」
「は?」
「お前に任せる気はないから安心しろ。ウォントが世話になったな」
ビアードが部屋を出ていった。
ビアードの目は大丈夫なんだろうか。
領民に不満を持たれないって無理だと思うけど…。
ビアードがレティシアに対して頼りにならないことがよくわかった。
そして真面目で人の期待に答えようとするレティシアが心配で堪らない。
剣のように、心も鍛えれば鍛えるほど強くなるとかバカなこと思ってるわけじゃないよな…。
レティシアは人を見る目がないかもしれない。
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