追憶令嬢のやり直し

夕鈴

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兄の苦労日記 24

妹はマールに付き纏われている。
無防備な妹はマールに抱きしめられ、口づけられても気にしない。
女遊びの激しいマールは気にするだけ無駄。貞操の危機を感じたらディーネと一緒に水攻めで沈めると言っているがすでに沈めていい案件だ。
口づけくらいで大げさと笑っている妹には危機感が足りない。父上には恐ろしくて話せない。
同意を取らずに手を出すマールは責任をとると言い、聞く耳を持たない。責任とるなら今後一切関わらないでほしい。

「責任とるからいいだろう。過干渉だ」
「レティシアの同意もないだろうが!!」
「レティシアは俺の顔に弱いから平気だよ。生涯大事にするから安心して任せてくれていい」
「は!?任せられるか!!」

何度したかわからないやり取りだ。
妹に近づけないように俺が気をつけるしかない。いつもは放っておくがマールとコクーンは駄目だ。この二人は能天気な妹の手におえない。

「主、レティが呼んでるよ。魔封じの部屋だからディーネ様は入れないって」

ストームの声に見渡すとレティシアはいない。

「フィル、レティシアは?」
「いつもの令嬢の呼び出しです。すぐ帰ってくるでしょう」

あいつは一人で行ったのか。
全く気付かなかった。
ストームにレティシアの場所を探させて後を追い、しばらく走るとサロンが見えた。
サロンから出て来た妹はルメラの手を引いて膝をつき結界で体を覆っている。

「エイベル、魔導士が潜んでいます。ルメラ様をおねがいします」

妹の切羽詰まった声が響き体が結界の中で崩れ落ちた。
結界が消え、倒れた妹の制服は所々破けている。床に滴る赤いものに嫌な予感がして、そっと仰向けにすると真っ青な顔の妹の腹には短剣が刺さっている。

「レティシア!!!」

「エイベル様、レティシア様!!!」

ステラ達が駆けつけてきた。

「ベリー、治癒魔法で止血だけでも頼む」
「フィル様、私はまだ」
「こいつ、これでも体が弱い。血を失い過ぎたら保健室までもたない」

青白い顔の妹の腹から血がドクドクと流れている。
妹はしっかりしてくださいって俺を見て能天気に笑いそうだよな・・。
保健室は遠すぎる。
治癒魔法は失った血は戻らない。治癒魔法をこの中で使えるのは――。
妹が治癒魔法の腕を褒めていた後輩。真っ青な顔で震えるベリーの肩に手を置く。
傷病者を見て動揺せずに治療できる図太い妹とは違う。それでもこの中で頼れるのは彼女だけだ。

「レティシアを頼む。あいつの愛弟子なら大丈夫だ。フィル、中に魔導士が潜んでるから探る。マール、動けるか」

レティシアを見て放心しているマール。
気に入らないが人手が足りない。

「レティシアが逆の立場なら絶対に動く。支えたいのは口だけか」
「俺はこいつを見張って吐かせるよ」

マールが冷たい顔でルメラを見た。
マールに任せればこれ以上手を出されないし、危害を加えられても結界で守れるだろう。

「ルメラ、何があったかさっさと話せ」

うるんだ瞳で震えているルメラを寒気がするほど冷たい瞳でステラが睨んでいる。パチンと音が響き、ステラがルメラの頬を叩いた。

「話してください!!放心している場合ではありません!!貴方はレティシア様に助けられたんでしょう!!」

ステラの冷たい声にビクっとしたルメラ。
再び手を振りあげたステラの手をフィルが掴み、何かを囁くとステラの手が落ち、拳を握る。

「ハ、ハクの、お姉さんに、ここにレティシアを呼びだしてって。突然レティシアに押し倒されて、血だらけで、これ刺さって」

ルメラは短剣を指さして震えている。
短剣は妹の物ではなく、刃物の持ち込みには面倒な手続きと学園長の許可がいる。
男爵家に審査が通るとも思わないが、その短剣の持ち主は言うまでもなく、

「主、結界壊した」

ストームはディーネと違い結界の中に入りこめる。
結界の解除を頼んだストームが姿を現すとサロンが光る。結界がないなら中に入って調べるか。襲撃者を掴まえないと。
ルメラの尋問はマールに任せ、中に入ると人の気配はなく誰もいない。

「エイベル様、誰もいません。あとは俺が調べますのでレティシアを頼みます」

集中できないのがバレたか。
真顔で落ち着いたトーンで話すフィルは察しがよすぎる。
サロンを出ると青白い顔の妹をベリーが震えながら治癒魔法をかけていた。持っていた妹の魔石を吸収させても顔色は変わらない。ステラも震える手で妹の魔石を体に吸収させている。
フィルが出て来て首を横に振った。
やはり誰もいなかったのか・・。ディーネを呼んでも俺の声には反応しない。

「レティシア、いい加減起きろ」

見たことないほど真っ青な顔色に反して、穏やかな顔で眠っている。

「レティシア様」
「ベリー、諦めるな。レティシアの弟子なら大丈夫だ。お前の師匠は諦めの悪さが取り柄だ」
「レティシア様、私はどこまでもご一緒しますわ」
「ステラ、落ち着け、死んでない。後を追うなら葬儀が終わってからにしろ。レティシア、いい加減起きろ。お前、俺との約束果たさず死ぬなんて許さないからな。なんでまだ寝てるんだよ。授業に遅れて殿下に怒られてもいいのかよ」

冷たい妹の手を握る。
真っ青な顔でステラが涙を流し、フィルが顔をくしゃくしゃにして瞳を潤ませている。
死ぬなよ。
俺の妹なら生きるために足掻くと約束しただろうが。安らかな顔で死んでいい年齢じゃないだろうが!!
何度名前を呼んでも、妹の目は開かない。
握っている手が動いたので、さらに呼びかけるとゆっくりと妹の目が開いた。
目が合って能天気に笑っている顔に力が抜けた。

「飛び出すな。人のかわりに刺されるな」
「体が勝手に動きましたわ」

ステラとフィルを見てため息をついている。
落ち込んでいるベリーを慰め、死にかけたわりに余裕があるらしい。
短剣を腹に刺したまま、青白い顔のまま、なにしてんだよ。
今度はルメラを睨んでいるマールを見て、さらに長いため息をこぼした。ため息つきたいのは俺だ!!

「私だけと言いながら他の令嬢を見つめる方など信用できません。」
「この女の所為で」
「私は大丈夫ですわ。私は優しい笑みが好きです。そのお顔やめてください」

冷たい顔で殺気を纏いルメラを睨んでいたマールがレティシアに視線を向けた。

「代わりなんて認めないんじゃ」
「どうでしょう。でも貴方の優しい顔は好きですわ」

能天気な妹の笑みにマールが胡散臭い笑みを浮かべた。

「俺のものになる気になったのか」
「いいえ」

妹はマールの殺気が止んだのに笑っている。
妹よ、そういう思わせぶりなことを言うと勘違いされることはわかってるんだろうか。嫌いなら容赦なく突き放せよ。
妹の視線がルメラに向き嫌な予感が、

「ルメラ様、何をしたかったんですか?」

この状況で庇おうとするのか。

「レティシア」
「口出し無用ですわ」

先に休ませたいのに引く気はないらしい。
にっこり笑ってる妹を睨んでも無視されている。魔法で眠らせようかと迷ったが、目覚めなかったら恐ろしい。

「怒りません。正直に話してください」

能天気な声を出すな!!
俺は怒ってる。
お前は刺されたんだから怒れ!!
ハクのために権力が欲しいと言うルメラを妹が諭している。
そんなことは後にして休め!!また倒れたらどうするんだよ。
真っ青な顔も冷たい手も妹が無理してるのを伝えているのに、本人がわかっていない。短剣を腹に刺したままなのになんで、

「レティシアが邪魔だった。皆の心を手に入れて、レティシアがいなくなればハクは会いに来てくれるって。ハクはレティシアがいなくなれば」

は!?
殺すつもりだったのか!?
空気が冷たくなり殺気が肌を刺激する。
レティシアだけが青白い顔に能天気な表情を浮かべてルメラを諭している。
ステラでさえ先ほどの泣き笑いが嘘のような冷たい顔でルメラを睨んでいる。
ルメラは王妃になれない。
王妃になってもハクは手に入らない。
振られて諦めたんじゃなかったのかよ。俺はこんな女の将来なんて興味はない。
雲行きが怪しくなってきた。
ルメラの幸せのためにハクを諦めろって妹が言い出したけど、まさか

「私は、今までハクのためだけに」

お前は自分のためにしか生きてないだろうが!!妹はなんでロキ達に向けるような、家臣が絶賛する慈愛の顔を向けてるんだ。

「自分のために生きればいいんです。もっと素敵な出会いもありますわ。今度こそ貴方を大事にしてくださる方と結ばれることを祈ってます。もしハクに会うことがあれば私が報復してあげますので教えてください。私は貴方とお話しただけです。ただ次は見逃しません」

予想通りの妹の言葉に口を挟む。

「いい加減にしろ。許せるわけないだろう」
「更生の機会を。それに、ディーネ、力を貸して」

ディーネが現れ、妹は勢いよく短剣を抜く。
血が噴き出す前に青い魔力が傷を覆い塞がっていく。

「傷などありません。せっかくですから帰ってお茶にしましょ」
「お前を刺した女を許せと」
「傷などありません。肌をさらすなど淑女としてあるまじき行為ですが確認しますか?」
「バカか。死にかけたのに」
「生きてます。元気です」

血まみれの制服で能天気に笑っている妹に頭を抱えたい。

「エイベル様、無駄です。絶対に意思を曲げません」
「レティシア様の願いなら今回は見逃します。ただ次はありません。私が斬ってさしあげます」
「私はもっと勉強します」

ステラ達を見て嬉しそうに笑っている妹に頭が痛くなってきた。

「お兄様、私は良い夢が見れました。次は華麗に助けてくださいね」

助けてほしいなら大人しく言うことを聞いてくれ。上機嫌な笑みを浮かべる妹はふざけている。

「お人好しが」
「お兄様の妹ですもの」

俺はお前とは違う。
刺されたなら斬るし、躊躇なく断罪を求める。

「義兄上、俺が守るから安心してよ」

この時点で妹の肩を持つ男に任せるつもりはない。

「妹はやらない」
「マール様、私のリオになりたいならお兄様に認められるのは最低条件ですわ」

妹が起き上がって座り込んでいるルメラの前に立った。

「せっかく笑うと可愛いんです。次は本当に好きな方だけイチコロさせてください」
「怒ってないの?」
「はい。ハクには怒ってますが貴方には。次は悪い方に捕まらないでくださいね。目を養って素敵な方を捕まえてください。」

頼むから怒って嫌え。
ハクに怒るんじゃなくて、自分に危害を加えようとした人間を許すな。
妹がルメラを立ち上がらせて、背中を押して笑顔で見送った。

「ご心配をおかけしました。このことは他言無用でお願いします。この短剣は…。フィル、溶かしてください」

バカなことを言う妹から短剣を取り上げた。

「寄越せ。入手経路を調べる」
「ルメラ様を裁かないでください。最後の機会を」

俺が許さなかったら勝手に動くよな。
血まみれの制服姿のこいつを休ませられるならなんでもいい気がしてきた。

「3度目はない」
「わかってます。今回だけは私の我儘を聞いてください。さて戻りましょうか。授業に遅刻ですわね」
「運んでやる」

妹が勢いよく背中に飛びついてきた。

「久しぶりですね。懐かしい。エイベルは大きくなりましたね」
「刺されてよかったとか言ったら落とすから」

息を飲んだ妹を落とそうか迷った。
フィルが首を横に振り、妹の背中に上着をかけている。

「この制服を見たらマナが心配しますね。見つからないようにしないと」
「父上には報告する」
「嘘!?」

驚いた声を出す妹に呆れた。

「殿下に報告しないだけ感謝しろ」
「わかりました。心の準備をして帰宅しますわ。ますます外出許可が・・」

静かになったので眠ったか。
血まみれの制服で授業に出たら大惨事だろうが・・。

「本当に調べないのか?」
「私にお任せください。調べるのは得意です。危険なことはしません」
「悪いな。レティシアには言うなよ」

見逃しても調べないとは言っていない。
ルメラはハクの姉の名前を知らない。
該当する容姿の令嬢の顔を見に行かせたが違っていた。制服を着ていたなら学生。それ以外はわからない。
短剣は量産の王都の市で売られていたもので購入者も特定できない。
ルメラは殿下に絡みに行くこともなく大人しく生活するようになり妹は短剣が刺さった甲斐があったと能天気に笑っているので頭を叩いた。
危機感はどうすれば育つんだろうか・・・。
俺は妹の教育方針に頭を悩ませた。
両親はルメラの件には口を出さなかった。
学園でのことは俺達からの要請がなければ動かない方針だからか。
妹を刺したルメラが妹に付き纏いはじめた。
妹も普通に相手をしている。
お前ら頭がおかしいんじゃないか!?
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